テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ〜。」
「おはよ。」
ぼくにとっては長かった梅雨が終わり、いよいよ夏に突入し始めた7月。
エアコンをつけて寝ているのに、汗ばんでいる理由は――やっぱり両側から張り付いてきている二人のせい。
汗ばむ素肌が重なって、少し不快だと思いながらも。
胸の奥では、あの夜の熱を思い出してしまう。
思い出すたび、また眠気よりも早く心臓が騒ぎだす。
「…なんかさ。」
「な、なにっ…?」
ふいに若井に話し掛けられてドキリとする。
思わず声が裏返ったしまった。
…変に思われていなければいいけど。
「汗で張り付く肌って、えろいよね。」
「なっ……///」
耳まで真っ赤になるのが、自分でも分かった。
その瞬間、隣からくすりと笑う涼ちゃんの声が落ちてきて、余計に心臓が暴れる。
「…ほんと、元貴って分かりやすいな。」
「う、うるさいっ!」
布団を蹴飛ばして逃げようとしたのに、両側から腕が伸びてきて、簡単に捕まってしまった。
結局また狭い真ん中に押し込められ、耳まで熱を抱えたまま、ぼくは視線を逸らすしかなかった。
・・・
「「「いただきまーす!」」」
今日はカチカチのスクランブルエッグと、寝起きから機嫌を損ねたぼくへの気遣いか、ウインナーが二本、お皿に乗っている。
ぼくはフォークを手に取ると、力任せにウインナーにブスッと突き刺し、そのまま少し乱暴に齧りついた。
「えぇー。元貴、まだ怒ってんの?」
「…うるさい。変態。」
「とか言ってさー。元貴も同じ事考えてた癖にー。」
「…っ?!?!」
声を詰まらせるぼくを見て、若井はニヤニヤ。
目の前では涼ちゃんが口元を隠して笑っている。
「ほらほらぁ。そんな事言うから元貴が怒るんでしょ〜。 」
「でもさー。」
そこで涼ちゃんが静かにフォローするかと思いきや――
「ま、僕はえっちな元貴も好きだけどねぇ。」
「…?!涼ちゃんまで…!!」
カチン、とフォークの先が皿に当たった音がやけに響く。
顔を上げれば、二人とも楽しそうに笑っていて。
ぼくは、噛みかけのウインナーを咀嚼するしかなかった。
・・・
今日の一、二限は若井と同じ講義。
三限からの涼ちゃんに玄関で見送られ、若井と二人並んで大学へ。
向かう道中も、ぼくはまだツンツンしたまま。
それでも若井は気にせず、隣でぺらぺらと話し掛けてくる。
『うん』とか『へぇ』とか適当に相槌を打ちながら歩いていたら――
「やっぱさ。朝、元貴もおれと同じ事思ってたでしょ?」
「うん。まあね。ーーーっあ。」
「あははっ、やっぱりー。」
「ちがっ…!今のは!!!」
と、こんな感じで外でもからかわれ、それから一、二限が終わるまで若井を完全無視してやった。
昼休み。
学食のテーブル。
「もぉ〜。若井、また元貴の事、からかったんでしょ?」
「いやさ。おれ、好きな子イジめる人の気持ち分かんなかったけど、最近、すっごい分かるんだよねー。」
「えぇ〜、そんな事言ってると、そのうち本当に嫌われちゃうよぉ?」
「そんな事ないもんねー。ねっ、元貴?」
「…..ふんっ。」
ぼくはわざと涼ちゃんの横に座り、二人の会話を聞き流していく。
唐揚げ定食を乱暴に口に運びながら、聞いてないふりをしているけど――耳は全部拾ってしまっている。
“好きな子”その一言に頬が熱くなる、単純な自分が悔しかった。
・・・
三限と四限は、桐山くんと同じ講義。
講義室で会った瞬間、『めっちゃ機嫌悪そうじゃん。』と笑われてしまった。
「だってさー…」
ぼくは朝あった事を簡単に話す。
すると桐山くんは目を丸くして、次の瞬間――
「は?それ、惚気じゃん!」
「ち、違うし!」
「違くないって。完全にイチャイチャしてんじゃん。……てかもっくんって、そーゆーので普通に顔赤くなるんだな。」
「っ……!」
図星を突かれて、慌てて視線を逸らす。
桐山くんは面白そうに肩を揺らして笑った。
「いいなー。なんか楽しそうで。絶対幸せなやつじゃん。」
「……最悪っ。桐山くんまで意地悪してくるなんて。…どうせ、鈴木ちゃん?だっけ?恋人さんにも意地悪してるんでしょ?」
「いやいや!俺、意外と好きな人には優しいタイプなんで。」
「ふーん。ほんとかなー?」
「ほんとほんと。ってか、なんだかんだ言って、もっくんて意地悪されるの、嫌いじゃないでしょ?」
また図星を突かれて、言葉が詰まる。
桐山くんはにやにや笑いながら、ペンをくるくると回していた。
「……うるさい。知らない。」
耳まで熱くなっていくのを必死に隠しながら、ノートを開く。
桐山くんはそれ以上は何も言わず、ただおかしそうに笑っていた。
ーー嫌じゃない。
むしろ、あの二人に構われてる時間は、なんだかんだ一番落ち着く。
(……あぁ、もう。やっぱり最悪だ。)
自分の中にじんわり広がる“幸せ”って言葉を、慌てて打ち消すように、ぼくはシャーペンを強く握った。
・・・
「…二人ともなにしてんの?」
午後の講義が終わり、そのまま桐山くんと大学の正面玄関へ向かう。
すると、そこで見つけたのは、玄関脇でコソコソと話している若井と涼ちゃんだった。
「あっ、元貴!…と、」
声をかけると、若井が振り返り――けれど、ぼくの隣に桐山くんがいるのに気付いて、ほんの少しだけ気まずそうに眉を寄せた。
「初めまして!」
でも、桐山くんは全然気にせず、むしろにこっと笑って自分から挨拶した。
その調子に若井が戸惑いながらも頭をぺこっと下げる。
「もっくん、紹介してよー!」
「え、あ…あの、ぼ、ぼくの恋人の…若井と、涼ちゃん…です。」
確かに『今度紹介して』と言われていた。
だけど、こうして実際に“恋人”として二人を紹介するのは初めてで。
口からその言葉を出した瞬間、顔が一気に熱くなるのを感じた。
横を見ると、若井は恥ずかしいのか少し顔を赤くしていて、涼ちゃんはいつも通りふわっと笑って『よろしくねぇ。』と手を差し出した。
握手を交わす涼ちゃんと桐山くんを横目に、ぼくは恥ずかしさを誤魔化すように若井に話し掛けた。
「ってか、二人ともこんなとこで何してたの?」
「え、あっ…そうだ!あそこにさ、元貴にめっちゃ似てる人が居てさ。」
そう言って若井は、その人物がいるらしい方角へ視線を送った。
「…へえー。」
「あっ、もしかしてそれって!」
涼ちゃんと軽く会話をしていた桐山くんが、ぱっと顔を上げて若井の言葉に反応して、同じ方向を見やった。
「あ!やっぱりー!」
桐山くんは嬉しそうに目を細め、大きく手を振りはじめる。
「おーい!鈴木ちゃーん!」
桐山くんがぶんぶんと手を振る。
“鈴木ちゃん”――桐山くんの恋人で、ぼくに似ているらしい人。
名前を聞く前までは、ただの他人事だったのに、急に興味が湧いてきた。
桐山くんの声に応えるように、黒ずくめの男の人が振り返った。
その瞬間、思わず息を呑む。
(……確かに、似てる、かも。)
ぼくより髪の毛は長くて少しくせっ毛。
でも、少し下がり気味の眉毛や、目元の雰囲気。
あと、口角が上がっている口元なんかがとても似ていて、自分を見ているようで不思議な気持ちになる。
(…っていうか、男の人だったんだ。“ちゃん”なんて呼ぶから、てっきり女の子かと…)
「ね?似てるでしょ!」
駆け寄ってきた鈴木ちゃんを指さして、桐山くんが得意げに笑う。
「桐山さん、遅いですよ。」
桐山くんの隣にきて少し拗ねたように口を尖らせる彼。
そんな彼に、桐山くんは人目もはばからず、ぎゅっと抱きしめた。
「ごーめーんっ。待っててくれてありがとね。」
「ちょ、こんなとこで…やめて下さいっ。」
口では抵抗しているのに、耳まで赤く染まって、どこか嬉しそうに見える。
(……ぼくも、外から見たらあんな感じなのかな……)
ふとそんな考えがよぎって、胸の奥がじんわり熱くなる。
視線を逸らしたのに、頬の赤さだけはどうにも隠せなかった。
「ごめん!ちょっと時間ないから、今度またゆっくり紹介するね!」
桐山くんは、恋人の手を取りそう言うと、そのまま慌ただしく出口の方に向かっていった。
一瞬、彼がこちらを振り返り軽く会釈をしてきたので、ぼく達三人もぺこりと軽く頭を下げた。
「いやー、それにしても似てたね。」
「ほんとだよぉ。僕、びっくりしちゃった。」
「…確かに、似てたよね。」
夕焼けに照らされた道を並んで歩きながら、さっきの出来事を思い返す。
「でも、彼の方が元貴より少し大人な感じだったよね。」
にやにやしながら若井がぼくを横目で見た。
「…ムッ。なにそれ。ぼくが子供っぽいって言いたいの?!」
思わず声を上げてしまう。
「え?そんなこと言ってないじゃんー。でもまぁ、元貴は元貴らしくて可愛いけどね?」
「わ、若井…!からかってるでしょ!」
頬が熱くなって、俯きたくなる。
『ふふ、二人とも。』そう言って、涼ちゃんが横から微笑む。
「大人っぽいかどうかなんて関係ないよ。僕は、元貴の今のままが好きだから。」
その穏やかな声に、胸の奥がじんわり熱を帯びていく。
若井が横で『ずるーい!』と大げさに嘆く声すら、少し心地よく聞こえた。
・・・
その夜ーー
電気が消えたリビングで、三人並んで布団に入っていると、若井がぽつりと呟いた。
「…今日、おれの事、恋人だって紹介してくれて嬉しかったな。」
闇の中、ぼくの心臓がドキンと鳴る。
「ふふっ。僕も嬉しかったなぁ。元貴の口から、ちゃんと“恋人”って言ってもらえるなんて、ね。」
「…っ!べ、別に…当たり前のこと言っただけだし…!」
慌てて否定したけれど、二人の笑い声に包まれて、布団の中で顔を隠したくなる。
「…てか今日、若井、ずっと意地悪だった。」
恥ずかしいのを誤魔化すように、少し拗ねたようにそう言うと、若井は『あはは、ごめん。』と言って笑った。
「優しい方がいい?」
「……うん。」
小さく返事をすると、すぐ隣に気配が近づいた。
指先に触れた若井の手が、ゆっくり絡んでくる。
「じゃあ、今からは優しくする。」
暗闇の中で聞こえたその声は、さっきまでの軽口とは違って、妙に真剣で。
胸の奥が急に熱くなる。
真っ暗なのに、若井がぼくの瞳を見つめているのが分かる。
そして、ゆっくりゆっくり、若井の視線が近付いてきて、唇を優しく塞がれた。
いつもとは違う口づけが妙に恥ずかしくて、ムズムズする。
唇が離れたあとも、すぐには声が出せなかった。
余韻の熱が残って、胸の奥までじんじんする。
「……こういうのも、悪くないでしょ?」
囁くように言った若井の声は、いつものからかう調子じゃなくて、やけに穏やかだった。
返事をしようとしたけど、言葉が喉につかえて出てこない。
代わりに小さく『……ばか。』とだけ呟く。
その一言でさえ、優しく抱きしめられる理由になってしまったのが、悔しいような、嬉しいような。
布団の向こうからは、涼ちゃんのくすくす笑う気配が聞こえてきた。
「じゃあ、僕も優しくする〜。」
そう言って、涼ちゃんも近付いてきて後ろからふわっと抱き締められた。
「…涼ちゃんはいつも優しいじゃん。」
ぼくが少し拗ねるみたいに言うと、涼ちゃんはくすりと笑って――
「そっかぁ。じゃあ今日は、ちょっとだけ意地悪になっちゃおうかな。」
耳もとにふわりとかかる吐息。
その一言に、心臓が思わず大きく跳ねた。
(……涼ちゃんの“意地悪”って、どんなの……?)
普段は優しい分、想像がつかなくて。
怖いような、でもどこか期待してるような。
自分の中で生まれるそんな感情に気づかないふりをしながら、ぎゅっと布団を握りしめた。
その夜は、優しくてーー少し意地悪で。
ぼくは二人にすっかり翻弄されてしまった。
どっちが優しいのか、どっちが意地悪なのか、もう分からないくらいに。
でも、それが不思議と心地よくて……。
(……幸せすぎて、眠れるかな……)
布団の中でそう思ったところまでしか覚えていない。
目を閉じた瞬間、左右から伝わる温もりに包まれて――
そんな、甘くとろけるような夜だった。
コメント
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久しぶりの3人のゆるふわドキドキの日常が見れて幸せです(*˘︶˘*).。.:*♡ 今後鈴木ちゃんと❤️くんの絡みはありますか?楽しみにしてます💕💕
鈴木ちゃんプチ出演だぁー!