由香はその夜、天城の家を離れて自分の部屋に戻ったものの、心は落ち着かなかった。天城の言葉が頭の中で反響していた。「君が少しだけ自分を出すようになった」と言われたことに、どうしても納得できなかった。自分を出すことが、どうしてこんなにも不安を呼ぶのか。
「私は…何を求めているんだろう。」
由香はぼんやりと考えながら、窓の外に広がる静かな夜空を見つめた。星が一つ一つ輝いているけれど、その光が彼女の心の中でどうしても遠く感じられた。彼女が欲しいのは、ただ自分の存在を認めてほしい、ただそれだけなのに、どうしてこんなにも複雑な状況に陥ってしまったのだろう。
翌日、天城から再び連絡があった。いつも通りの冷たい言葉で、何も変わらないように感じた。しかし、今回は少し違っていた。彼が会いたいと言ったのは、彼の家ではなく、外で会うことだった。
「君と少し話がしたい。」
そのメッセージには、少しだけ心を動かされるものがあった。以前ならすぐに会いに行くことを決めていたが、今回は違った。彼と会うことで、何かが変わるのではないかという期待と同時に、強い恐怖感が胸に広がった。
由香は少し躊躇した後、返信を送った。
「分かりました。どこで会いますか?」
その日の午後、指定されたカフェで天城と会った。いつものように彼の顔は冷たく、目の奥には隠しきれない計算が感じられた。由香はその視線に少しだけ怖さを覚えつつ、席に着いた。
「今日は、君に言いたいことがある。」
天城は静かに言った。その声には、いつもとは違った沈黙が含まれていた。何かを告げる時の彼の態度は、いつもよりも重く、どこか険しかった。
「言いたいこと?」
由香は心の中で不安を感じたが、表面上は冷静を保とうとした。しかし、その冷静さは次第に崩れつつあった。天城が何を言おうとしているのか、その言葉が怖かった。
「君が変わり始めている。」
天城は静かに続けた。「僕は君の変化を見ている。そして、君がどこに向かおうとしているのか、少し怖くなっている。」
その言葉に、由香は息を呑んだ。変わり始めている? それは、自分が彼から逃れようとしている証拠なのだろうか? 彼の支配から解放されることを望んでいる自分が、果たして本当に正しいのかどうか、彼の言葉に惑わされそうになった。
「でも、私は…」
由香は言葉を続けようとしたが、天城はその前に口を開いた。
「君は、僕に対して反抗的だ。」
その言葉は、彼女にとって一番恐れていたことだった。反抗的? それが本当に自分の本当の気持ちだったのか、由香は分からなかった。しかし、彼の目には、その反抗が感じられたのだろう。
「反抗なんてしていません。」
由香は無意識に否定したが、その声には自信がなかった。自分が変わろうとしていること、それが反抗だと捉えられるなら、彼にとっては受け入れがたいことなのだろう。
「君が変わることは、僕にとっては脅威だ。」
天城は冷たく言った。その言葉に、由香は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。脅威? ただ自分を取り戻したいだけなのに、どうしてそれが脅威になるのか。
「だから、君に選ばせる。」
天城は静かに言った。「君がどうしたいのか、僕には分からない。でも、君の変化を受け入れられるかどうか、君次第だ。」
その言葉に、由香は深く沈黙した。自分の気持ちをどう伝えるべきか、彼にどう向き合うべきか、頭の中がぐるぐると回っていた。心の中で、どこかで彼に依存している自分がいることに気づいていた。しかし、もうそれが耐えられない。自分を取り戻すためには、何かを変えなければならないと感じていた。
「私がどうしたいかは…まだ分からない。」
由香はゆっくりと答えた。彼の支配から逃れることができるのか、それともこの関係を続けるべきなのか、その答えを見つけることができなかった。しかし、少なくとも今は、心の中で少しだけでも自分を取り戻したいと思う自分がいることを認めた。
天城はその答えに満足した様子もなく、ただ静かに彼女を見つめていた。次第にその目が冷たくなり、由香は再びその視線に押し潰されそうな気がした。
「君の選択に、俺は従う。」
天城はそう言って、冷たく席を立った。
由香はその後もしばらく黙って座っていた。彼の冷徹さに、自分の気持ちをぶつける勇気が持てなかった。それでも心の中では、この関係をどうにかしなければならないという強い思いがあった。
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