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「…………はぁ」
部屋を出る間際、自然と大きな溜息がこぼれた。くうちゃんに聞こえてへんかな。あかんってわかってて、こんなことして。お互いもういい大人で、分かってるはずやのに。こんな歪な関係……また、吐き気がしてきた。
「え、お野菜、切ってくれたん?」
俺がキッチンに戻ると、まな板の上には不格好ながらも刻まれた野菜が並んでいた。
「うん。はんちゃんのおかげで、ちょっと元気出たわ」
「そっか。……それなら良かった」
「続きやるから、くうちゃんは寝とき」
「ううん。最後まで見守る」
「シンプルに邪魔やから。寝ときって」
渋るくうちゃんの背中を強引に押して、ベッドまで誘導する。手のひらから伝わる彼の体温が、さっきよりも少しだけ、熱を帯びているような気がした。
料理が完成した頃、そっとベッドを覗き込むと、くうちゃんはスースーと規則正しい寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。
これは、起こさんほうが良さそうやな。
せめて書き置きを……と思ったけれど、もし後からゆうとが来た時に、俺の筆跡のメモがあったら嫌な気がするやろうか。……あかん、またこんなこと考えて。自分でも嫌になるくらい、ゆうとの影に怯えて、嫉妬全開で気持ち悪い性格してるな、俺。
散らかったゴミをまとめ、ベランダへ出る。くうちゃんの家には、ベランダにゴミ用の収納ボックスがあったはずや。綺麗好きの彼は、部屋の中に匂いのするゴミが残るのを極端に嫌うから。
「……え、なにこれ。……バラ?」
ボックスを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、大きな透明のゴミ袋に押し込まれたバラの花束やった。他のゴミの袋も合わせて置いてあるのにこの花束のせいで、そこだけ微かに良い匂いすら漂っている。
バラ。バラって……ゆうとが言っていた、ホワイトデーに貰ったっていうあの花束?
どういうことなんやろう。ゆうとは受け取らへんかったってこと?
そんなわけない。付き合うことになったんやから、普通は大切に飾るはずや。それとも、もう枯れてしまったから捨てた? いや、付き合ってまだ数日や。思い出の品をこんなに早く捨てるか?
……あ、もしかして、匂いがキツくなるのを嫌うくうちゃんが、独断で捨てたとか。彼なら、ありえるかもしれん。
袋の中でまだ形を保っていた一輪のバラを、そっと手に取る。パラパラと数枚こぼれ落ちた花びらを、手のひらで受け止めた。
もし、これを俺に贈ってくれていたなら。このバラは、間違いなく俺の宝物になっていたのに。
くうちゃんに見つからないよう、そっと部屋に戻る。一枚の花びらを、大事にハンカチの間に挟み込んだ。
ごめんな、くうちゃん。大切な思い出の品やのに、俺なんかに見つけられて。でも、これは俺にとって最後になるかもしれん、くうちゃんとの思い出にするから。
「……くうちゃん、ご飯作ったから食べてね。大好きないちごのデザート、冷蔵庫に入れといたから」
「……ん……」
くうちゃんはまだ夢の中で、口元をムゴムゴと動かしている。きっと夢の中で、何か美味しいもんを食べてるんやろう。……ほんま、可愛い人。
「……あかん、はよ帰ろ」
危うく、またキスしそうになった。この人の顔を見ていると、俺の鉄壁の理性が一瞬で崩壊しかける。くうちゃんは、ほんまに罪な人や。
♢♢♢
自宅に帰って数時間後。
スマホが震え、画面には『ありがとう』のメッセージと共に、一枚の写真が添えられていた。
そこには、綺麗に空っぽになった鍋が写っている。
「……え!? 完食?」
一応、二日分くらいのつもりで作ったんやけどな。それを一食で平らげてしまうなんて、どんな胃袋してるねん。
体調悪いって言うてたけど、それだけ食べられるならもう大丈夫そうやな。