来世でも3人が良かったのにな。
どうやらそれは、敵わないらしい。
─── 本人たちの前では、口が裂けてでも言えないけれど。
▼△▼△▼△
──現実は非情で、残酷だ。
そう思ったのは、いつからだったろうか。
今世でまた呪術師なのかと悟った時か?
希望を抱いたくせに前世のクズ共の記憶がなくて呪術が使えない非術師だと気付いた時か?
それとも━━
私だけが、仲間外れだと気付いた時なのか?
解らない。分からない。判らない。わからない。
けれど、少なくとも。
それを理解した時、足元が暗くなったように自分の道筋が見えなくなったのだけは確かだった。
過去の前世と現在の今世と
「__先生」
声が聞こえる。
とても懐かしい気がする、あの声。
「家入先生、起きてください」
ふと名前を呼ばれて、意識が浮上する。
目の前には自身の同僚と似て似つかない……今年度入学した新一年の生徒がいた。
「なんだ?偈東」
ああ、寝落ちしてたのか。そう思いながら、家入は目を擦り、隈を濃くしながらパソコンにまた向き合う。
事務処理が相も変わらず終わらないせいだった。
「報告書を提出しに来ました」
「そ。じゃ置いといて。あとで確認しとく」
似た色をした両者の目線は、混じり合わない。
「了解しました、置いておきます。 失礼しました」
新たな報告書がここに加わった。時間的にそろそろ悠翔が来る筈……それまでにこの報告書と五条が提出期限ギリギリに出した昨日の報告書をなんとかしなければ。
ガラガラと閉まる扉を遠くで聞きながら、また作業を開始する。今日も残業は確定のようだった。寝られる日がどうにか来ないものか。いや、無理か。
そういえば初日よりはこの状態に大分慣れた様子の偈東だったな、と思い返す。
流石に入学式から一ヶ月も経つとこの状況に慣れるようだった。まぁそれはそうか、偈東が入学してから私はいつもこの状態だったのだから。慣れもするだろう。
この職員室の扉も、経年劣化で扉が閉まらない所が多い。扉にも強度というものがあるのだ。
あいつらの力が強すぎてドアが勝手に壊されても困る。
そろそろここの東京校も改築工事をしないのだろうか。……そこまで考えて、即座に首を振った。
(…いや、絶対に無理だろうな)
あの昭和の思考が凝り固まってるような上層部が若人の為に補修工事なんてする訳が無い。女を胎なんて言う時代錯誤の業界だ、私が言っても『女に指図されるなんて馬鹿にしてるのか』とでも言われるだろう。
私が今ここで生きていられるのは有用な術式が使えるからという貴重な人材だからと言うだけで、この術式が日常で使えるようになったら用済みになる。まぁ上層部が反転術式が使えるようになるなんて、万が一にもあり得ないかとは思うがな。
……不必要なことを含めると長くなった。
つまり簡潔に言うと、上層部なら絶対に『放置してろ』で終わるって事だ。
「──ふぅ。」
家入は前世の夜蛾先生もこんな気持ちだったのだろうかと思いながらエンターキーを押してパソコン画面を見ていた目を瞑り、一息付く。
多分、こんな気苦労してる気持ちだったんだろうな。
(一昨日の任務報告書の期限、五条に明日までって言わないとな)
頭が良いのになんで報告書をギリギリまで粘るのか疑問だ。事前にやっていればそこまで苦労しないしなんなら五条の報告書は見やすいのに。
(……いや、そういえば前世でもそうだったか)
家入は前世の五条を見て思い直した。
ギリッギリまで粘って粘って最後に出すタイプだったな五条は。呪術界で最強となる人物だからなのか任務量が大変なのもわかるけどせめて前日には出してくれ、切実に。掛け持ちで大変なのもわかる。今でも他の治療任務と事務作業掛け持ちしてるし。
五条はやれと言えばやってくれるし、出来もなにもかも早いのに報告書をやって提出するまでが異様に遅いんだよ。しかも報告書を書く前に任務受けてそれを上と繋がってる補助監督が受理しやがるから連鎖が続いて終わらないの。ホント報告書を提出してから他の任務してくれとつくづく思っている。
まあ五条には無理なんだろうけどなこのお坊ちゃまが。
これが報告書を書いた本人の五条が咎められるなら別にどうでもいいんだが皺寄せがこっちとなると話は別になる。どうせ五条だと権力も実力もあって咎められないし力の差が半端ないから私に押し付ければいいとでも思ってんだろうな、上層部は。目に見て分かる。
出さないで上から怒られるのは私なんだ、勘弁してくれ。しかもついでとばかりに上層部の会合毎回付き合わされてさらに釣書の話が止まないんだ。
五条悟の教育が最優先なのでって言っても止む気配すら全然ないし。
なぜ釣書の話が止まないのかってか?
さっきも言ったが私は女という孕ませ機で、しかも反転術式という付属品が付く希少な女だ。だからこそ私の中に精子というものを入れ、子供を作らせようとしている。突っぱねてるし子供が宿ることはありえんが。
ちなみにもしも仮に子供を作ったとして、その子供が反転術式を会得しているかどうかで私の上層部の対応は決まるってことだ。
もしかしたら私が殺されるかもしれないし、
─── 多分反転術式会得してるから反転が使えなくならない限りありえないと思うけどな。
もしかしたら子が殺されるかもしれないし、
─── 反転術式がない子供だったら上層部はやりかねない。十二分にあり得ることだ。
もしかしたら周囲が死ぬかもしれない。
─── 等級違い任務だっつって殺されることもある。実際それで灰原は死んだ。
…………実際に考えてても反吐が出るな。
ま、こんなこと考えてても仕方ないっちゃ仕方ないことなんだが…実際、この世界では身を守るためにこの世界での常識が必須になってくると痛感する。
__だからこそ今の内の現状把握が必要って訳だ。
この世界の女は強い女が多いとよく言うが、それは自身の生きる術を磨く為だからだ。術師なら1級。窓や補助監督でも権力や権威を持たないと呆気なく死ぬ。
まー権威や権力持ってるやつでも死ぬ時は死ぬが、死ぬ確率は普通よりかはマシになるかもしれない。かもしれないってだけなんだけど。ちなみにこれらをしないと上層部か呪霊に潰されるか食われる。
自分の身は自分で守らなくちゃな。
そんなことを考えながら唸り声をあげて任務や報告書や事務作業のことを考えていると、次は見慣れた顔がこちらにやってきた。
「事務作業はどうだ?順調か?」
そう、目の前の──最近学長になった、夜蛾である。
地方を飛び回っていて久し振りに来た夜蛾だったのにも関わらず家入は急な気配でも動じることはなく。なんなら寧ろ今日は珍しく帰ってくんのが早いなと思う始末。
こんな感じで、教師になった家入の思考回路は無意識に汚染されてきていた。
「まあそこそこですかねー。今入学早々反転術式のやり方を教えている所です。偈東と五条はどうです?」
家入は夜蛾の言葉に答えながら話題の中心である偈東の報告書をチラリと見て誤字や等級違いがないことを確認する。事前に偈東に付いていた補助監督から話はもう聞いてあるのであとは見慣れた綺麗な字を見ながら訂正箇所がないかを再確認して一旦休憩。
肩を手に当てながら首を動かして、上を向く。
ゴキッ、と聞き慣れた…肩が凝っている音がした。
「そうだな……偈東はまだまだ良いんだが、五条が大変だな。御三家の、しかも六眼と無下限呪術の併せ持ちだ。今年は指導するのが大変になりそうだぞ」
偈東は相変わらず優等生ぶっているようだ。
担任の好感度を上げれば後半で楽とでも思っているのだろうか。正直勘違いも甚だしいが…まあこれから知っていく中で好感度上げは無駄なことだと分かるだろう。
前世は令和になってすぐでまだまだ平成感というものが残っていたが、今世ではもう令和に相応しい世の中になっていると感じる。ネット社会も発展しているようで…まぁまだあの腐った蜜柑共は昭和真っ只中だし今も報告書はデータ化されてなくて手書きだし紙だけど。
これだから頭が馬鹿な腐った蜜柑は。紙だといちいち見なきゃ面倒なんだってことわかんないんだろうな。まあデータでもファイルがどれがどれだかわかんなくなるから今は紙でいいんだけど、確認事項と注意事項とが多すぎるんだよ。当たり前に等級が合ってない奴があるから気付いた時には死んでることが多いし。私が気が付けたら妥当な任務を割り振りするようにしてるんだけどな…それでも人手が足りない 。足りなさすぎる。
等級が合ってなくて何十人の術師が死んだか金で解決し表に全くと言って出てこない上層部は知りもしないんだろうなー。 今世の五条と前世の五条が言ってたけどここでもあそこは変わらないようだ。 それはそうか、馬鹿ばっかなんだし。
呪術界は常に人手不足だと言い散らかしてるが、その人手不足を解消しないのはいったいどこの誰なんだか。
「いつもあいつらがすまんな。注意はしてるんだが…」
見てわかる程の疲労困憊な声。
どの世界線にいても学長は問題児たちを世話する未来にあるんだろうな。
生活してるといつか胃に穴が開くんじゃないか?これから私の知ってる未来での推測が正しいなら新しいヤツがやって来るから穴開くとそれはそれで困るんだけどな。
「大丈夫ですよー学長。もう慣れたので」
「…慣れるの早すぎないか?」
「そりゃあの問題児3人組の担任をしてれば自然と慣れもするでしょう」
死んだような目で言う家入。
学長ともなると職員より事務の仕事量が多くなる。任務も行っているだろうし、顔の感じ四撤は確実にしているだろう。…そんな私も三撤はしているんだが。
そんな家入に気付いたのか、夜蛾はそっと労るように肩に手を置いた。
夜蛾が呪霊が存在しない世界にいて理想の上司選手権というものがあったならば、きっとNo1に輝いていることだろう。まあ今いる環境が劣悪なだけだし呪霊が存在しないなんてこの世界で呪霊を祓っている限りあり得さえしないんだが。
閑話休題。
__今年、2024年4月。
新しく入学者がこの呪術高専に入ってきた。
呪霊操術の使い手 偈東 優
六眼と無下限呪術の使い手 五条 悟
反転術式の使い手 家入 悠翔。
通称〝黄金世代〟。
貴重な術式を持った者が同時期に入学すればこうもなるだろう。家入の世代では家入硝子しか生徒がいなかったので黄金世代もなにもなかったようだった。そもそも視える術師自体が貴重なのだ。
ちなみに入学式は当然の如く一人なので同級生はいないし担任は夜蛾学長だけだったので外野はいないしで授業は円滑に進むわ外に出る任務もないわ怪我した高専生を治し続けるわで学校から出ることもなかった。これじゃあまり前と変わんないなと感じる。
まあ反転術式は稀有な物で前世のような百鬼夜行や五条悟が封印された渋谷事変と呼ばれる事象がない限りは基本的に校内から出ないと決まっているから仕方ないんだろうけど。
一応1回だけ鍛錬と言う名の模擬戦をやりたいと言って申し出たが夜蛾センにメッタメタにされ、それ以降は私の模擬戦が禁止になった。筋トレもしようとしたけど始めて10秒でギブアップしたし。 私にとっては普通に込める負の呪力の方がムズかったらしい。夜蛾センの呪力見てても呪力の感じ方があんまわかんないし結構詰みではある。 煙草がバレて指導をされ、見かけられた時に煙草を没収以外に行事もなく、その年は物凄くつまらなかったものである。
それに──察しの良い人ならば3人の名前だけで気付いていると思うが。
そう、この3人は言うなれば前世の五条悟と夏油傑の立場に私の立場が重なった者たちである。さっき報告書を提出した偈東もそうだ。優等生の皮を被ったヤンキー。前世がそうだったからこそ私の瞳は騙せない。
前世と今世は違うんじゃないかってか?それがな、性格が前世の夏油と五条と殆ど丸被りしているんだよ。
どれだけ似てるのかっていうと本気で瓜二つってくらい。前世で関わらなかったら絶対私でも判んない自信がある。
なんなら五条の名は苗字も名前も同じだし、男だし。少し想定外だったのは男3人組だったって事だけ。
ん?と少し違和感を持っただろう。その反応は大正解だ。 男2人、女1人ではなく、男3人組。そう、家入は男になっていた。
紅一点は性転換でなくなったってか?ハハッ、ウケるな。
家入硝子と家入悠翔の血は勿論繋がっていない。硝子と悠翔は性格も殆ど同じで、家入という苗字もただの偶然だ。 正直、私と生きている世界線が違うだけでこんなにも “ 違う ” のかと驚愕した。
先程私は《家入硝子の性格が家入悠翔に似ている》と供述したが、言い方を変えると実際には《似ていて似ていない》が正しいだろう。
私はあんなに二人に絡んではいけないし、彼は私のように傍観者でもない。
ただバカをやって、ただ青春をしているだけの、反転術式が使える、ただの一般家庭出身の男だ。
ただまぁ紛らわしいってことで周囲の人間(主に五条ら)は私のことを苗字+先生呼び、悠翔のことは名前呼びをしているみたいだ。ぶっちゃけるとそれの方がこっちにとってありがたい。
…急に名前で『硝子!』なんて呼ばれても、あの色褪せない青春が蘇って仕方ないから。
彼らを見ていると、なにも知らない彼らは本当に眩しくて。眩しくて眩しくてしょうがなくて。
上層部も穢れもなにも知らなかったあの青い春。三人で居れば無敵だと思っていたあの青春。クズ共を見て馬鹿やって、笑ってるだけで楽しかった、あの青春。
今でも過去でもこれからも家入は待つ事しか出来ない。ただ、生徒や術師を死地へ送られているのを眺めるだけ。
前世の〝黄金の世代〟の家入は、流されるしか選択肢がなかったのだ。医者になったのだってそれしか選択肢がなかったから。反転術式を会得してる家入は学校から出るわけにはいかなかったからこそ、選ばされた。
医者になるしかここではなかった。私の価値はそれしかなかったから。だから選んだ。
けれど、今は違う。
家入は夜蛾から提案を受けたとはいえ、自分からその道を選んで生徒を指導している。
「必ず帰ってこい、そうすれば治してやるから」
何億回も言っている言葉だ。
前世の五条と夏油にも言った。今世の五条と偈東にも言った。何度も何度も言ってきた。
……見送りするしかできない私の気持ちは、誰にも判らない。どいつもこいつも自分勝手だった。
─── それでも、家入は教師になったことを後悔していないでいた。
後悔したって何もならない。後悔したままじゃ、なにも変わらないんだよ。
それを、家入硝子は知ってるから。
入学当初。
悠翔が来てくれて良かった、と心の何処かで思ったのを憶えている。
悠翔は私よりも反転術式が未熟だ。高専時代で私と同じ経験をしてるなら非術師家庭を出たばかりなのだから当たり前だろう。私も初期はそうだったのだから。
けれど悠翔は今現在も水を得た魚のように知識を吸収している。目で見て知見を広げて得ることはこちらとしても有り難かった。これで私も負傷者を回せたり確実に少しは楽になるだろうからな。
大抵の人なら説明しても「ひゅーひょい」で感覚が掴めないけど悠翔は掴めるから教えやすいしやりやすくもあるし。なんなら気も合うし、趣味も同じだし、なんとなくこう思ってるなーってことが大体勘で判るし。
まあ気が合うことに関して家入硝子は無意識下で納得する自分もいた。
__なんせ家入と悠翔は性別が違うだけでも鏡写しみたいなものなのだから。
似ていないとはいえど、境遇は似ている。鏡写しだから当たり前なのだけれど。
話が逸れたな───それはさておき。
学長が言った前述の通り、私は今3人の担任として任務の監督などをしている。前世では遺体を解剖したり死体が送られてくるだけだったので、新たな試みとしてとても新鮮だった。
私が見てきた景色は、死にかけの術師を治して治して治して治して治し続ける景色だけ。だから、あんな風に呪霊を祓除しているのを見られるなんてなと少し嬉しくなったのを今でも覚えている。
「来年、担任になるか?」と提案してくれたのは夜蛾先生だったしな。教師になるという機会を与えてくれた夜蛾先生には感謝だ。
そう思い窓から校庭のグラウンドに向けて、楽しそうに会話している生徒たちを見ていると──
〝──ってことでね、今回は祓ったれ本舗のお二人に来て頂きましたー!どうぞ!〟
ふと。
見覚えのある二人の声が聞こえた。
源であるテレビに視線を向けてみる。
〝お願いしまーす〟
〝宜しくお願いします〟
そこには、最近話題の祓ったれ本舗がいた。
今年の2021年のJ-1で優勝した彼らに2人の姿を見るだけできゃー!!!!!と大歓声の上がる客と目が獣になる女性陣。裏で牽制の仕合いが起こってると思うと可笑しくて笑けてくるのと共に、まさかあのクズ共が芸人やってるのかと驚いたもんだと結成された初期の頃を思い出す。
実はというと、家入は祓ったれの古参であった。本当に彼らがコンビを初めたばかりから見ている、最古参。
フォローをしていると知られるわけにはいかないのでサブ垢からのフォローではあったが、成長をしっかり遠くからであっても確認していた。
雛から鶏へ成長した彼らの姿を見て、家入は静かに達観した。まるでそれが当たり前とでも言うように。
〝さて、今日のコーナーは!〟
〝最近話題!祓ったれ本舗質問コーナー!〟
〝めんどくさくなーい?〟
〝ちょっと悟。すみませんうちの悟が。
──で、それって本当に答えなきゃいけない奴ですか?〟
出た出た、世話人の皮を被ったクズ。
ネットでは五条より夏油の方がまだマシとか言われてるが、実際の所はどっちもどっちだ。なんなら夏油は五条がいる時の方がクズ。その点で言えば五条の方がまだ純粋ではあるがクズなのは変わりないしどっちがマシとかホントにない。
〝なるべく答えていただくと有り難いです〟
〝…………分かりました〟
ふとスタジオの視界の端に見覚えがある人物が小さく見えたのを、家入は見逃さなかった。
(………てか、今世でもクズ共に振り回されてんのか。多分そう言う運命にあるんだろうな。)
家入は前世、五条に圧を掛けられていた懐かしい人物を思い出し他人事ながら哀れに思った。
そして、事務をしながら元気にやってそうな二人の声を作業用として聞く。
あーあ、ほんと。あの人生顔面で生きてるだけのクズ共もこっちの世界に引き摺り込みたかったんだけどなー。
非術師ってなったらそりゃ巻き込めないに決まってるだろ。非術師なんだから。
__でも。
〝うわ、それ言うなよ傑!!!〟
〝昨日してた仕返しだよ〟
焦る五条…いや、今世では名字が変わって一城だったか。と意地悪な夏油。
(ああ、楽しそうだな。)
アイツらがどこでなにをしているのかわかるだけで、私はこの世界で頑張れる。
二人の近況も分かりリモコンを持ってテレビの電源を消そうとして──
〝では次の質問です〟
─── 大きく簡略化された文字のテロップに、手が止まった。
止まざるを得なかった。
〝ズバリ、芸人を始めたきっかけは誰かを探す為なのだとか?〟
〝ええ、まあ。高校時代で離れ離れになってしまった彼女に会うためにコンビを結成したんですよね、私達は〟
夏油の言葉にどよめく声の数々。
その中には夏油や五条を狙っている芸能人の女優などが口元を引き攣らせながら聴いていた。
(絶対これ夏油の彼女だと勘違いされてんな。アイツらの彼女とか死んでもごめんだが?)
家入が彼女だと思われていること自体が心外だと思いながらいると、テレビの中の夏油が口を開く。
〝交際はありませんよ。その彼女からも “クズ共” って散々言われてきましたからね〟
続いて五条も、夏油の言葉に肯定をした。
〝ね。多分 “一回輪廻転生して生まれ直してこい” とか普通に言うだろうからね〜、傑の彼女だとか僕の彼女__なーんてことは万一にもあり得ないよ〟
二人のその言葉に、狙っているだろう女優たちは口元を緩やかにして余裕の表情だ。先程まで余裕は全くなく、なんなら0だったのにも関わらず変わり身が早いものである。
まあこのぐらいの胆力がないとこの世界はやっていけないのだろう。 ブレイクが過ぎたら簡単に人々の記憶から忘れ去られる。忘れ去られたら生活できなくなる。生活できなくなったらお金がなくなる。逆も然りだ。そうなると、また稼ぐ為にはと思考する。それでも失敗したりはたまた再ブレイクしたりというサイクルが生まれる。それが芸能人で芸能界というものなのだから。
一方誤解が解けた家入は、(大正解、一城。私のことよくわかってんじゃん)と思いながら密かに笑みを零す。一城の言う通り、もしも彼らの世界に入っていたらそんなセリフを言っていただろうことは本人にも想定が付いていた。
画面の向こうの一城と夏油はその家入の言葉を言う想像したのか両者とも笑みを浮かべている。
ファンにとっては二人同時に笑みをこぼすこと自体が珍しいようで、登場時より大分どよめいていた。
〝なぜその彼女を探す為に芸人に?〟
〝ここからならアイツも見てくれるかな〜って思って僕から誘った〟
〝当時私たちは大学生だったんですけど、開口から「お前、俺と一緒に芸人やろうぜ」って言われた時は驚きましたよ。突拍子もなさすぎて〟
笑いに笑いが生まれる。
(この話は本当っぽそうだな)
二人の挙動を一つ一つ観察しながら見る家入。
仮にも前世で同僚だった二人だ。嘘か真かなんとなく想像することができる。五条単体で言うならば目線だけでこれから言いたいことや今思ってることまで、大抵想定が付く。夏油に視線を向けて《幾らなんでも言い過ぎだろお前。この情報でアイツ特定されっからなこれ》って言っているのもなんとなくわかる。特定されるのは本当にやめて欲しいんだけど。
まあ…過去に20年と長い付き合いだった頃が、あったから。多分こんな感じだろう、きっと。
〝もし今見てるなら連絡してね。事務所のURL最後に貼っておくから〟
〝宜しくお願いしまー〟
一城が最後まで言い切る前にリモコンを切にして画面から消した。
テレビの画面が真っ黒になり、音が遮断される。
窓から校庭を見ると、生徒たちの楽しそうな声が聴こえる。家入はこの先のことを考えなくなかった。なぜなら、二人に会わなければいけないことがほぼほぼ確定してしまったからだ。
「……はぁ」
息を吐いて、くるくると時計回りに椅子を回す。
「こんな手段を使ってくるとは思わないだろ…。」
ネットなら中学の同級生ってだけで顔が割れる。なんなら私らを担当してた中学時代の担任に聞けば一発だ。
今の時代怖いんだからなホント。
近々接触を図らなければいけないことと眼の前の報告書──特級呪霊増加傾向という言葉に、私はまた再度ため息を付いたのだった。
□■□■□
生放送が終わり楽屋で休憩していた時。コンコン、とノックの音が鳴る。
二人はパーカーを素早く手に取り、フードを被った。
「夏油さん、一城さん。お車を用意していますのでこちらへ」
来たのはスタッフだった。楽屋を出て、駐車場まで向かった。その先には__話しかける人物が、ひとり。
「夏油さん、一城さん。お疲れ様でした。キャンディがありますのでどうぞ食べてください」
それは二人のマネージャーであり、生放送、収録などの調整を全て任せている伊地知だ。家入が “懐かしい人物” と影で評したのも納得である。
伊地知は今年でマネージャー歴は15年と長く、あの一城と夏油を抑えられる人物として二人が所属する事務所で活躍している。
「ん。次はどこ?」
「名古屋らしいよ」
「了解」
伊地知の言葉を奪った夏油。話そうにも話す言葉はなく、車のエンジン音だけがこの空間に響く。
この空間が心地良い。
なぜか自身が心から望んでやまなかったものな気がした五条にふと、夏油はさっきまで収録していた番組のことを思い出す。
「あの時は本当に驚いたよ。まさかここまで来るとは思いもしなかったけどね。」
夏油は追想する。
今では懐かしいと言える、祓ったれ本舗誕生のその瞬間を。
◁ ◁ ◁ ◁ ◁
「お前、俺と一緒に芸人やろうぜ」
17時半の日が落ちる夕暮れ時。
開口一番にそう言われ、夏油は思考停止した。
「ん?なんて???」
突然すぎて夏油は思わず聞き返した。
こんなことになったのは1週間前まで遡る。
夏油がバイトを終え、帰路に着いていた頃。突如、電話が来た。
夏油は電話相手を見て、教授ではないことを確認した。そして掛けてきた相手を見て……掛電話に出る。
『もしもし?』
「もしもし。どうしたんだい、悟」
一城悟。
大学の単元が一緒で気が合い、仲良くなった同級生だ。……初対面の印象は最悪だったけど今では仲良くやっている。
といっても今は大学3年生。そろそろ卒業するけどね。
『◯月■日時間ない?』
「◯月■日?確認してみるね。」
カレンダーの予定を見る。
◯月■日、◯月■日……シフトは午前だけか。
「……あ、午後からなら時間あるよ」
『じゃあ17時半にあの公園集合な』
「え、あの公園って?」
『小学校のとき3人で遊んだ公園だよ。久々すぎて覚えてねぇかもだけど来い。ちょっと相談がある』
「…わかった」
小学生の時に歩いていた道を懐かしみながら辿り、紆余曲折しながら久し振りに来た公園。遊具を見ながら懐かしいな、小学生の視界だとこんなに小さかったんだなと思いながら待っていたら──
「だから俺とお前で芸人やろうぜって」
「??????」
──こうだ。
あまりにも突然すぎてもう一度思考が停止した。
突飛なことをする悟だなとは思っていたがまさかここまで規格外なことをしようとするとは私でも思っていなかったのだ。
「というか、相談じゃなかったのかい?」
「相談だろこれも」
(いやまぁ確かに相談だけど…やろうぜって言ってる時点で拒否権ないじゃないか…)
そう思いながらも五条から時間を貰った夏油は数分間思考を纏め、 私は一般社会で言う正論をぶつける。
「芸人って言ってもねえ……私たちは態度がデカくて単位を下げられてるだけで、授業の成績はかなりいいだろう?だからそこそこな大学に行けば留年はしないだろうし、良い人生を送れると思うけど」
毎回模試の成績を1位2位争うような私たちだ。 今考える中では、それが最適だろう。
私の言葉に、悟は首を振る。
「それじゃ駄目だ。」
「なんで?」
風の音もしない 僅かな静寂。
「…俺の目的は硝子を見つけることなんだよ」
「硝子って、あの硝子かい?」
「そう、あの硝子だよ」
家入硝子。私たちの小学校からの付き合いで遊んでいた。いつも遠くからどこかを見ていて、どこに行っても大人しかった。そして、硝子はどこか対応が大人だったと感じる。少なくとも、大学生になった今は。
でも硝子は高校の頃引っ越しが決まって、どこかに行ってしまった。連絡先もポッケに一応入れておいた。なのに一向にかかる様子はない。
「芸人になったら陽の光を浴びるだろ?そうすればテレビを見ることも多くなる。そしたら硝子を見つけられるかもしれない。こっちから接触できるかもしれない」
悟の言葉に、ハッとした。
確かにそうだ。それなら同級生で友達である硝子を見つけ出せるかもしれない。
─── ─また、あの時のように話せるかもしれない。
「傑もなんとなく感じてんだろ?何か足んない、埋まんない、欠けたピースがあるような。そんな気持ち」
硝子の引っ越しが決まってから私は今までなにか違和感を感じながら生活していたけれど。悟もそうだったんだと、安堵した。
──だけど。
「厳しいし、険しい道だよ」
芸人とは、誰かを笑わせる仕事だ。
” たった二人の力で大勢を笑顔にする “ 。
それは正直言って、無理難題に近い。
【多勢に無勢、雉と鷹】。__並大抵の努力だけじゃあ才能のある奴らには何やっても圧倒的に足りないのだから。
「アイツを探す為だったら、やる」
悟の言葉に「じゃあ協力するよ。一人より二人の方がいいだろう?」と言うと、「当たり前だろ」との返事が返ってきた。
コツン、と拳を合わせる。
━━━きっと、二人ならなんだってできる。
さらにこの番組が放送されてから5日後。
これがJ-1で優勝するきっかけとして大々的に取り上げられるようになることは、誰も知らない。
─── 時は刻々と進み、1カ月後
「あの問題児3人組を少しだけでいいので受け持ってもらってもいいですか?」
「急だな」
「離れるのは少しだけなんで。あの馬鹿共の世話をよろしくお願いします、夜蛾学長。」
「なるべく早く帰ってきてくれ…」
「……最善は尽くします」
そんな言葉を思い出しながら目的地…新宿へ向かう。
新宿。嫌な思い出が頭を過った。
……大丈夫だ、まだ。
今の段階では、羂索は動き出さない筈。両面宿儺の器もまだいない。この段階で動き出すのは馬鹿がやる事。羂索は執念深いのだから、勝ちにならない限りは動かないし勝ちになったとしても油断をしない。羂索の特性はよく知っている筈。
一呼吸をして、前を向いた。
あの放送があってからネットは祓ったれ本舗の中学の友達と題して、大いに話題となった。昔ならともかく、今のネットの時代だと私の正体は容易にバレる。
ならば先手必勝。こちらから動くまでだ。
もしかしたらもう既にネットで顔を特定されて流出しているかもしれないので、一応帽子で顔を隠しながら歩を進めた。これで負の感情が生まれている奴らもいたが私は戦えないので、それらの祓除は五条たちに任せた。
ファンだと誤認されないよう顔写真と共にネットのDMを使ってアイツらを呼び出すのはもう行った。この一ヶ月連絡はしていたが、あっちが多忙だったりこっちが多忙だったりで中々予定が合わず。
ようやく一昨日予定が合い、今から予約制・完全個室の防音の部屋に呼び出されたところである。
▷▶▷▶▷
10月某日 東京都渋谷区、▲▲室
「__久しぶり、硝子」
見つけた彼ら。
「元気だった?」
面影は、そのままだ。
前世で夏油を解剖したときと、五条と喋っていた時と。まるで、変わらない。
「…まあまあだよ。そっちは元気か?」
「うん、元気だよ。」
沈黙。
久方ぶりの再会だからか、対応が気まずくなってしまう。そりゃそうだ、最後に会ったのが中学時代なんだから。
まあ__家入は、二人に会うつもりもなかったが。
「それで、要件は何だ?」
──私も暇じゃないんだ、さっさとしてくれ。
ささっと本題に入りたい家入。
これが終わったら家入には確認事項がある。呪霊の祓除任務の報告書、生徒らの祓除任務の同行、呪術師の解剖・火葬、積もりに積もった重傷人軽傷人の治療などなど、本当に様々なことをしなければならない。
怪我人の治療については上層部や補助監督から今でもメールが来ている程なのだ。スマホのバイブレーションをオフにしているから傍から見たらそんな様子はないだろうが、内容を見ればモラハラパワハラの2原則と本当に最悪である。
寝る暇が無い。こんな沈黙の時間すら惜しい。
それに、家入の記憶では数年後に虎杖悠仁という両面宿儺の器が入学する予定のはずだ。だからこそ、時間をムダに浪費する訳にはいかないのだ。
「…あの、さ」
先に話し始めたのは一城。
「これからさ、その……定期的に会うことって、できない?」
定期的に会う、ね。
「無理だな。」
即座に否定をする。
「なんせ多忙すぎる。」
嘘は言っていない。実際事務作業で忙しいし。
「…なんでそんなに忙しいの?」
五条からの疑問の言葉。
これが過去の五条なら遠慮なく今の事情や呪霊のことを沢山沢山それはもう頭が痛くなるくらいのものを話せただろうが今は無理だった。
もう彼らは、呪霊が視えない側の人間だ。
数秒かけて、息を吸う。
「私が教師をやってるからだよ。まあ言うなれば宗教の高専だよ、高校で通ってたとこでもある。だから基本的にはムリ。」
「ふぅん、そうなんだ」
事前に用意していた言葉を吐いた。
一城らはなにも言わなかった。教師をやっていると言うことに驚愕はしないようだった。多分、雰囲気が変わったとのことでオーラが滲み出てたのだろう。
それに、宗教的な理由があると言われたら深追いは出来ない。
私の言葉に夏油が口を開いて──
「ご注文の品が到着しました」
──機械的な音が、鳴る。
「は?」
「ん?」
「え?」
困惑する三人。
音の先には豪勢にパスタやハンバーグなど多種多様、様々な食べ物が置かれていた。
香ばしい匂いもしてきて、お腹が減ってくる。
しかし──ここで困惑の声が出たということは、三人共注文をしていないと言うこと。どういうことだ?
誤作動なのか?と家入が思い、一応2人に話しかけることにした。
「……お前ら、なにも注文してないよな?」
「いやなにもしてないけど。だよね、傑?」
「した記憶はないかな」
してたら事前に言ってるしね、と続ける夏油。
疑問に思いながらそれらを眺めていると、コンコンッと扉の音が叩かれた。
扉を開けようとすると夏油が手首を掴んでくる。……あ、そういやコイツら人気芸人なんだった。ここで私が開けたら夜中に密会?!みたいな表紙で多分スキャンダルになるし炎上するな。 完全に忘れてた。
どこに記者潜んでるのかわからないし多分ここにもいると仮定すると余計な行動は控えた方がいいか。家入はそう考え、手に掛けていたドアノブを離す。
二人はホッと息をついた。傍から見ても一安心という顔だ。その動作と同時に、扉越しから声が聞こえる。
「すみません、どうやらこちらの手違いだったようです。申し訳ありません。」
___あ、やっぱり間違ってなかったんだ。
三人の心が一致した瞬間であった。
「お手数ですがそのお食事を下からこちらに頂けませんでしょうか?」
幸いお盆があったり下の隙間がしっかり確保されていたからなのか、分担を決めて手伝えばきちんと料理されたものを全て下から届けることができた。
「ありがとうございます。この度は団らん中大変失礼致しました」
カツ、カツ、カツ。
靴の音が遠ざかる。これでやっと人気がいなくなり、本題に入れる様子だった。
「てか今こんなに進歩してんのかよ…」
ボソッと一城が思わず、と言うように驚きの声を出す。
「ん”んっ、」
一城の言葉を掻き消すように大きめの咳払いをする夏油。その行動で先程の静かな雰囲気に戻る。 二人にとってリセットの意味合いも大きいのだろう。
…それは、家入にとっても、だが。
「…じゃあ、せめて。」
クーラーの音と他の客の喋り声が聞こえる空気の中。
言葉を切り出したのは、夏油だった。
「せめて──連絡先だけでも、くれないか?」
会わなくていいから。
連絡もしないから。
だから、だからどうか──
「最初で最後の願いだよ、しょーこ。…お願い。断ってもいい。断るなら僕達は追いもしない」
「だから。……だから、連絡先だけでも頂戴。」
「それだけでいいから。それ以外はなにも、望まないからさ」
一城と夏油の切実な願いを聞いて、家入は──
▽どうする?
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▶交換しない
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