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遼と美琴が再び“二重奏”を組むらしい──
それを聞いたのは、放課後の廊下。
楽譜を抱えた美琴が、何気ない口調で女子たちに話しているのを、陽斗は偶然耳にした。
「やっぱり、遼のピアノは特別。誰よりも、私と合うのよね。」
それだけで、胸がざわついた。
(俺とじゃ、合わないってことかよ)
音楽室に向かう足取りは、重くなっていた。
扉を開けると、遼は既にピアノの前にいたが、陽斗の姿に気づくと手を止めた。
「来てたんだ……」
「二重奏、するんだって?」
遼の指がぴくりと動いた。
「……うん。コンクールが近いらしくて、美琴が“合わせたい”って。」
「断らなかったんだ。」
陽斗の声に、わずかな棘が混じる。
遼は気づいていた。それでも、目を逸らした。
「悪いと思ってる。でも、あいつとは昔からの付き合いで——」
「だったら、そっちが大事ってことだろ?」
遼が、はっとして陽斗を見る。
「……違う、陽斗、そうじゃない」
「じゃあ、なんなんだよ。俺の前だと音が乱れるとか、嬉しいけど苦しいとか、そう言ってたのはなんだったんだ?」
遼の喉が詰まる。
あの日、口にしてしまった言葉たちが、自分でも思っていた以上に、陽斗の心に刺さっていたのだとわかった。
「俺……お前にだけは、嘘つきたくない。でも、気持ちをどう整理すればいいかわかんなくて……」
「“気持ち”って何?」
その言葉に、遼は言葉を失った。
陽斗は一歩近づく。
「俺はずっと、“友達”以上の感情でお前を見てる。最初は音に惹かれた。でも今は、遼の全部が気になって仕方ない。」
「……」
「笑った顔も、ふてくされた顔も、ピアノ弾く横顔も。美琴と話してるとこ見たら、嫉妬で頭おかしくなりそうだった。」
その言葉は、まっすぐだった。
まるで、音よりもはっきりと心を震わせる旋律のように。
遼の目が揺れた。
「……そんなふうに言われたの、初めてだ。」
「じゃあ、ちゃんと考えて。俺のこと。」
「……陽斗。」
遼がそっと陽斗の手に触れた。細くて冷たい指。けれど、そこには確かな温度があった。
「……もう少しだけ、俺のそばにいて。お前の音を、聞かせて。」
それは、まだ“恋”とは言えないかもしれない。
でも確かに、心が向いていた。
⸻
その夜、美琴から遼に届いたメッセージ。
「やっぱり、あの子じゃあなたの音は弾ききれないわよ」
遼はスマホを伏せ、ふと、陽斗が見せた真剣なまなざしを思い出す。
胸の奥が、じんと熱くなる。
“弾ききれない”のではない。
“揺さぶられてしまう”のだ。あの陽斗という存在に。