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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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長谷川と買い出しに出て行った芽生がなかなか帰ってこない。
そのことにやけにヤキモキさせられた京介は、無意識に席を立っては窓辺に寄って窓外を眺めては席へ戻る。そんなことを続けていた。
いつもなら煙草を咥えるところだが、恐らくは芽生が戻って来た時のことを想定してか、何度も胸元を探っては指先を彷徨わせる仕草を繰り返している。
そんな京介の様子をずっと、千崎が苦々しい思いで見つめているのだが、京介は気付けていない。
他の面々は程よくアルコールが回ってあちらこちらで居眠りしたり、グループになってボードゲームやカードゲームで盛り上がっている。長谷川将継に置いてけぼりを食らった朧木静月も、佐山に誘われてトランプへ参加していた。
「雄ちゃん、そんな怖い顔しないの」
自分を窘める声音にふと隣を見遣ると、猫を抱いた百合香が千崎の眉間に人差し指を這わせてくる。
「ほら、ここ。縦皺が刻まれちゃってる」
苦笑する百合香をじっと見つめて、千崎がポツリと落とした。
「あの人は……俺と違って優しすぎるんだ」
こういう世界に身を置くには、京介は慈悲深過ぎる――。
百合香の前でだけ告げる〝俺〟という呼称を無意識に織り交ぜつつ「それが心配なんだ」と千崎がつぶやいて、百合香に指摘されたばかりの眉間の皺を深くした。
「そうね。私もそう思う。――ねぇ雄ちゃん。こんなこと聞いていいのか分からなくてずっと黙ってたけど……お願い、教えて?」
百合香が極道のことへ口出ししてくることはほとんどない。そんな百合香がわざわざそう前置きをしてきたのだ。千崎は「なにを聞きたい?」と尋ねずにはいられなかった。
千崎の返答に百合香は一度だけ深呼吸をすると、じっと千崎の顔を見つめて、ややして口を開いた。
「今、葛西組では次期組長候補を決めている真っ最中だよね? 相良さんが候補の一人だって……私、風の噂で聞いた。きっと時期的に見て、芽生ちゃんが寝込んでた時の葛西組への呼び出しって……相良さんも葛西組の組長さんから雄ちゃんと同じことを言われたって解釈で合ってる?」
百合香の言葉に、千崎はスッと瞳を眇めずにはいられなかった。
千崎が葛西組の組長・葛西了道から、組の息が掛かった女・葛城雪絵との婚姻を勧められたのはもう十年以上も前の話だ。
あのころ了道はまだバリバリの現役で、今よりも矍鑠としていた。
千崎は当時、学生の頃から付き合いのあった恋人・百合香を娶るつもりでいたのだが、了道がそれを許してはくれなかった。『極道の妻に堅気の女は釣り合わない』と反対されたのだ。
結局千崎は権力に屈して了道の言うまま。雪絵と結婚し、娘の百香をもうけたのだが、百合香への恋情も捨て切れなかった。
そんな自分の迷いを汲み取ってくれたんだろう。『私は影の女でいい。雄ちゃんと結婚する気はないし、そばにいられるだけで充分幸せ』と言ってくれた百合香の優しさに甘えて、彼女を情婦として傍らへ置き続けている。
正直な話、それだって了道が提案したままの形だ。
「ああ、その通りだ、百合香。京介も俺同様神田さんとは別れるよう言われた」
まるであのときの再現ででもあるかのように、了道推薦の女性が用意されていたのも全く同じ――。
百合香と別れるように言われた時の自分の気持ちを思い出して苦々し気に吐き捨てれば、彼女だって思うことはあるだろうに、「で? 相良さんはなんて答えたの?」と身を乗り出してくる。
そんなの、カシラの神田芽生に対する態度を見ていれば一目瞭然ではないか。だが、百合香はあえて問うているように思えた千崎である。
百合香はきっと、千崎の口から言わせたいのだ。京介がどう答えたのかを。
「突っぱねたよ。……自分には心に決めた相手がいるからって」
それは、千崎には出来なかったことだ。
無論、千崎は過去の自分の選択は間違っていなかったと思っている。
だが、後悔がないかといわれたら、すぐには頷くことが出来ない。だからだろう。真っすぐに了道の顔を見据えて京介が告げた拒絶の言葉が、まぶしくて堪らなかったのだ。
だがそれと同時、この人は決定的に極道には向いてないとも思った。
言うなれば、自分とカシラの間にあるのはたったそれだけの差だ。
上からの指示に、自分の感情を押し殺して唯々諾々と従えるか否か。
組織の人間として多くの組員を束ねるのに必要な要素は、きっと「応」と答えた自分の方が持っているだろう。
己の横で「そう……」と嬉しそうに微笑む百合香を見て、千崎は痛感させられたのだ。
自分には女を幸せにしてやれる素質はない、と。
だが、自分の大切なものを不幸にしても、真に取るべきものの選択を見誤らずにいられる能力はある。
実はその判断力こそが、極道としてやっていくには最も大切になってくるんじゃないだろうか。
京介の対立候補として葛西組の次期組長候補に上がっている男には、それがあると分かるからこそ、千崎は心がざわついて仕方がない。
***
相良京介がまとめている相良組の親組織・葛西組は今、跡目争いの真っ最中だ。現在八七歳の組長・葛西了道の体調が芳しくないからだ。今すぐどうこうということはないだろうが、確実に弱っているのを感じた了道が、組長を退く……と言い出した。
結果、了道のあとを継ぐ人間として、現在葛西組で表向きナンバー2の若頭・相良京介を推す一派と、京介より二〇歳以上年上の三枝克巳を推す一派とに分かれてゴタゴタしている。
年若い京介を推す人間たちの言い分は、京介が了道から直接盃を分けられた唯一の幹部だから、というもの。
三枝は了道から盃を受けてはいないものの、下積み時代から今まで、コツコツと葛西組を支えてきた陰の立役者だ。了道への忠誠心も高い。実質、組のことを一番よく分かっているのは若造の京介ではなく、三枝克巳の方だというのが三枝派の言い分だった。
三枝は役職こそ了道から盃分けされた若頭の京介を補佐する立場――若頭補佐筆頭――で、表向きにはナンバー3の位置づけだ。だが、普段相良組に出ていて不在の外様状態な京介とは対照的に常に葛西組に常駐している直参幹部の長老格でもある。了道から葛西組の采配を実際に任されていたのは三枝だといっても過言ではない。
京介としては立場的なものや、自分を推してくれる皆の手前、嫌と言えないが……正直なところ三枝が組長でいいと思っていたりする。
三枝は少々狡猾なところのある男だが、葛西組のためを思って動ける人間だ。大きな組織を動かすには三枝の老獪さも必要だと思っている。
(それに……俺なんかよりよっぽど了道に対する忠誠心が強いしな)
そこでふと、京介は先日内々に了道から呼ばれたのを思い出した。
急な呼び出しな上、タイミング的に大体察しはついていたけれど、芽生とのことをどこかから聞きつけた了道が、物言いをつけてきたのだ。
もう十年以上も前になるが、千崎の色恋にも口出ししてきた前科のある了道である。
その時の理由は、相良の腹心である千崎には、しっかりと地盤固めをしておいてもらわないと困るというものだったと千崎から聞いている。下っ端の人間ならともかく、上層部の人間はそれ相応の女を傍に置く必要があるらしい。要するに『堅気の女はダメだ』と言われたらしかった。
政略結婚を決めたあとで、事後報告のように千崎からその話を聞かされた京介は、真っ先に百合香のことを尋ねずにはいられなかった。
そんな京介に、千崎は『百合香には最初から結婚の意志はなかったようです』と告げた上で、彼女が情婦として自分に囲われることを望んでいると話してくれた。けれど、百合香の様子を見れば、そんなのは彼女の優しさに過ぎないと……京介ですらすぐに分かったのだ。千崎がそれに気付いていないはずはなかっただろう。
だからといって千崎の妻になった女――雪絵――を見ても、澄ました態度の奥、彼女が千崎のことを憎からず思っている様も伝わってきたから……京介は口出しするのを控えたのだ。百合香のことは気の毒に思ったが、千崎と百合香が話し合ってそうすると決めたのなら、外部がとやかくいうのは野暮というもの。自分には何も言えないと口を噤んだ。
千崎ですらそうだったのだ。
当然、京介にだって了道が口を出さないわけがなかった。
実際、今までも何度も組の息が掛かった女との婚姻を打診されていたのを、「まだそんなつもりはありませんので」とのらりくらりと躱してきた京介である。
だが――。
芽生のことを持ち出されては、今までのように〝結婚する気はない〟と逃げるわけにはいかなかった。
結局不義理だと理解していながらも、切り殺される覚悟でハッキリと、『芽生以外の女を娶るつもりはありません。自分が心に決めた相手は彼女だけです』と了道に宣言してしまったのだが、自分が親父にそう告げた時の、千崎の表情が今でも脳裏にこびりついている。
そうして、てっきり激怒するとばかり思っていた了道が、案外すんなりと「そうか……」と告げて引き下がってくれたことにも驚かされたのだ。
あれを見た千崎が、自分のときと重ねなかったとは考えにくい。
もし千崎が京介と同じように百合香以外とは結婚できないと答えていたならば、現状は変わっていたのだろうか?
そんな考えても仕方のないことを、つい思ってしまった京介である。
とはいえ――。
あれっきり、了道がだんまりなのはある意味不気味だとも思っている。
(オヤジは基本、筋は通す人間だ)
そこでふと、京介は自分が児童養護施設『陽だまり』を出て数年後――十七の頃にあった、了道との出会いに思いを馳せた。
コメント
2件
京ちゃんかっこいい! けど、オヤジさまへはっきり自分の意見を言ったことが、のちに何か影響を及ぼしそうな予感💦
読了!今回は千崎さんの過去と京介の対比が重くて良かったわ。了道に逆らえなかった千崎さんが、京介の“突っぱねた”って言葉に何思うか…。百合香さんが千崎さんの口から聞きたがったのも分かる気する。極道の世界のしがらみと恋心のバランス、続きめっちゃ気になる🔥