月曜の放課後。陽斗は音楽室の前で立ち止まった。
ドアの向こうに、遼の気配がある。だが、中からもうひとつ、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……やっぱり、変わったね。弾き方も、目も。」
それは、楽器店で出会ったあの女子──名を**桐生美琴(きりゅう・みこと)**という。
陽斗は、無意識に拳を握ったままドアをそっと開けた。
中では、遼と美琴が向かい合っていた。
遼は驚いたように陽斗を見たが、美琴は落ち着いた表情のまま、軽く頭を下げる。
「こんにちは。……高橋くん、だよね?」
「……ああ。」
「ちょっとだけ、遼と話してたの。昔のこと。」
陽斗は無理に笑って返したが、心の奥では波が立っていた。
「そろそろ、行くね。遼、また今度……“二重奏”しようよ。昔みたいに。」
その言葉に、陽斗の中で何かが弾けた。
「“また”って……やるつもりなの?」
遼が何かを言いかけたが、美琴が先に口を開いた。
「私と遼は、ずっとペアだったの。お互いの音を知ってる。あんたが、どう入り込めるのかは知らないけど。」
その言葉は、一見柔らかだが、棘があった。
「……入り込むつもりなんて、もうとっくに入り込んでるけど。」
陽斗は静かに言った。だがその声には、怒りがにじんでいた。
「俺は、“今”の遼を見てる。音じゃなくて、本人をちゃんと。」
「それが本当にできてるなら、遼がこんなに揺れるはずないけどね。」
美琴の瞳は冷たく、鋭い。
遼は言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。
⸻
帰り道。
陽斗は、遼と歩きながらも無言だった。
遼もまた、何も話さない。
「……さ、二重奏、するの?」
陽斗がぽつりと尋ねると、遼は足を止めた。
「……美琴は、俺のこと、音でしか見てなかった。ずっと昔から。」
「でも、今は?」
遼は苦しそうに息を吐いた。
「今……お前の前だと、音が出しにくいときがある。嬉しくて、苦しくて、自分が何弾いてるか分からなくなる。」
「それって……」
「わからないんだ、陽斗。俺、どうしたらいい?」
陽斗はその場で立ち止まり、遼の腕をぐっと掴んだ。
「じゃあ、迷っていい。その間ずっと、俺がここにいるから。」
「……美琴じゃなくて?」
「当たり前だろ。俺はお前が“誰の隣にいるか”を、自分の手で決めさせたい。」
遼の目が、大きく揺れた。
その瞳にはもう、“音”ではなく“感情”が映っていた。
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