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ピエールさんに案内されながら、豪邸の庭へと足を進める。
日本の都会を基準に考えればかなり広いけど、海外の豪邸と比べてしまえば……やはり、そこまででは無いのだろうか。
「ふむふむ、アイナ様。お考えは分かりマスゾ。
豪邸にしては庭が狭い……そうお思いなのデショウ?」
「えぇ!? そ、そんなことは思っていませんよ!?」
「確かに郊外の物件よりも、庭はあまり広く取ることができていないノデスガ――
……その分、建物はしっかりしてオリマス」
「アイナさん、もっと広いところをお望みだったんですね……」
「違いますってば!」
沈黙を破ったエミリアさんにツッコミを入れると、彼女は両手で口を押さえながら、いたずらっぽく笑った。
くぅ、どうしてくれよう……。
「ささ、それでは中をご案内いたしマショウ」
「はい、よろしくお願いします」
私たちはピエールさんを先頭に、再び先へと進んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
――は?
建物に入ると、玄関に並んでいたメイドさんたちから一斉に挨拶をされた。
……ここはメイド喫茶かな? 行ったことは無いけど。
「えっと、この人たちは……?」
「はい、この屋敷の業務を担当する者たちでゴザイマス。
アイナ様はまだお若いということもありマシタので、同年代の女性を揃えておきマシタ。
実力、性格ともに申し分ない者たちでゴザイマスヨ」
「ええ? 全員女性!?」
私は全然問題ないんだけど……ルークは大丈夫かな。
可愛い人たちばかりだから、何だか逆に居心地が悪くなるかも――
「ふむふむ、アイナ様。お考えは分かりマスゾ。
使用人が女性ばかりでは居心地が悪い……そうお思いなのデショウ?」
「ちょ!? 微妙に読み間違いをしないでください!
ルークがちょっとアレかな、と思っただけで……!!」
私の言葉に、ピエールさんはルークに目を移した。
「ほう……? こちらの男性の方、そういったご趣味がお有りだったのデスネ……。
失礼、私としたことがそこまでは読めマセンで……」
「そ、そんな趣味はありませんよ!?」
ルークが慌てて否定する。
ピエールさんはさっきから色々と察してくれるんだけど、微妙に読み違えるんだよなぁ……。
そんなことを考えながらピエールさんとルークを見ていると、メイドさんたちから緊張が少し解けた雰囲気を感じた。
どんな人が来るか分からないから、こういうときって緊張するよね。
……初っ端にコントばりの展開を見せてしまったから、どう思われたかは分からないけど。
「――それではメイドの諸君。
今日は顔見せだけなので、引き続き清掃にあたるように」
「「「「「はい」」」」」
ピエールさんの指示のもと、メイドさんたちはそれぞれ散っていった。
「アイナ様、いかがデショウ?
それなりの広さがある屋敷デスので、あらかじめメイドをご用意させて頂きマシタ」
「……そうですね。この広さは、さすがに人手が要りますよね……。
ちなみに、どれくらいの部屋があるんですか?」
「はい、この屋敷は24部屋ゴザイマス。
とは言え4部屋は使用人が使うものになっておりマスので、実際は20部屋とお考えクダサイ」
「ああ、住み込みで働いてもらうんですね」
「それはこれからの契約次第でゴザイマスが、一般的にはそうデスナ。
加えて言いマスト、あのメイドたちは、基本的には屋内の業務がメインとなりマス。
庭仕事などは、奴隷を使うと良いデショウ」
「奴隷――」
……そういえば以前、エミリアさんも話していたっけ。
でもこの国にはしっかりした制度があるから、そんな残酷なものでは無い……という話だったかな。
「その辺りの手配も、ご要望があれば対応させてイタダキマス。
ピエール商会を今後ともぜひご活用クダサイ」
「分かりました。それでは引き続き、案内をお願いします」
「承りマシタ。次はコチラに――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピエールさんに案内を受けたあと、手続きを終えて、ようやく宿屋に戻ることができた。
時間は夜、いつもの宿屋。さっきまでの豪華な空間が嘘のようだ。
「……いやぁ、凄かったですね」
「そうですね! アイナさん、貴族の仲間入りが近いかも……?」
「それは凄いです……。アイナ様が貴族に――」
エミリアさんとルークが、ほわーっとした感じで何かを想像している。
「いやいや、私は貴族なんかに興味は無いんだけど……。
今までみたいな感じで、ずっと気楽に過ごしていきたいし……」
「あんな豪邸をもらって、今まで通りというのはできるのでしょうか……。
あ、気を抜く用の別荘を買ってみるとかはいかがでしょう?」
「それはちょっと……。
そもそも、まさか工房から店舗、さらには豪邸まで、こんなにたくさんもらえるとは思っていませんでしたよ。
それに、てっきり賃貸なのかなと思っていたんですが」
ピエールさんの手続きの中で再三確認したのだが、名義や所有権が本当に私に移ったらしい。
小さいマンションで賃貸暮らしをしていた社会人が、初めて持った我が家がこれだとは……人生分からないものだ。
……いや、前回の人生はもう終わってるんだけど。
「それにしてもアイナさん、確かにガルーナ村でたくさんの人を救いましたけど……。
それだけで、こんなにもしてくれるものなのでしょうか?」
不意に、エミリアさんがそんな質問を投げ掛けた。
人の命は尊いもの……とはいえ、確かにここまでの褒賞は多過ぎる気がする。
「アイナ様はS-ランクの錬金術師なので、この王都の中に囲い込んでおきたい……ということかと思います」
「囲い込み……。
……うーん。まぁ、確かにそうかもね」
『囲い込み』と言うと少し悪い印象があるかもしれないけど、『場所を提供するから活躍してね』という意味で捉えれば、満更悪いことでも無いような気がする。
言われるままに仕事をしろっていうなら話は別だけど、特にそこら辺は何も言われていないし――
まぁ神器作成と両立できるなら、私としては問題ないかな。
――神器作成。
そう言えば王都に来たときに作った……やることリストの項目も、ほとんど達成しているんだよね。
活動の拠点を手に入れた今、そろそろ本格的に本命を動かしても良いかもしれない。
でも最初に、ジェラードを含めた三人の前で、それを宣言したいんだよね。
ジェラードは今どこかに行っているから、戻って来るのを待つことになるんだけど――
……よし、ジェラードが戻ってきたら、早々に神器作成を宣言して、必要なことを進め始めよう。
そうとなると……今まで怖くてできなかった、私の作りたい神器の素材を調べなければいけない。
ユニークスキル『創造才覚<錬金術>』と『英知接続』を組み合わせて、神器の素材を調べる――
これをやると身体にくる反動が怖いんだけど、さすがにもう、覚悟を決めないといけなさそうか。
結局、『安寧の魔石』も最初に手に入れたものから増えていないし……。
……そういえば『私の作りたい神器』っていうのも、どういうものか決めなければいけない。
外観は『なんちゃって神器』の剣の通りなんだけど、どんな強さを持たせるかで素材が変わるだろうから――
「……イナさーん。アイナさーん?」
「えっ?」
「大丈夫ですか? ぼーっとしちゃって。
さすがに疲れちゃいました?」
「ああ、すいません。ちょっと、先のことを考えてしまって」
「そうですね、今後はいろいろと変わっていきそうですから……。
引っ越しは明日で良いんですよね? それなら今日はもう、早めに寝てしまいましょう」
「そうしますか。明日は朝からお屋敷に行きますし――
……ルークも、それで良い?」
「はい、問題ありません。
アイナ様が一番お疲れなのですから、そのようにいたしましょう」
二人の気遣いを受けて、今日はもう休むことにした。
明日からは、今までとまったく違う環境になるけど大丈夫かな? 期待半分、不安半分……と言ったところか。