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二十年の時が過ぎ、ついに星散病の特効薬が開発された。かつて二十五歳を迎えることができなかった多くの人々が、今ではその壁を越えて生き続けられるようになった。この偉業を成し遂げたのは、一人の研究者――雨宮ヒロトだった。彼の尽力と革新により、星散病はもはや「死を前にした病」ではなくなり、誰もが未来を夢見ることができる時代が訪れた。
ヒロトは研究所の窓から外を眺める。ビルの隙間からのぞく青空はどこまでも澄み渡り、かつての閉塞感に満ちた世界とはまるで別物のように感じられた。
「これが……俺たちが望んでいた未来か……」
彼は独り言のように呟く。星散病に苦しみ、失われていった命の数々を思い出す。その痛みを知っていたからこそ、彼は決して諦めることなく研究を続けてきたのだ。そして今、その努力が実を結び、無数の人々が救われている。
アキラとコウタもまた、この新しい時代を生きていた。子供のころ、絶望の中で奇病と戦った彼らは、今では命を救う側に立ち、患者たちに希望を与え続けている。星散病患者専門の治療施設で働く彼らのもとには、かつての自分たちと同じように不安に怯える子供たちが訪れる。しかし、もう彼らに「未来はない」と言う必要はないのだ。
「大丈夫。もう怖がらなくていいんだよ。」
アキラは優しく患者の手を握る。その目には、かつての無力感ではなく、揺るぎない決意が宿っていた。隣でカルテを整理していたコウタも静かに頷く。
「俺たちは、もう二度とあんな思いをしないし、誰にもさせない。」
かつては死と隣り合わせだった病も、今では克服すべき壁の一つに過ぎない。それがどれほどの奇跡か、彼らは痛いほど理解していた。
一方で、かつて凪街を恐怖に陥れていた久利組はついに崩壊した。**暴力と陰謀の中で生きた悪名高い首領は討たれ、長年続いた血と闇の連鎖は断ち切られた。街には平和が戻り、かつての恐ろしい風景は遠い記憶となった。
その変化を象徴するように、かつては荒廃していた商店街に新しい店が次々とオープンし、夜でも安心して歩けるようになった。子供たちの笑い声が響き渡り、長く閉ざされていた公園のベンチには、寄り添いながら語り合う老人たちの姿があった。
「……まるで別の街みたいだな。」
通りを歩きながら、ある男がぽつりと呟いた。その声には、どこか寂しさが滲んでいた。
静かな墓地の一角。
夜風が吹き、心地よく髪を揺らす中、一人の男が佇んでいた。かつて「獅子合」と呼ばれたその男の顔には、長い年月の重みが刻まれていた。彼の目は、強さと優しさを宿しながらも、深い悲しみを湛えていた。
「終わったよ……玲子。」
その言葉は、ただの告白ではなかった。彼の中で、あらゆる感情が交錯していた。憎しみと後悔、誇りと喪失感、そして……救い。
玲子はもうこの世にはいない。だが、彼女が命を懸けて守ったものは、確かに生き続けている。
獅子合はゆっくりと手を合わせると、懐から小さな星の形をしたペンダントを取り出し、それを玲子の墓石の上にそっと置いた。
「今でも、君がいなくなったことが信じられないよ。」
静かに呟く。その言葉には、過去の痛みや後悔はなく、むしろ玲子との時間をどれほど大切に思っていたかが込められていた。
ふと、夜空を見上げる。無数の星々が、まるで彼を見守るかのように輝いている。
かつて誰かが言った。「星は命の輝きだ」と。
玲子が消えてしまったわけではない。彼女の生きた証は、この街に、そして彼の心に残り続ける。 彼は静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。長い戦いの日々は終わった。もう、自分の中の復讐心に囚われることもない。
これからは、生きていくために――未来を見るために、前を向く。 玲子が望んだ世界を、彼は自分の足で歩いていくつもりだった。
凪街の空には、一際輝く流れ星がひとつ、音もなく通り過ぎていった。
玲子編:おしまい