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「なぁいいだろ!」
「おねがーい」
「ちょっ、あなた達、そんなに引っ張らないで!」
孤児院の子供達が私に群がって四方からスカートを掴むものですから裾が肌蹴てしまい、私は慌ててスカートを押さえました。
「なぁなぁ行こうぜぇ」
「ねぇシスタ~」
「ダメ~?」
「お、お願いだから離して……中が見えちゃう!」
私の制止も何のその、子供達は元気に私の脚をさらけ出しています。ここには子供だけだからまだいいのですが、誰か殿方でも入って来られたらと思うと気が気ではありません。
ガチャ――
そして、危惧していたように扉が開き誰かが入って来たので、私は心臓が止まる思いがしました。
「あらあら大人気ねぇ」
その楽し気な声がシスター・ジェルマのものだと分かり、ほっと胸を撫で下ろしましたが。
「それに随分と艶めかしい恰好をしてるのね。こんな姿のシスター・ミレを見られなかったと知ったら、町の男達がこぞって悔しがりそうだわ」
「笑い事ではありません。この子達をなんとかしてください!」
くすくすと笑うシスター・ジェルマを恨みがましい目で睨みましたが、彼女は全く悪びれる様子もありません。
「それで、この騒ぎの原因は何かしら?」
「この子達が森へ遊びに行きたいと言い出して」
「森って……『聖女の森』に?」
「その呼び方はちょっと……」
王都を追放されて5年が過ぎました。
私がリアフローデンの森を浄化し続けたお陰で、人が踏み入る事ができる範囲が広がってきました。その浄化された一帯を町の人達が『聖女の森』と呼ぶようになったのです。
もちろん名前の聖女の由来は私です。
かなり恥ずかしいので止めて欲しかったです。
「あの森なら安全でしょう?」
「浄化したとは言っても絶対に魔獣が出ないわけではありません」
「シスター・ミレが子供達を大切に思ってくれているのは分かるのだけれど、余り縛りつけるのもよくないわよ」
「ですがシスター・ジェルマ……」
「大丈夫よ。あなたがついていてくれたら安全でしょう?」
「それはまあ……結界を張ればその範囲には魔獣は近づけませんし……」
渋々と私が言うと、シスター・ジェルマはぱんっと手を叩いて嬉しそうに微笑む。
「それなら皆で行きましょう」
「「「やったーー!!!」」」
私の抵抗虚しくシスター・ジェルマの鶴の一声で森への散策が決定してしまいました。
森は町を出て徒歩でも行ける距離です。私が来る前まで森は奥に行けば行くほど魔の浸食が強く、魔獣の為に森の恩恵を享受できないでいました。
ですがそれも5年前までの話です。今ではかなり奥まで入っても魔獣と遭遇する事は殆どないでしょう。今回やって来た森の川辺も安全な領域の1つです。
「おれいっちばーん」
「あっずりー!」
「待ってよ~」
元気の余っている男の子達が川へと飛び込んでいきました。
「結界の外には絶対に出ないのよ!」
私の注意が聞こえているのかいないのか、川遊びの子達はばしゃばしゃと水を掛けあったり、他の所ではきゃっきゃとはしゃいで走り回ったりと大忙しです。
「大丈夫よ。あんまり心配ばかりしてないでこっちにいらっしゃい」
シスター・ジェルマに誘われ私も木陰で休む事にしました。
サササァァァ……サササァァァ……
木陰で涼む彼女の横に腰を下ろすと涼しい風が吹き抜け、歩いて少し火照った身体にとても心地よかった。
「気持ちの良い風ね」
「はい……」
目を閉じれば耳に入るのは、嬉し気な鳥の囀り、穏やかな川のせせらぎ。漂うのは水の混じった土と草木の青い匂い。
「穏やかねぇ」
シスター・ジェルマの長閑な声に目を開ければ、生い茂る枝の隙間から差し込む木漏れ日に私は目を細めました。
「はい……」
本当に平穏……
こんなに安らかな気持ちでゆったりと過ごしたのは生まれて初めてでした。
「そこの花を見て」
指し示されたのは小さな淡い赤色の花。
それは何の変哲もないただの野花です。
「こんな花も少し前までは魔に汚染されていたのよ」
離れた所で遊ぶ子供達の歓声が上がりました。
「この森でこんなに平和に過ごせる日がくるなんて5年前には夢にも思わなかったわ」
そんな子供達を愛おしそうに眺めるシスター・ジェルマの横顔を私は黙って見つめました。
「シスター・ミレが来てくれてリアフローデンはとても住み易くなったわ」
「来たのではなく追放されたのです」
自嘲気味に笑う私の頬をシスター・ジェルマは優しく手を添えてくださり、私はそれに縋るように自分の手を重ねました。
「だけど森を変えてくれたのは、あなたの意思でしょう?」
そう仰っていただけるのはとても嬉しいのです。
ですが……
「私の行いは決して褒められたものではありません。ただ自分の力を誇示して、自分の自己顕示欲を満たしていただけです」
「それでもこの平和はあなたが作ったものよ」
見て、とシスター・ジェルマに促された先には、満面の笑顔の子供達が遊び回っていました。
「あの子達とっても幸せそうよね」
「はい」
「あの笑顔を作ってくれたのはあなたよ」
「違います!」
いたたまれなくなった私は両手で顔を覆いました。
「シスター・ジェルマが、あの子達が、リアフローデンの皆さんが、こんな私を温かく迎え入れてくれた、優しく接してくれた。だから私は少しでも力になれればと……いつも助けられていたのは私の方なのです」
「あなたがそう言うのならそうなのでしょう」
私の頭を撫でてくれる温かで優しい手。
「でも、私達があなたに助けられたのも事実なのよ」
「シスター・ジェルマ……」
「リアフローデンにたくさんの笑顔といっぱいの幸福をもたらしてくれたのはあなた……」
顔を上げて潤んだ瞳を向けると、シスター・ジェルマは私の大好きなあの優しい微笑みで迎えてくれました。
「……だからシスター・ミレはとても魅力的で素敵な女性なのよ」