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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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「俺には関係ねぇよなー。俺が京介って付けてくれって頼んだわけじゃねぇし……ましてや産んで下さいってお願いしたわけでもない。あの女が勝手に俺を産めば男が帰ってくるんじゃないかって期待して堕ろさずにおいて……それだけならまだしも未練がましく自分を捨てた男の名前を付けて……。それで勝手に傷付いたり嫌気がさしたり……。バカなんじゃねぇの? って思ってる……」
吐き捨てられた言葉は投げやりだけど、どこか泣きそうにも見えて……将継は相良の言葉にまともに返答することが出来なかった。
「俺さぁ、今の学校、変な時期に転校してきたじゃん? あれもさ、母親の依存してる男が転勤になったとかで……そいつの新居に転がり込む形で付いてきたんだ」
男の転勤を機に引っ越しを決めたと言った母親に、相良は心底うんざりしたのだという。
「京介のこと、このまま置いていけたらいいのに」
息子にそんな呪詛を吐きながらも、そうすれば直ちに捕まってしまうと分かっていたんだろう。母親は男と引き離されてしまうことを回避するためだけに、息子を新天地へ連れてきた。
男は母親よりは少しばかりまともな人間で、母親に「学校だけは行かせとけ。そうしないと後々面倒なことになる」とアドバイスをしたらしい。学校への転校手続きだけはしてくれた。
そのお陰で、学校がある日だけは最低でも一日一食。まともな食事へありつけるようになってホッとしたと笑う相良に、将継は彼が給食を命綱みたいにしていたのを思い出して何とも言えない気持ちになる。
「五年の時の担任もさ、俺が何も言わなくても給食の残りとか持ち帰らせてくれてたじゃん? あれ、すっげぇ助かってたんだ」
今でこそ長谷川家で給食以外にもお腹いっぱい食べさせてもらえるようになった相良だけれど、そうなるまではずっと……それこそ前の学校でも彼は給食に生かされていた。
「うちの母親さ、たまに思い付いたようにパンとかくれるんだけど……滅多に家に帰って来ないからさ、いつ飯にありつけるかとかさっぱり分かんなくて……」
金かパンが置かれていればラッキー。そんな年月を何年も何年も過ごしてきたらしい相良は、将継より大分小柄だった。
「今の家はさ、〝男の家〟だから、夜しか中に入れてもらえないんだよね。長谷川も俺が外にいんの、見たことあるだろ?」
自嘲気味に微笑まれて、小さく頷いた将継に、相良が続ける。
「中って言っても押し入れの隅っこに押し込められるんだ。一回入ったら朝まで出るの、許してもらえねぇの。家ん中入ったらトイレにも行かせてもらえねぇから、家で過ごすより公園なんかにいたほうが快適なくらいなんだよね」
そう言って相良が笑った。
それを聞いて、「けど……」と将継が言おうとしたら、相良が遮るように言葉を紡いだ。
「ま、さすがに真冬に外は死ぬからさ。中、入れてもらってたよ」
押し入れには暖房器具が用意されているわけじゃない。
別室で男とイチャつく母親の声を聞かされながら、ひたすらに朝が来るのを待つ。
小さい頃からそんな日々を過ごしてきたのだとなんでもないことのように打ち明けられた将継は、「なぁ、相良。うちに住めば?」と思わずつぶやいていた。
「バーカ。飯食わしてもらって風呂やお前の服まで借りさせてもらって……これ以上望んだら罰が当たるだろ」
だけど相良は、現状は今までに比べたら比べ物にならないくらい幸せなのだと将継の手をギュッと握った。
「俺さ、お前やお前の両親から受けた恩、絶対忘れねぇから!」
何の力も持たない自分が今できることはほとんどないけれど、それでも長谷川が困っていることがあったら必ず手を貸す、と指切りしてきた相良の表情は、とても真剣だったのを将継は覚えている。
***
それから程なくして事件が起きた。
それは将継と相良が中学へ上がってすぐのことだ。
相良京介が、学校へ来なくなった。
将継は相良が住んでいた家にも行ってみたし、担任も問い詰めたけれど何も手掛かりがつかめなくて――。
両親もとても心配して色々手を尽くしてくれたけれど、きっと個人情報保護の観点からだろう。
何も知ることが出来なかった。
そうして一年生の一学期が終わろうかという頃、相良がなんでもないみたいに教室へ戻ってきた。
すぐさま駆け寄った将継に、相良が「ずっと連絡できなくて悪かった」と頭を下げてから、ポツポツと我が身に起こったことを話してくれた。
「実はさ、小学校卒業間近のころ、あの女が男と別れたんだ」
ポツンとつぶやかれた言葉に、将継が「え?」と落としたら、「行くトコなくて公園で寝泊まりしてたら保護されちまった」と、相良が自嘲気味に微笑んだ。
さすがに別れた女の息子を置いてくれるほど母親の元彼は出来た男ではなかったらしい。
将継の家をあとにして、夕方。帰宅してみたら少ない荷物――教科書と鞄と数着の服くらい――が外に出されていて、相良はそこで初めて母親とその男の関係が終わったのだと知った。
「母親がどこへ行ったのか、分かんなくてな」
どこか他人事のように肩をすくめる相良を見て、将継は言葉を失った。どうしてその時点でうちを頼ってくれなかったんだ、と問い詰めそうになって……以前『うちに住めばいい』と誘った時、相良が『これ以上望んだら罰が当たる』と言っていたのを思い出して、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
代わりに「保護……?」とつぶやいたら相良が頷く。
「ああ。まぁ、補導されたっていうほうがしっくりくるかも知んねぇ。……まぁ、とにかく担任が警察まで迎えに来てくれてさ、色々あって……児相に保護された」
ここ数ヶ月間、相良はずっと学校を休んでいた。担任に聞いても言葉を濁すばかりで教えてもらえなくて、将継は物凄く心配したのだ。
だが、ある日突然学校へ戻ってきた相良に駆け寄ってみれば、彼は児童相談所が運営する一時保護所にいたらしい。
「そこにいる間は学校行けないって言われたんだ」
勉強は施設内の人間が教えてくれたから何とかなったけれど、外部との接触も制限されていた相良は、ずっと長谷川のことを気にしつつも連絡を取る手段が与えられなかったのだと眉根を寄せた。相良は相良でかなりヤキモキさせられたらしい。
「先日やっと引受先が決まってな。そこへ移った関係で、学校へも来られるようになった」
母親は息子のことはどうでもいい、好きにしてくれとでも言ったんだろう。大人たちからはっきりと告げられたわけではなかったけれど、児相の対応からそんな気配を汲み取ったのだと相良が肩をすくめた。
結局、何だかんだで児童養護施設『陽だまり』に入ることが決まって、数ヶ月ぶりに学校へも来られるようになったらしい。
数ヶ月間、何も分からないままに過ごして……何があったのかを話してくれたらこれだ。
将継はどう答えていいのか分からなくて思わずうつむいてしまう。
「んなシケた面すんなよ、長谷川。俺、あの女から離れられて結構幸せなんだぜ?」
ご飯の心配もなければ、暑さ寒さに耐える必要もない。
冷暖房完備の部屋で、ぐっすり眠れる。しかもベッドで、だ。
それだけでも物凄い進歩だろ? と笑う相良に、将継はギュッと胸が締め付けられるような気持ちがしたのを覚えている。
***
「京ちゃんの名前は……いなくなったお父様から……」
長谷川社長と京介の幼少期の話を聞き終えた芽生は、ポツリとつぶやいた。
車はとうの昔にスーパーの駐車場へ到着していたけれど、話の区切りがつくまでは……と、暖房の利いた車内で話し込んでしまっていた二人である。
「ああ。相良はそう言っていたよ」
長谷川社長と相良京介は小学生時代からの付き合いだ。気が付けば他の友達にするように苗字呼びが定着していて、下の名前で呼び合うことなく現在に至る。仲良くなっていく中で最初の頃と変化があったとすれば、将継が相良を呼ぶ呼び名から〝くん〟がなくなっていたことくらい。
「そういえば相良は最初から私のこと、〝長谷川〟って呼び捨てにしていたな」
いま気が付いたという風に長谷川社長が笑った。
「私たちはお互いを苗字で呼び合うのがしっくりくるからそうしているだけに過ぎないけど……女性はあいつを下の名で呼びたがるよね」
ふとそこで気が付いたように、ルームミラー越しに芽生を見遣ってから、長谷川社長が続ける。
「考えてみれば私も静月とは下の名で呼び合ってる。相手のことを〝個〟として捉えたいって思うと、人は自然に姓より名の方で呼びたくなるものなのかも知れないね」
そこまで言って、さもついでのように「相良も神田さんのこと、下の名で呼んでるでしょう?」と、長谷川社長がニヤリとする。そんな彼の顔をじっと見詰めたら、「最近、相良が神田さんのこと、〝子ヤギ〟って呼ばなくなったの、気付いてる?」と続けられて芽生は瞳を見開いた。
そういえば……少し前まであんなにしょっちゅう京介から〝子ヤギ〟と呼ばれていたのに、最近はちっともそう呼ばれなくなっていることに、今更のように気付かされた芽生である。
長谷川社長の言葉に芽生がこくんと頷いたら、「アイツ、無意識なんだろうけどさ。昔っから結構呼び名にこだわるところがあるんだ」と、微笑まれた。
確かに京介は、芽生が佐山文至をブンブンと呼ぶことを極端に嫌がる。
それにしたって、ただ単に佐山と自分の距離が近すぎることを京介が嫌がっているだけかと思っていたけれど、もしかしたらそれだけじゃないのかも知れない。
そこまで考えた芽生は、ミラー越しにこちらを見つめる長谷川社長の視線をしっかり捉えて、言葉に決意を込めた。
「私も……許されるなら京ちゃんのこと、〝京介〟って呼んでみたいです」
半ば長谷川社長に誘導される形で力強く宣言してみたものの、そうしただけで京介から冷たく拒絶されてしまった玲奈のことを思い出した芽生は、情けないことにすぐさま「でも……」と語尾を揺らせてしまう。不安で不安で仕方がないのだ。
「京ちゃんは……『京介』って呼ばれることに幸せな記憶がないんですよね……?」
もし自分が京介のことをそう呼ぶことで、イヤな記憶が呼び起こされてしまうのだとしたら、凄く悲しいことだと思った。
どうして彼のお母さんはお腹を痛めて産んだ我が子のことを、もっと考えてくれなかったんだろう?
推察しても仕方のないことにまで思いをはせてしまった芽生を引き戻したのは、長谷川社長の声だった。
「相良が前に言ってたんだよね。自分の名前は呪いみたいなもんだって……」
その言葉に芽生が泣きそうになったら、ルームミラー越し。眼鏡の奥の色素の薄い瞳をスッと和らげて、長谷川社長が続けるのだ。
「けどさ、そんなの悲しすぎるじゃないか。――私はね、アイツの名前の呪いを解いてやれるのは……神田さんだけだと思ってる」
長谷川社長の宣言に、芽生は小さく息を呑んだ。
「私に……そんなことが出来るでしょうか?」
長谷川社長は芽生の方を振り返ってにっこり微笑むと、
「さっきも言ったでしょう? 神田さんにしか出来ないことだよ?」
芽生は、京介からもらったチューリップモチーフの指輪にそっと触れると、いま長谷川社長に言われたばかりの言葉を自分自身に言い聞かせるように繰り返す。
「私にしか……出来ない……」
芽生の言葉に、長谷川社長が静かに頷いた――。
コメント
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本当壮絶な子供時代だったんだね、京ちゃん😭 めいちゃんにしか解けない呪い。 絶対解いてあげてほしい!
うわ、この話めっちゃ重いし胸にくるな……。京介の過去が壮絶すぎて、母親に対する「バカなんじゃねぇの?」って台詞、マジでその通りだと思った。でもそんな中でも将継との絆が唯一の救いっぽくて、そこが切なくて温かい。長谷川社長が「呪いを解けるのは神田さんだけ」って言ったシーン、グッときたわ。芽生がどうやってその呪いを解くのか、めっちゃ気になる!