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1章 何も知らない転生少女


べちゃっ


『うべっ!?』


少し広めの部屋の中に、潰れた声と音が響き渡る。


『うー……またヤな夢見た気がする』


一言そう呟くと、ため息を1つつき、窓から差し込んでくる木漏れ日を浴びながら少女は起き上がる。

夢見が悪く、うなされている内にベッドから落ちてしまっただけだった。

ベッドといっても、大きな木のブロックに枯草を敷き詰めて毛布が敷かれてあるだけのものである。


『さて、今日こそは何か手がかりを見つけないとな。せめて人か街みたいなものでもあればなぁ』


自分自身を奮い立たせるように独り言を言いながら、夜食べていたスープを外の焚火で温めなおし、テーブルについた。


『1人での生活だから、前世の記憶があるのは助かった。それにこの家……放り出されるよりは良いけど、お陰で全然状況わかんないし』


頬を膨らませながら、あどけない少女はだいぶ前の事を思い出していた。


(あの時仕事に向かう為に家から出た僕は、いきなりの大地震に襲われて……運悪く地割れに飲み込まれてしまった。いくら日本が地震大国だからって、アレはないだろ……。亀裂の中から見えていた空が最期の光景とかさ。ふぅ……。いつ意識が無くなったかは知らないけど、気づいたら屋根の上ってのも酷かった。お陰で起きた瞬間落ちて、また気絶しそうになったし。たんこぶ出来たし!)


銀色の頭をさする少女。痛みはもう無いが、その時の事を思い出して腹が立っている様子。


(そのままこの家で過ごしてるけど、大丈夫かなぁ……。食料はすぐ生えてくる不思議な畑の野菜と水で大丈夫だったけど、人の物だったらどうしよう。それに……)


手をニギニギして体を確かめる。そして立ち上がり、部屋の隅にある鏡の前へと移動した。

ベッドや火の回りは質素なのに、窓や鏡など、人の暮らしを感じる物がいくつかある事に疑問を持つも、その理由が分かる材料など無く、とりあえずある物は利用しておこうという結論になっていた。


『まさか女になるなんて……だいぶ慣れたけど』


それは諦めのため息だった。

生前は32歳男性だった彼女は、初めて鏡に映った自分の姿を見た時はそれはもう慌てふためいた。

そして1人という事を良い事に、表面部分を触りまくって、最終的に悲しい気持ちになっていたのだ。

自分自身に欲情する事が無かった事に安堵し、気持ちを切り替え肌の質や身長、服を脱いでその他もろもろを見て、う~んと唸る。


『7歳……頑張っても8か9くらい? 絶対成長前だよな。これが大人だったら困る』


鏡に映るのは、銀色の髪をした、見る人によっては幼女に見られる、微妙な年ごろの見た目をした美少女だった。

くびれと膨らみがほとんど見られない自身の体を睨み、ポーズを取ったり寄せてみたりと、涙ぐましい努力をしてみたものの、途中で虚しくなって服を着なおすという痛ましい出来事も経験済みである。


『やっぱり転生ってやつなのかなぁ。どこぞの小説みたいに神様とかに会ってないから、何がどうなってるのか分かんねーよ……。説明してくれる人とかいないかなぁ』


目が覚めてからというもの、周辺を探索しながら途方に暮れる日々を過ごしていた少女は、困り果てていた。途中から日数を数えて壁に付けた印も、既に100個を超えている。

これまで生きていられたのは、採っても翌日には芽を出し、翌々日には大きな実をつける、スイカのような大きさのじゃがいもにしか見えない野菜と、切っても抜いてもにょきにょき生えてくるほうれん草のような葉野菜のお陰だったりする。最初は罪悪感と不可思議な現象への恐怖があったが、数日で考えるのを止めた。

少女も目覚めてからは何も試さなかったわけではない。一度だけ読んだ小説を真似て『ステータスオープン!』と叫んでいた。が、身体能力の数値化や技能の文字列化などという便利な不可思議要素は無く、ただ1人で恥ずかしい思いをしただけだった。

説明してくれる人がいない状態であれば、情報は足で稼ぐしかないと、前世のお陰で知っている少女だったが、小さな体ではあまり遠くに行けず、周辺調査もあまり進んでいない。


『完全に生まれ変わってるなら、男に戻るとかは無理だろうし、せめて自分にも他人にも違和感無い言葉遣いにしたほうがいいよな……よね。少しずつ慣れておこう』


転移なら年齢性別まで変わるのはおかしいと考え、今の自分を受け入れる事にした。まぁ、今出来ない事で悩むよりも、今やらなければいけない『生き延びる事』に集中したくて、半ば諦めたようなものだが。

さらに、彼女にはもう1つ悩みがあった。


『絵……描きたいなぁ……』


生前から絵を描くのが好きだったが、ここには絵を描く道具がない。

その為、手頃な枝を見つけて、地面に色々な絵を描いていた。

調査があまり進まないのは、枝を使って地面に絵を描き、時間を使ってしまっているというのも原因だった。

家の周囲を中心に、結構な範囲が落書きまみれとなっている。

その落書きが道しるべとなって、迷わずに家に戻れていたりもするが、本人はそんな賢い事をしたという自覚は無い。


『筆とインクはなんとか出来なくもないけど、紙とか無いからなぁ。はぁ、つまんない』


そして少女は今日も枝を片手に、森を彷徨い始める。




「は~メンドクサイ仕事ね……」


森の入り口で焚火を消しながら、気だるそうに呟く声がある。


「まぁいいじゃないのよ。結構お金になるし、ついでに食材でも探すのよ」

「アンタはそれでいいけどね、水って運ぶの大変なんだよ?」

「魔法で運べるから指名があったのよ。私が運んでも手に持てる量は少ないのよ」


愚痴を言う可愛いローブをまとったピンクの髪の少女と、それを嗜めるちょっと変わった料理人風といった格好の緑の髪の女性。

2人はワイワイ騒ぎながら、森に入る準備をしていた。


「私だってミューゼとお仕事したいのよ。任せてたら私の出来ない仕事ばかり見つけてくるのよ」

「パフィと仕事も楽しいけどね。でもいつも便利にこき使われてる気がするんだけど……」

「気のせいなのよ。早く終わらせた方が楽になるのよ」


パフィと呼ばれた20歳程の女性は、巨大なテーブルナイフと袋を手に取る。ふんわりとした緑の長い髪を揺らし、頭の上付近には髪と同じ色の丸みを帯びた形の物がふよふよと浮かんでいる。

ミューゼと呼んだピンク色のセミロングヘアの、およそ15歳程の女の子の背を軽く押して、共に森へと進んでいった。

やれやれといった感じで、ミューゼは大人しく歩を進める。


「ミューゼはちゃんと仕事覚えてるのよ?」

「水汲みでしょ?」

「そうだけど、魔力の泉の水なのよ?」

「うん」

「あの大切な魔力の泉なのよ?」

「うん」

「あなた大切だって思ってないのよ?」

「うん」

「ちょっとなのよ!?」

「あ、ウソウソ、大切だよねーうん」


森の中にある簡単に整備された道を進みながら、仕事の確認という雑談を繰り広げる2人。

しばらく楽しく歩いていると、突然ミューゼが会話と足を止めた。


「パフィ」

「ええ、食材発見なのよ」


木々の奥から音が近づいてくる。それを確認したパフィは、背負ったナイフを手に構えた。

そのナイフは身長ほどの長さがあり、グリップの部分も長く、両手でも片手でも持ちやすいように、手の大きさにあわせた特注品だった。

対してミューゼが構える杖は、木で出来た柄に蔓が巻き付き、水色の水晶が先端についている。

杖に魔力を込めた瞬間、茂みから大きな影が飛び出した。


「おっと!」

ガキンッ


パフィがナイフで弾いたそれは、2人から少し離れて着地した。


「フォレストリッチなのよ。ちょっとお肉が少ないのよ」

「そんな贅沢言われても……」


現れたそれは、真ん丸の体と細長い2本の足と首を持った緑色の鳥だった。

空を飛ぶ事が出来ず、森の中を縦横無尽に走り回り、緑の走り屋とも呼ばれている。

弾かれて怒りをあらわにしたフォレストリッチは、すぐさま2人へと向かって突進してきた。


「いつも通りにするのよ」

「おっけー、そいやっ!」


杖から蔓を伸ばし、走り始めたばかりのスピードが足りないフォレストリッチの体と頭を絡み取った。

その瞬間、フォレストリッチの真横に移動するパフィ。


「とーっ!」

ズバッ


ナイフを一閃、フォレストリッチの頭と体は、見事に分かれた。


「これでお昼ごはんは確保なのよ。すぐに処理するから──」

「そこの茂みに穴掘っておくね」

「助かるのよ」


2人は手分けして、肉を得る為の解体をしていった。

いらない部分を穴に捨て、血は魔法で出した水で流し、葉で包んだお肉を袋にいれてホクホク顔である。


「ちょっと早かったけど、食料に困る前にお肉が手に入ったから良い感じね」

「魔力の泉に到着したら、そこで野宿なのよ。今夜はステーキでバーベキューなのよ」


明日、水を運ぶミューゼの為に美味しく調理してあげようと、内心気合を入れるパフィだった。

道があるとはいえ森はそれなりに広く、泉がある最奥までは朝から夕方までの道のりとなる。

ミューゼとパフィの2人は、この後も雑談をしながら、森の奥へと進んで行く。

からふるシーカーズ

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