テラーノベル
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後日、俺はまた、若井の部屋に来ていた。ゲームをしていても、若井がチラチラとこちらを見てきて、鬱陶しい。俺はわざと、ゲームに没頭している風を装っていた。
「で、元貴、どーだったんだよ。」
痺れを切らしたのか、若井が口火を切った。
「なにが?」
俺は白を切る。
「なんだよもう!ダメだったの?デートでやらかしたんか?」
「やらかすかよ。別に普通だったよ、涼ちゃんもずっとニコニコしてた。」
「なーんだ、うまくいったんじゃん。どこ行ったの?」
「どこって別に、買い物。そのあとご飯食べてバイバイ。」
「ふーん、いーじゃん。」
若井はニヤニヤしながら肘で小突いてくる。ぶっ飛ばしてやろうかコイツ。
俺はコントローラーを置いて、若井に向き合う。
「なんかさ、余計にわかんなくなった。別にこのままでも良くね?って思っちゃって。」
「このままって?友達のままってこと?」
「友達っていうか…普段は俺がちょっかいかけに行っても受け入れてくれるし、いつも夜呼び出しても嫌な顔せず来てくれるし、俺今のままで充分幸せだなって思うんだよね。」
「え、お前いつも夜に涼ちゃん呼んでんの?家に?やらし!」
「お前と一緒にすんな。ハグしてるだけだよ。」
「ハグしてんだ〜!」
何がそんなに面白いのか、若井は体を揺らして笑っている。
「なんか、友達同士のこーいうのって、こそばゆいな。」
「というわけで、俺はやっぱりこのままでいいと思う。以上。」
若井が、ストップ、と手を出した。
「待て待て、お前はいいかも知んないけど、涼ちゃんはどうよ。今って結構宙ぶらりんで可哀想じゃね?」
「え?」
「だって、もし涼ちゃんに恋人できても、今の状態続けられる?」
「…。」
涼ちゃんに恋人…?そんなことは頭になかった。だって、今1番彼の近くにいるのは俺だって自負があるから。でも、それはなんの確証も保証もない関係、付き合っていないというのはそういうことなのか。
「…無理だろ?嫌なんだろ?じゃあやっぱり、はっきりさせておいたほうがいいよ。涼ちゃんの為にも。」
「でも、もし無理だったら?そういうんじゃないって言われたら俺、死ぬよ。」
「そこだよな〜。」
若井は上を向いて腕を組み、俺は下を向いて手を組み、それぞれに考えを巡らせていた。
「だからさ、元貴がどストレートにいかなければ、まだいいんじゃない?」
「どういうこと?」
「お前の武器と言えば!音楽じゃん!」
「音楽?」
「そう!曲作れんじゃん!涼ちゃんへの気持ちを込めた曲を作って、そんで涼ちゃんの反応を見ればいいじゃん。」
「…。」
「それならまだ、ストレートな告白よりは逃げ道ある感じしね?」
今までだってずっと、曲には自分の思いや希望などを込めて作っていたが、涼ちゃんへの気持ちを込めて作曲する…そんな事出来るだろうか。そこまで、特定の誰かに向けて意識的に作ったことがないので、俺は迷った。でも、もし涼ちゃんが俺じゃない誰かの元へ行ってしまうようなことがあったら…俺はそっちの方が耐えられそうにないや。
やろう。俺の大切な人へ向けた、大切な人たちの曲。
俺は、活動休止中から気持ちを遡った。
それは、悲しい記憶も、もがいた記憶も、幸せな記憶も、全てを想い起こすこと。
辛い。でも、やらなきゃ。俺は2人に恩返しをしなきゃいけない。それに、この曲で涼ちゃんに伝えたい。
俺は、どんなに辛い夜が来ても、この曲の制作中は涼ちゃんや若井には頼らなかった。この曲は、俺自身だ。どの曲よりも、剥き出しのままの俺だ。
『BFF』
デモが完成した瞬間、俺は2人にデータを送った。もう後戻りはできない。『フレンド』と名を冠したのは、剥き出しすぎる俺の心へせめてものヴェールをかけたつもりだ。
若井から早速返信が来た。
『すごい曲作ったな!俺すっげー感動してる!ありがとう!ギター頑張る!!』
俺は、素直な若井の言葉に笑顔が溢れた。
『涼ちゃんにちゃんと伝わるといいな!』
続けてメッセージが届いた。
俺はふと、涼ちゃんのメッセージはまだか、とドキンとした。いつもなら若井のようにすぐ曲の感想を伝えてくれるのに。
俺は、その場から動くこともできずに、じっと涼ちゃんからの返事を待っていた。
『すごくいい曲だね。感動して涙が出ちゃった。』
涼ちゃんからメッセージが届く。これは…どうなんだろう。どう受け取ったんだろう。でもここでは深く追求するべきじゃない気がして、俺は『ありがとう』とだけ返信した。
しばらくして、レコーディングが始まった。それぞれにレックやドキュメンタリーの撮りなんかをこなしていった。アルバム制作のため、いくつもの曲をこなしていかなければならず、あれから特に涼ちゃんからはなんのリアクションもなかった。俺は努めて普段通りに若井や涼ちゃんに絡みにいったが、本当は気が気じゃなかった。
涼ちゃんは一体どう思ったんだろう。どう受け取ったんだろう。
知りたい。
知りたい。
いつものようにレコーディングを終えたある夜、若井が俺の部屋を訪ねてきた。
「元貴、やばい。」
「なにが。」
「涼ちゃん。」
ドキッとした。若井たちは楽器隊と別撮りがあったので、今日は俺と涼ちゃんはあまり会っていない。何かあったんだろうか…。
「やばいくらい、ポンコツ。」
「…は?」
何を今更…と思わないでもないが、とりあえず若井の話を聞くことにした。
「今日、俺らBFFやってたんだよ。そんでさ、なんかずっと涼ちゃんが浮かない顔してるから俺ぶっ込んでみたの。『これ1番が俺で、2番が涼ちゃんって感じしない?』って。」
「それで?」
俺は、心臓が痛いくらいに高鳴った。
「そしたらあのバカ、『全部若井の曲だと思ってた』とか言うの!!」
「はあ?」
「だめだ元貴、涼ちゃん思った以上にニブちんだ。曲で伝えるとか無理ゲーだ。」
「お前が言ったんだろ!!」
「だって!あんなバカだと思わないじゃん!!」
俺は落ち込むより、なんだか怒りが湧いてきた。なんだよ涼ちゃん、なんだよそれ。なんで俺が若井にだけ曲を作ると思ってんだよ。自尊心低いにも程があんだろ!
「若井ごめん、帰って。」
「え?」
「今から涼ちゃん呼び出す。」
「…殴っちゃダメよ?」
「…ボディーにしとくわ。」
「こわっ!」
暴力反対!ダメだからな絶対!と言いながら、若井は帰っていった。
『涼ちゃん、今日うち来れる?』
既読がついてしばらく返信がない。俺は募る苛立ちを息を大きく吐いて外へ流す。
『行くね』
いつもと変わらない、返事。まさか俺がこんなに頭に来てるなんて、夢にも思ってないだろうな。
チャイムが鳴り、俺は何も言わずリビングからのボタン操作で解錠だけして、出迎えもしなかった。
「元貴…?」
リビングへ入ってくる涼ちゃん。俺がドアに背を向けて立っているのを見て、不安げな声で俺の名前を呼んだ。
「…若井から聞いたんだけど」
俺は背を向けたまま話し始める。
「BFF、若井の曲だと思ってたんだって?」
「あ………う、うん…。」
レコーディングの時を思い出したように、おずおずと返事をする。
「なんでそう思ったの?」
俺は涼ちゃんを振り返る。その顔は、きっと怒りを露わにしていた。涼ちゃんは俺の顔を見てグッと身構えた。
「えっ…と………ごめん。」
「ごめんじゃなくて。なんでか聞いてんの。」
「あ…ご………。えっと…タイトルも、BFFだし、歌詞も、若井の事っぽいな、と…思っ…た…から…。」
涼ちゃんは怯えた表情で俺の問いに答えた。俺は下を向くと、思わず乾いた笑いが出てしまった。
「そっか…涼ちゃんは、俺との会話なんて覚えてもないんだね…。」
「え…?」
俺は体の横におろした両手をぎゅっと握る。腕が、手が震える。これは怒りか、恐怖か。
「俺は…俺は全っ部覚えてる!涼ちゃんがくれた言葉も、俺が返した言葉も!抱きついたら抱きしめてくれて!涼ちゃんの匂いがして…それがどんなに…どんなに嬉しかったか…。」
涼ちゃんが俺に何か言おうと口を開くが、言葉が出てこないようだ。ただ困った顔をして、佇んでいる。
「ねぇ…ねえ涼ちゃん、俺だけなの?俺だけがこんなに涼ちゃんのことで悩んだり、イライラしたり、会いたくなったり、ハグしたくなったり…涼ちゃんは違うの?本当に、なんにも気付いてないの…?」
涼ちゃんの目から、涙が溢れた。俺は、自分の目の奥が熱くなるのを感じたが、絶対に泣くものかと堪えていた。
「全部言わなきゃ、わかんない?なんにも伝わってなかった?」
「元貴…」
「俺、結構頑張ったけど…。」
「ねえ元貴っ」
涼ちゃんが涙も拭わずに、俺をまっすぐに見据えている。
「俺…間違ってたらすっごい恥ずかしいんだけど、でも、でも、もしかして………元貴、俺のこと好き?」
俺は最高にイラついた。
「好きだよバカ!!!なんで全部言わないとわかんないだよこのポンコツ!!!」
なんだこの告白、最悪だ。
涼ちゃんは、両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込んだ。なんだコイツ、これどういうことだ?
俺は立ったまま涼ちゃんの姿を見下ろしていた。ああ、やっぱショック受けてんのかな、これって。俺、終わったかな。
「もときぃ〜…。」
涼ちゃんが両手の奥から、非常に情けない声を出した。俺は、自分を保つ為にわざと、なに、とぶっきらぼうに答える。
「俺も好きだよ…元貴のこと好きだよ〜…。」
ズビズビと鼻を啜りながら、涙声で涼ちゃんが言う。
「…は?え?え好きなの?」
「好きだよぉ〜…めっちゃ嬉しい…絶対片想いだと思ってたから…。」
「え?どのへんで?逆にどのへんで片想いだと思うの?」
「えー、だって…元貴が俺なんか好きになるわけないって…何度か、もしかして元貴も俺のこと好きかもって思っても、いやいやそんなはずないって考えないようにしてて…。」
「はぁ〜………。」
俺はたまらず頭を抱えて、涼ちゃんと同じくしゃがみ込む。
「涼ちゃんさぁ…その自尊心の低さ、いい加減なんとかしなきゃね。」
「なんともなんないぃ…。」
俺は思わずプッと吹き出してしまった。
「涼ちゃん、顔見せて。」
涼ちゃんは手で顔を覆ったまま頭をブンブンと横に振った。
俺は、そっと両の手を掴んで、開かせる。
涙で目が真っ赤になって、鼻だってちょっと垂れてる。
「もぉー…かわいいなぁ。」
「どこがだよ!ちょっと…ティッシュちょーだい…。」
俺は立ち上がって机の上のティッシュを取ると、もう一度涼ちゃんの前にしゃがみ込んだ。
涼ちゃんは、ブーーーン!と鼻を擤んだ。
「はぁ…ありがと…。」
「ゴミ箱あっち。」
「あ、はい。 」
涼ちゃんはハイハイの要領でゴミ箱にティッシュを捨てに行く。俺はその様子をしゃがみながら見ていた。
涼ちゃんは、ゴミ箱の前で座り、はぁ〜…、と上を見て息を吐いている。鼻の通りがまだ悪いみたいだ。
「涼ちゃん。」
「はいっ。」
「こっち来て。」
「うん…。」
また、ハイハイで俺の方へ戻ってくる涼ちゃん。俺は床にあぐらをかき、両手を広げて待つ。涼ちゃんは俺を見てハイハイの途中で固まった。
「え? 」
「ん?…おいで?」
「あ、うん…。」
涼ちゃんは顔を真っ赤にしながら、失礼します…、と俺の腕の中に入ってきた。最初はカチカチだった涼ちゃんの身体が、だんだんと力が抜けていく。
「元貴…。 」
「なに?」
「すごい心臓の音。ドクドクいってる。」
「そーだよっ。」
「俺も。すごい音してる。」
2人でしばらく、お互いの音を黙って聴き合っていた。
「ね、涼ちゃん。もう一回、好きって言って?」
「え…恥ずかし…。」
「言って。」
「…元貴が好きです。」
「目ぇ見て言って。」
「え!」
涼ちゃんは驚いて俺の顔を見上げたが、思いの外顔が近く、俺も少し動揺してしまう。
「え…と…。」
涼ちゃんの瞳が俺の目を見つめて、揺れている。俺も、涼ちゃんの目を逃さないようにじっと見つめる。
「元貴…大好き…。」
「ありがと、俺も、大好き。」
俺がゆっくりと顔を近づけると、涼ちゃんはぎゅっと目をつぶった。へえ、涼ちゃんは目を閉じるタイプなんだ、俺は開けとくけどね、と思いながら、そっと彼の唇に口付けた。
俺たちは、そのままハグをして、お互いの体が一つにならないかと思うくらいに、きつく抱きしめ合った。
この2人の部屋には、確かに幸せだけが存在していた。
コメント
2件
告白のシーンって、好みが出ますよね🤭私の好み丸出しのシーンを素敵だと言ってもらえて、嬉しいです!🫶✨ 💛ちゃんはハイハイ似合いすぎます👶🏻💕
想いが通じ合うシーン、素敵過ぎました🥹✨ ハイハイ💛ちゃん、可愛いすぎます🤭