「――その身に宿す『魔』を祓い、摂理の輪へと還りなさい」
私の体内で高めた聖なる力が『神聖術』によって解き放たると、大きな、それでいて薄い光の緞帳が辺りを覆いました。
グガァァァア!
ゴガガァァァア!!
私の真っ正面にそびえるように巨大な黒い獣が光に包まれる。となん、黒い獣は雄叫びのような凄まじい絶叫を上げてのた打ち回りました。
そして闇の如く漆黒の全身から、同じくどす黒い靄――瘴気が立ち昇りながら掻き消えていきます。
「終わりです」
私は完全に浄化したのを確認しました。
「さすがシスター・ミレだ」
「これだけの大物をこうも簡単に倒しちまうなんて」
自警団の方々が感心しています。
ですが、私はそれよりもどうにも心が晴れません。
「ミレさんのお陰でここも安泰だな」
「それは同感なんだが……」
「なんだか最近やたらと魔獣の出現が多くないか?」
「しかも強力なのばかりな」
そうなのです。
最近になって頻繁に見かけるようになり、ここ数日は連日で討伐しています。
しかも、いずれも大きな魔を宿した強力なものばかりなのです。
私がリアフローデンに来てもう6年――
その間ずっと私はこの森の浄化を行ってきました。今では清浄な森の領域はかなり広がっています。それなのに、ここ最近、魔獣の出現頻度が確実に増加しています。
これは明らかに異常です。
「とにかく、しばらくは森の中に入らない方がよさそうですね」
「そうだな。町の頭連に伝えて聖女の森での狩りや採集も組を作って行うように触れを出してもらおう」
リアフローデンは魔と人の境界。
貴族達も敬遠している為、ここを所領している者はいない開拓地なのです。
そのような事情で町は数名の代表者『頭』を選出して統治を行っています。
街での重要な決定は彼らが行うので、状況を説明して早急に方策を立ててもらわないと。
「子供達にも森に近づかないように言いつけないと……あの子達きっと悲しみますね」
最近やっと森で遊べるようになってきたというのに。
楽しそうに遊ぶ子供達の顔を思い出すと胸が痛みました。
「こればっかりは仕方がない」
「だな、こんなに魔獣が出るんじゃ――」
ゴァ……ガルゥ……ぎゃぁ……ウウゥ……
ねっとりとした暑い夏風に乗って禍々しい獣の微かに唸り声が運ばれてきました。
「どうやら本日はこれでお開きとはいかないようだ」
「やれやれだ」
「急ぎましょう――」
苦笑いする彼らを私はせき立てました。
「――人の悲鳴も混ざっていました」
「「「――――ッ!」」」
余裕のあった彼らの表情も一瞬にして緊張で硬くなりました。
「ベックとギースは先行しろ」
「「任せろ!」」
自警団の長が出した指示に二人が頷いて駆け出し、あっという間に姿が見えなくなりました。私の歩調に合わせては手遅れになるやもしれませんので、彼らを先行させたのでしょう。
「私が遅いせいで申し訳ありません」
「いや、俺達だけで対処できれば問題はないんだ」
「そうそう、シスターは何でも一人で抱え込み過ぎだぜ」
やはり私の足では時間を要してしまい、私達が到着した時には、ベックさんとギースさんが短い四肢で山の様に盛り上がった胴体を支える巨体の魔獣から商人達を守る形で激しく戦いを繰り広げていました。
「すまねぇ、こいつは俺達にはちょっと無理だ」
「大丈夫です。すぐに浄化します」
言うが早いか私は神聖術を展開したのでした――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――いやぁシスターのお陰で助かりました」
その旅商人の一団にはジグレさんがいらっしゃいました。
「私だけの力ではありませんよ」
私が訂正するとジグレさんはスッと目を細め表情が抜けました。
「もちろんですとも。リアフローデンの皆様には感謝してもしきれません」
ですがそれもほんの一瞬、すぐにいつもの何処か胡散臭いにこにこ顔に戻りました。
「なぁに当然のことよ」
「俺達としても行商人に被害があったら生活に難儀するからな」
「ただでさえ田舎なのに、魔獣のせいで人が寄らなくなるのは困るしなぁ」
「おや? もしかして皆様はまだご存知ないのですか?」
自警団の方々の会話に、ジグレさんが不思議そうに首を傾げました。
「今のこの国ではリアフローデンが多分一番安全なんですよ」
「確かにシスター・ミレのお陰で依然と比較にならんくらい安全にはなったが……」
「さすがにそれは言い過ぎだろ?」
私もそう思います。
このリアフローデンは魔と隣接する土地です。幾ら私が浄化し、結界を張っていると言っても一人の力では高が知れています。
「いえいえ本当ですよ。今じゃこの国中で魔獣が出没しない地域はありません。シスター・ミレの力が行き届いているだけリアフローデンはかなり平和ですよ」
「魔獣が国中に湧いているのですか!?」
私達は驚きで目を大きく見開きました。
「ええ、魔が活性化していますから。なんせ奴が復活したんですよ」
「奴?」
「復活?」
そしてジグレさんは極めつけの凶報をもたらしたのでした。
「100年ぶりに甦ったのですよ……『魔王』が」
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