19時頃、いつも通り宿屋の食堂に行くと、リーゼさんが先に夕食をとっていた。
……彼女は後日、『循環の迷宮』に行くときにご一緒する予定のエルフの弓使いさんだ。
「あ、リーゼさん。こんばんわ」
「あら、アイナさんたち。こんばんわ」
挨拶をしてから、リーゼさんは私たちに相席を促してくれた。
席に着いて、食事の注文を済ませてからひと段落。
「リーゼさんは何をしていたんですか? 冒険者ギルドの依頼を受けていたんでしたっけ」
「ええ、少し離れた洞窟――
……あ、ダンジョンじゃなくて普通の洞窟ね。そこの魔物討伐をしていたの」
「へぇ、洞窟ですか……」
「結構広い洞窟でね、天井に凶暴なコウモリがたくさん棲みついていて……。
それを地道に落としていたよ」
「なるほど、射撃武器ならではの仕事ですね」
「そうねぇ、剣は届かないし、魔法は下手すれば洞窟を崩しちゃうし。
地道な割に報酬も少なくて嫌になったけど……でも、洞窟であまり弓矢を使ったことがなかったから、良い練習にはなったかな」
おお、何とも向上心がある人だなぁ。
ちなみに洞窟ってあまり広いイメージは無いんだけど、話を聞く限りでは結構な広さがあったようだ。
「ちなみに、アイナさんたちは何をしていたの?」
「私たちは自由行動が多かったです。
とりあえず私は、錬金術師ギルドに行ったりしてました」
「わたしは部屋のお掃除とか……」
「私は武器屋に行ったり、魔物討伐に少し出たくらいでしょうか」
「ふーん? いつも一緒なわけじゃないんだ」
「あはは、まぁ」
自由行動が多くなったのは最近になってからで、少し前まではずっと一緒だったんだけどね。
こんな感じになったのは王都に来てからだから、つまり環境の変化が大きいわけだ。
「ところで例の……王様に謁見する日取りは決まったの?」
「はい、明日の午前ということになりました」
「あら、急なのね。そうしたら、『循環の迷宮』に行くのはいつになるかな?
私も準備をしないといけないし」
「そうですね……。
明日が謁見だから、明後日は予備で空けておいて……。3日後の朝に出発するのはどうでしょう」
ルークとエミリアさんの方を見て、問題が無いことを確認する。
「うん、私もそれで問題ないよ。
それじゃ楽しみにしてるから、アイナさんたちも準備をしっかりしておいてね」
食事を済ませて言葉をいくつか交わすと、リーゼさんは早々に食堂をあとにしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……リーゼさんって、クールな方ですよね」
リーゼさんの姿が見えなくなると、エミリアさんがそんな風に切り出した。
「え? そうですか?」
「何と言うかこう、あまり深く関わってこないというか、あっさりしているというか」
「リーゼさんは旅を共にするのではなく、あくまでも『循環の迷宮』に一緒に挑むというだけですからね。
そういった関係であるなら、これくらいは特に普通だと思いますよ」
ルークのフォローに、私もなるほどと思う。
コミュニケーションは大切だけど、一時的な関係なら、あまり深く関わらないのもアリだろう。
正直なところ、あまり踏み込んだ話をしたことが無いから、リーゼさんも正体不明な部分が多い。
知り合う人とは出来るだけ仲良くなりたいけど、最近は知りあう人も増えてきたから……まぁ、ある程度は仕方が無いか。
「人それぞれ、ってところでしょうね。
そういえば明日の謁見は王城に行くだけだから良いとして、『循環の迷宮』の方はしっかり準備をしないと」
「王城に行くだけって……。
アイナさんって結構、肝が大きいですよね」
「え? そりゃ緊張はしますけど、偉い人に会うだけですよね?」
「そう言ってしまえばそうなんですけど……。
もしかしてアイナさんって、アイナさんの国では王族だったりして……?」
「いやいや、私は庶民でしたよ。
低賃金で夜まで働く、日々をどうにか過ごすタイプの労働者でした」
「「またまたご冗談を」」
「ええ? そこでハモるかなぁ……?」
……私が凄いのって、あくまでも神様からもらったスキルのおかげだからね?
それが無かったら何の取柄もない、ただの人なわけだよ?
「信じられません。まさかアイナ様が、そんな扱いを受けていただなんて……」
「もしかして、全員がアイナさんレベルの錬金術を使えたりして……?」
「エミリアさん、それはとても恐ろしい国ですね。
でも、そういったことは無いのでご安心ください」
「そ、そうですか? 良かった……」
「……話を戻すと、『循環の迷宮』の準備ですよ!
私はダンジョンに入るのは初めてなんですが、何を準備すれば良いですか?」
冒険には何より、準備が大切だ。
まぁ、直前になってからする話では無いんだけど……。
「アイナ様、まずは食糧ですね。5階まで行くなら往復で5日ほど掛かるので、最低でもそれだけは必要になります。
それに加えて、もう少し余裕を持っておくことをお勧めします」
「普通なら味気ない携行食になるんですが、わたしたちにはアイナさんがいますからね。
食事はしっかりと、準備をしていきたいです!」
「ふむ、私の便利なアイテムボックスの出番ですね。
食事は癒しですから、全力で準備しましょう」
「さすが! 分かってらっしゃる!」
「あとは一般的な、旅支度のような感じでしょうか?
テントや毛布、焚き火用の木材などが必要になります」
「寝ないわけにはいかないもんね。
薬とかは私が全部作れるから良しとして……それくらいかな?」
「普通の洞窟であれば松明も必要ですが、『循環の迷宮』の内部は明るいそうですからね」
「迷宮の中は、不思議な光で満たされているんですよ。そこが普通の洞窟と一線を画すと言いますか」
「ふむふむ。さすがエミリアさん、経験者!」
「あはは、経験したのは1階だけですけど……」
「それじゃ、準備はそれくらいかな?
……であれば、明後日だけでも大丈夫そうですね」
「明日の夕方も、もしかしたら時間が出来るかもしれませんが……、さすがに疲れちゃってますかね?」
「そうですね。動く元気があれば、程度にしておきますか」
「では、明日は謁見に集中するということで。
わたしも謁見は初めてではないんですけど、いつも遠巻きだったもので……緊張しちゃいます」
「謁見も経験ありとは、さすが大聖堂の司祭様……!
そういえば謁見ってどんな感じなんですか? やっぱり片膝をついて跪く感じ?」
「あ、そういうのでは無いですよ。謁見の間という部屋があって、そこで王様とお会いするのですが……まぁ、部屋は広いですね。
場合によっては大臣や貴族の方がいる場合もあります。挨拶や言葉遣いについては……いつも通りで大丈夫ですよ」
いつも通り……。
……ふむ、丁寧に話しておけば良いのかな?
「一応、良い方の服を着ていった方が良いですよね?
ここはとっておきの、『インテグリティローブ』を!!」
「『はったりをかます服』ですよね? それが良いと思います!」
「あっさりいつもの呼び方を出された!
……それじゃルークも、あとで良い感じの方の鎧を渡しておくね」
「ありがとうございます。今晩の内に、よく磨いておくことにします」
「つやっつやにはしないようにね!」
「それは恥ずかしいですからね……。適度に抑えておきます」
「ちなみにエミリアさんは、いつも通りその法衣で行きますか?」
「職位が上がれば少し変わるんですが、わたしが着られる法衣には別パターンが無いので……」
「なるほど。
そういえば今さらですけど、法衣の他にはパジャマ姿くらいしか見たことありませんね……」
「信仰が絡む場所では、必ず法衣を着ていますから。
わたしの部屋も大聖堂に割り当てて頂いているので、結局ずっと法衣なんですよね」
「ふむ……。エミリアさんの私服も見てみたい……」
「王都に着く前でしたら、ご要望があれば買って着替えたのですが――
……そもそもは『神託の迷宮』への旅でしたので、旅の途中で私服……という発想が無かったんですよね」
くぅ、それは惜しいことをした。
もしもミラエルツ到着あたりまで時間を巻き戻せるなら、エミリアさんの着せ替えを楽しめるのに!
「それは残念……。
ではいつか、王都から連れ出したときに、着せ替えをして遊ばせて頂くことにしましょう」
「遊ぶってそんな……。
でも、それも面白そうですね!」
私たちは王都を離れるまでは一緒だけど、いつかきっと、王都から離れた場所でまた会えるかもしれない。
そんなときが来たら、たくさん着せ替えをして楽しむことにしよう。うん、それが良い。
……私の中で、そんな密かな野望が何となく生まれるのだった。
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