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――正直、今すぐ帰りたい。


それがこの場……謁見の間に入った直後の、私の感想だった。

よし、ここは素数を数えて落ち着こう。


1!


知っているか、1は素数では無いのだ。

これは、素数を数えると言いつつ即失敗するという、私の鉄板ネタなのだ。


……って、このネタも何だか懐かしいなぁ。やるのはいつ以来だろう……っていうのは置いておいて。

でも少しは落ち着いたぞ。よーし、まずは状況整理だ。するまでもないけど、ここはするのだ。


私たちは今日、朝から王城に来ていた。

一緒に来ているのはルークとエミリアさん、大聖堂からは大司祭様と2人の付き添い。

つまり私を入れて6人という構成だ。


王城に入ってから謁見の間までは、おおよそ2時間も掛かった。

かなりの広さがあるのと、あとは要所要所で待ち時間があったためだ。


ここに来るまでは大聖堂の一行が私たちの前を歩いてくれていたのだが――

……謁見の間では、私が前に出されることになってしまった。


正直なところ、大司祭様の後ろで適当に流していれば良いのかな? ……などと思っていたので、このフォーメーション変更は想定外のものだった。


……とはいえ、いくら偉かろうが1人の人間に会うだけ。

正直そこまで緊張はしないだろう……と、タカを括っていた。


社会に出てからそれなりにクレーム対応にも当たったことがあるし、こっちの世界では何回も死に掛けたことがあるし。

死に直面すると、ある種メンタル的に強くもなるものだから、案外図太い神経をしているかな、とは思っていたのだが――


……改めて目の前の光景を見ると、前言を撤回をしてしまう。


まず、謁見の間が想像以上に広い。

学校の建物で例えると、体育館の4倍くらいはあるだろうか。


入口から玉座まで赤い絨毯が一直線で敷かれているのは良いとして、横の方向にも奥行きがあり過ぎる。

その上で装飾が立派だったり、照明のシャンデリアが美しすぎたり、太い柱はいかにもな感じで荘厳さを醸し出していたり……。


それだけならまだ『うわー、凄いね♪』だけで済むのかもしれないが、今回はそこに、たくさんの人が集まっていたりする。

ざっと数えても、100人くらいはいるだろう。


いくらひとつの村を救ったとはいえ、一介の錬金術師ごときに、何でこんな人数が……?

そして私が何よりも緊張しているのは、その視線がすべてこちらに向けられているためだった。



「――アイナさん、先にお進みください」


最初の一歩を踏み出し損ねていると、大司祭様がそっと声を掛けてきた。


「は、はい……!」


小さい声で返事をしたあと、ルークとエミリアさんの方をちらっと見る。

二人とも力強く頷いてくれた……んだけど、正直なことを言えば、この焦りを共有したかっただけだ。

ろくに話せない状況がもどかしい……。


……でも、進まないと。


他の5人は私の後ろを付いてくる流れだから、私が進まないとどうにもならない。

私は観念して、姿勢を良くして歩き始めた。


それにしても王様らしき人がこちらをずっと見ているけど、この瞬間には一体何を考えているのだろう。

これから話す人間の値踏みでもしているのかな? 案外、今晩の夕食について考えているかも――

……って、エミリアさんじゃないし、それは無いか。


そんなことを考えていると、少しだけ気持ちが楽になった。

さすがエミリアさん。素数よりも有能だ。



「――よくぞ参られた。私がこの国の王、ハインライン17世である」


「初めまして、お目に掛かれて光栄です。

私はアイナ・バートランド・クリスティアと申します」


「うむ、大聖堂のデリック大司祭から話は聞いておるぞ。ガルーナ村での疫病の件、大儀であった。

……何か褒美を取らせようと思うのだが、何か望みがあれば言うが良い」


オリハルコンをください!


……なんて言える雰囲気では無いのは確かだ。

ほんの少しでも、おちゃらけられる空気は無かった。


「特に望むものはありませんので……」


緊張はまだ続いている。

私はそう答えるのがやっとだった。


「ははは、数百の命を救っておきながら、何とも無欲なことだ。

ところでお主は、凄腕の錬金術師というではないか。錬金術師ギルドや王族の者からも話が出てきておるぞ」


「え?」


錬金術師ギルドは分かるけど、王族も……?


そんな思いが少し顔に出たのだろうか。王様は、私の横の人だかりに目をやった。

釣られてその方向を見てみると……そこにはレオノーラさんがいた。ああ、そういえば王族だったよね。


「……げっ」


後ろから不意に、そんな声がした。その方向を無意識で見ると、声を発したのは何とルークだった。

『げっ』って……。レオノーラさんを見て、それは無いでしょうに……。


「……ひっ」


次に聞こえたのは、エミリアさんの声だった。


いやいや、王都に戻ってきたときはアレだったけど、もうさすがに、レオノーラさんとは仲良くしてますよね?

いまさらこんな場所で驚くことはないでしょう。


そんなことを思いながら、私は王様の方に目を戻した。


「まだまだ未熟な錬金術師ではありますが、どうにかお役に立てるところまでは来れました。

引き続き、|研鑽《けんさん》を重ねて参りたいと思います」


「それは何とも殊勝なこと。

特に希望が無いのであれば、錬金術の工房でもどうだろうか?」


え? どうだろうか……って、工房をくれちゃうの?

他の対案は特に無いし、それで良いならそれで進めてしまうか……。


「身に余る光栄でございます」


「それでは工房を用意することにしよう。

詳しくは後日、デリック大司祭に伝えることとする」


「ははっ!」


王様の言葉のあとに、大司祭様が畏まった返事をした。

今日は王様と雑談しにきたわけでは無いから、謁見もこれでおしまいかな? 早くおうちに帰りたい……。宿屋だけど。


「――ところでアイナよ。少しばかりガルーナ村でのことを聞かせてもらえぬか?」


あ、あれ!? 謁見、続いちゃう!?

そして突然、呼び捨てにされた!?


……でもまぁ、そこは王様だもの。偉いんだから仕方が無いか。

でも初対面の人に呼び捨てにされるのって、何だか落ち着かないなぁ。

まぁ、それはそれとして――


「はい、何なりと」


「ガルーナ村での疫病なのだが、黒色の怪しい宝石がその原因だと推察されておる。

アイナもガルーナ村でそのようなものを見ていると報告されているが、これは確かか?」


……そうだ、この話があったんだ。

緊張ですっかり忘れていた……。


王様が言っているのは、『疫病のダンジョン・コア』のこと。

これはガルーナ村で、私が疫病にかかりながらも、何とかアイテムボックスに叩き込んだ経緯がある。

それを知っているのは私とルークの二人だけ。そしてこれは、誰にも話さないと決めたのだ。


「はい。私もそれを見つけ、そのあと疫病にかかりました。

しかしそのときを最後に、それ以降は目にしていません」


そんな風に返事をしたが、そこで私は気が付いてしまった。

私、ウソはついてない! 実際に目にしたのは疫病にかかったとき――


……つまり、アイテムボックスに叩き込んだときなのだ。

それ以降、アイテムボックスから出したことはないから……言っていることは、実際のところ本当ということになる。


「この件で偽証をすると、厳しい処分に問われる。

それを踏まえた上で、それが真実と誓えるか?」


え、厳しい処分!?

う……、まさかの追撃……。


でも実際のところ、しらばっくれれば何とでもなるよね。ウソ発見器とかでもあるのかな?

屁理屈になるかもしれないけど、ウソはついていないのだから、偽証にはならないよね?


「はい、真実として申し上げます」


王様は私の様子をしばらく眺めたあと、周囲の1人を呼んで何やら話をしていた。

まさか、本当にウソ発見器が……!?


「……ふむ、よく分かった。それでは引き続き、その怪しい宝石の行方は探すことにしよう。

アイナとその従者も、王都でゆっくり過ごすが良い」


「ありがとうございます」


……ウソ発見器があるのか無いのかは分からないけど、ひとまず捕まらないで良かった……!!




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――……ぶはぁっ!」


謁見の間から出て、|人気《ひとけ》が少なくなる場所まで行って、ようやく緊張を解くことができた。


「アイナ様、お疲れ様でした。ご立派なお姿でした……っ!」


ルークが何やら感動している。

主人が王様から労われたことが嬉しい……的な?


「しかし謁見の間に、まさかあんなに大勢の人がおられるとは……。

アイナさんたちの噂も、ずいぶんと広まっているようですね」


そう言いながら、大司祭様がうんうんと頷いた。


「ええ……? 私、王都ではまだ大したことはやっていないですよ……?」


「いえ、レオノーラ様が触れ回っていると思うのですが……アイナさんは有名になりつつあるのですよ。

美容にとても効果のあるアイテムを作る、とのことで」


「うわ、そっちですか!」


きっと、レオノーラさんにあげたヘアオイルや乳液が発端になったのだろう。

そういう情報は、どこの世界でも早いものだからね。


「王族こそ、美容にこだわるものですからね。

国王陛下もそれを踏まえて、アイナさんに工房の提供を申し出たのでしょう」


「工房の提供って……もしかして私のためではなくて、王族のため?」


「しかしアイナさんにとっても悪い話では無いはずですよ。

何せ王国から提供された工房。そこらの工房とは信用度が違うでしょう」


……それはありがたいけど、都合良く使われる気もする。


「ううん……。

今後どうしていくかは、ちょっと考えておきます……」


「それが良いでしょうね。

さて、私どもはまだ王城に用事がありますので、このあとは三人でゆっくりなさってください」


「あ、そうなんですか? 今日はありがとうございました」


挨拶を交わすと、大司祭様たちは王城の奥へと消えていった。



「……そういえばルーク。

レオノーラさんを見て、『げっ』は無いでしょう……」


「え? あ、あれは違うんですよ。私が驚いたのは、その横の方で――」


「ひっ!?」


「……え? そういえばエミリアさんも驚いてましたよね。何でですか?」


「あ、あの……、いたんです。レオノーラ様の隣に……」


「隣? 誰か、いたんですか?」


「はい……。オティーリエ様が……」


……ああ。話にはちょこちょこ出てくる、エミリアさんの苦手な人ね。

王位継承順位が第22位らしいから、当然だけど王族ということになるか。


「あの方が、オティーリエさん……だったんですか」


ルークも、エミリアさんの話に乗ってきた。


「……え? ルークは何で知ってるの?」


私は不思議に思いながら聞いたが、その答えは予想外のものだった。


「はい……。

あの方が、武器屋の前で私に体当たりをしてきた女性なんです……」



…………。


…………な、なんだってー!!!!?

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