テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
カランカランッ
夜更け、太宰はふらりと見知らぬバーに足を踏み入れた。
灯りは薄く、空気は重たく静かで、まるで水の底のようだった。
「いらっしゃい」
カウンターの奥にいたのは、青い瞳の女。その瞳はまるで太宰の心に
「たまたま迷い込んだのが、ここかしら?」
「ええ。偶然、、、」
彼女は笑わなかった。ただ、小さく首をかしげた。
「あなたが“偶然”を信じる人には見えなかった」
「……どうして、そんなことを?」
女はグラスに琥珀色の液体を注ぎながら言う。
「人って、全部理由をつけたがるでしょう。人物の行動にも、自分の過去にも」
太宰の手が止まる。数秒の沈黙。
「……なるほど。知っているのだね、私のことを」
「ふふっそんなことないわ。……心理学とか好きなのよ」
その声には、冗談とも本気ともつかない響きがあった。 太宰は笑いもせず、ただグラスを口に運ぶ。
やがて太宰が立ち上がると、彼女はコートを手に取り、そっと差し出した。
「また、来てくれるのかしら?」
「……あぁ気が向けば」
女はグラスを磨きながら、声を落として言った。
『待ってるわ』
まるで、それが初めてではない約束であるかのように。 太宰はそれに何も答えず、店を出た。
背中に感じる視線だけが、妙にあたたかく、妙に執拗だった。