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「…おはよう。」
「…おはよ〜。」
「…おはよ。」
昨日はぼくと若井がレポートと小テストの勉強。
涼ちゃんは院進の準備で夜遅くまで机に向かっていた。
結果、三人揃って見事に寝不足。
目の下にはお揃いみたいな隈がくっきり。
「ぼく…小テスト中に寝る自信しかないや。」
「…分かる。」
「あははっ。それじゃ元も子もないじゃない。」
「若井、ぼくが寝てたら起こして。」
「元貴、おれが寝てたら起こして。」
「ふふっ。それ、二人とも寝たらアウトだねぇ。」
「…涼ちゃん、不吉な事言わないでよ。」
ぼくが情けない声を出すと、また涼ちゃんが隣でくすくすと笑った。
「とりあえず、ごはん食べよ〜。」
涼ちゃんがのそのそ立ち上がると、ぼくと若井も釣られるようにダイニングへ移動する。
「…眠すぎて食欲ないかも。」
「だ〜め。食べないと頭働かないよ! 」
「…確かに。」
冷蔵庫を開けると、いつもの卵に加え、今日はハムも入っていた。
「涼ちゃん、涼ちゃん。ハムあるよっ。」
「わ!じゃあ、今日はハムエッグしよっか〜。 」
「ふっ、そんな事言って、涼ちゃんどうせ失敗するんでしょ?」
「ひど〜いっ。元貴〜、若井が意地悪な事言ってくる〜。 」
「あははっ。でも、涼ちゃんって卵料理はいつまで経っても下手だよね。」
「えぇ〜!元貴まで?!…まぁ、確かにそうなんだけどさぁ…でも!今日は!何かイケる気がする!」
確かに、涼ちゃんはここぞって時にだけ謎の力を発揮するタイプだ。
もしかしたら今日も、そんな奇跡を見せてくれるのかもしれない。
涼ちゃんが油を敷いたフライパンにハムを入れるのを横目で見ながら、ぼくはパンの袋に手を掛けた。
すると、若井が横からヒョイっと袋を取り上げてきた。
「元貴は前に焦がしたから、今日はスープ担当ね。」
「べ、別に焦がしてないし!ちょっとこんがりしただけだし!」
「ふふっ。まぁ、確かにあれはギリギリこんがりだったかな〜。」
「ほら!涼ちゃんもこう言ってるじゃん!…って、それフォローになってなくない?!」
眠気にぼんやりした朝なのに、三人でいるだけでいつもみたいに賑やかになる。
そんな空気が、ちょっとくすぐったくて心地よかった。
・・・
結果だけで言うと、涼ちゃんの“奇跡”はーー小テスト如きじゃ起きる事はなかった。
スクランブルエッグになり掛けていたハムエッグ。
悔しいけどこんがりキツネ色で完璧なトースト。
そして、少し……薄い…スープ。
それが今日の三人の朝ご飯だった。
食卓を囲んでいる時は賑やかさをそのままに、大学へと三人並んで歩いていった。
大学に着くと、涼ちゃんは図書室へ。
ぼくと若井は同じ講義室に入り、一限から――容赦なく小テストが始まった。
通常の講義が行われた後のラスト20分。
テスト用紙が配られ、静まり返った教室。
カリカリと鉛筆を走らせる音が響く中、ぼくは早速ペンを持つ手がふわりと止まった。
(……やばい、もう眠い……!)
必死で文字を書き写そうとするのに、文字が歪んで見える。
視界の端で、若井が机に突っ伏しそうになっているのが分かった。
(おい、若井……寝るなよ……)
そう思った瞬間、ぼくもぐらりと船を漕ぎそうになる。
慌てて自分の頬をぺちんと叩くと、その音に反応したのか、若井が横目でちらっとこっちを見た。
「……っくく。」
笑いを堪えるように口元を押さえて、それでも目尻がにやけてる。
(なに笑ってんだよ…!こっちは必死なのに……!)
腹立たしくて、机の下で若井の足を小さく蹴った。
すると今度は若井が机に突っ伏しながら、震える肩を小刻みに揺らして笑っている。
(……ほんと、バカ……)
でも、そんな若井のおかげで少し眠気が飛んだ。
先生の『そこまで!提出してください。』と言う掛け声で、教室にざわめきが戻る。
ペンを置いて、ぼくは大きく伸びをした。
「…終わったー……。」
「おれも…てか、半分くらい寝ながら書いてた気がする……。」
隣で若井もぐったりしていて、机に突っ伏す勢いのまま深いため息をついた。
「ふふっ…ぼくも……途中、何回も船漕いだし……。」
「な?顔見たら分かったもん。めっちゃ眠そうだった。」
「若井だって同じ顔してたじゃん。」
思わず笑い合ってしまう。
小テストの手応えなんて二の次で、二人で一緒に耐え抜いたのが、なんだかちょっとした達成感になっていた。
「…にしても、ほんとギリギリだったよな。」
「…うん。でも…横に若井が居て、ちょっと安心した。」
「……おれも。」
ふっと見つめ合った瞬間、周りのざわめきが少し遠のいた気がした。
くすぐったい沈黙が流れて、結局どちらからともなく、また同時に笑ってしまった。
・・・
「二人とも小テストどうだった〜?」
一限、そして二限が終わり、食堂で待っていた涼ちゃんの前に腰を下ろす。
トレーを置くなり、ぼくと若井は揃ってぐったりと肩を落とした。
「…ヤバかった。」
「一限目は、ギリギリなんとかなったんだけどねえ…。」
そう。問題は二限目だった。
気合いを入れ直したはずなのに、気付いたら夢の中へ。
『はっ!』と飛び起きた時には残り時間が10分を切っていて。
横を見ると、若井は頬杖をついて気持ちよさそうに目を閉じていて、朝、涼ちゃんが言っていた事が現実となっていた。
軽く足で蹴ると、若井は肩をビクッと揺らして目を覚まし、 お互い残り時間を確認した瞬間、同じ顔で青ざめた。
それからはもう、ほとんど手つかずの問題を必死で埋めるだけで精一杯だった。
「あはは〜。それは大変だったねぇ。」
涼ちゃんは呆れたように笑いながらも、どこか楽しそうだ。
「期末試験はちゃんと計画的に勉強しようと思った…。」
「…はあ、期末試験かあー。」
思わず二人して揃ってため息をつく。
「一緒に頑張ろ!僕も、来月院試があるから、これからもっと勉強頑張んなきゃだしさ〜。」
「……院試かぁ。」
「うん。まぁ、プレッシャーはあるけど……二人が横で頑張ってるの見てると、僕も負けてらんないなって思えるんだよねぇ。」
涼ちゃんはふわっと笑って、箸を手に取った。
その笑顔に、ぼくも若井もつられて少し背筋を伸ばす。
「…よしっ。じゃあ、期末も小テストも、ちゃんと頑張る!」
「おれも!…って、まずは今日の午後の授業起きてられるかが勝負だけど。」
「分かる〜。午後の講義って眠気との戦いだよねぇ。」
三人で顔を見合わせると、自然と笑い声がこぼれた。
なんでもない昼休みなのに、不思議と温かい。
(……期末も院試もあるけど……こうやって三人で過ごせる時間が、やっぱり一番の力になるんだろうな。)
ぼくは小さく息を吸い込んで、冷めないうちにご飯を口へ運んだ。
・・・
三限目は若井と別の講義だったので、三人ともそれぞれの講義室へ。
そして、三限が終わりだったぼくは、その足で図書室へ向かった。
廊下の角を曲がったところで、同じく三限で終わりだった若井とばったり出くわす。
「お、元貴。おつかれー。」
「若井も?一緒に行こっか。」
並んで歩きながら図書室に入ると、いつも三人で使っている角の席がちょうど空いていた。
運よく荷物を置いて腰を下ろし、ぼくはすぐさまPCを開いた。
「元貴、やる気満々じゃん。」
「小テスト、絶対ボロボロだからさ。レポートで巻き返そうと思って!」
「だなっ。おれも頑張ろっと。」
若井もカバンからノートを取り出し、机に広げる。
図書室独特の、紙をめくる音と小さなキーボードの打鍵音だけが響く静かな空間に、ぼくたち二人の呼吸が溶け込んでいった。
『ふぅっ。』と一息ついて時計を見ると、ちょうど四限が終わる時間帯だった。
図書室に来る途中で涼ちゃんには【若井と図書室行くよ】って連絡していたから、そろそろ来るかなと思っていたけど、そこから30分経っても姿は見えない。
(……ゼミ、長引いてるのかな。)
気になりながらも、目の前のレポートに意識を戻した。
カタカタとPCを打ち込みながら、時折横で若井がノートにシャーペンを走らせる音が聞こえる。
静かなその時間に集中しきっていたから、また30分が過ぎていたことに気付いたのは、背後で『ふぅ〜……』という小さな息遣いが聞こえた瞬間だった。
振り返ると、涼ちゃんが立っていた。
少しだけ疲れた顔をしているのに、こちらを見た瞬間ふわっと笑みを浮かべる。
「ごめん、遅くなっちゃった。」
涼ちゃんは肩から鞄を降ろすと、ほっと息をついてぼくたちの向かいに腰を下ろした。
「ゼミ長引いた?」
「うん…質疑応答がちょっと白熱しちゃってねぇ。思ったより時間かかっちゃった。」
そう言いながらPCを広げる姿は、いつもの落ち着いた雰囲気そのままで。
でも、目元にほんのり疲労の色が滲んでいるのが、ぼくには見えてしまう。
「じゃあさ、今日くらいは早めに切り上げない?」
「ううん。…二人が頑張ってるのに、僕だけ甘えられないよ。」
涼ちゃんはそう言って微笑むけれど、その笑顔は少し無理をしているようにも見えた。
若井が横から覗き込むようにして、軽い声で言う。
「じゃ、俺が涼ちゃんの分まで頑張るから、横で寝てていいよ?」
「ふふ、そういう訳にもいかないって。」
そんなやり取りに思わず笑ってしまう。
気付けば、三人分のキーボードの音が、図書室の片隅で小さな合奏みたいに響いていた。
ほんの少しずつ言葉を交わしながら、それぞれの作業を進めていく時間。
隣に二人がいるだけで、勉強の辛さもどこか柔らかくなる気がした。
・・・
気付けば外はすっかり暗くなっていて、館内のアナウンスが閉館を告げた。
「うわ、もうこんな時間か…!」
慌ててノートPCを閉じると、若井が伸びをしながら笑う。
「頑張ったなー、俺たち。…ってか涼ちゃん、よくあんな集中力保てるよね。」
「慣れ、かな。…でも、正直疲れた。」
涼ちゃんが小さく肩を回すのを見て、ぼくは反射的にその手から荷物を取った。
「えっ、いいよ。自分で持つから。」
「いいの。今日はもう、十分頑張ったでしょ。」
そう言って歩き出すと、横で若井も鞄を奪うように持ち上げて、『 じゃ、俺は元貴の荷物持つ!』 とニヤッと笑ってみせる。
くだらないやり取りに、涼ちゃんがふっと笑う。
その笑顔が、閉館後の静かな校舎に灯りをともしたみたいで、ぼくの胸はじんわり温かくなった。
外に出ると、夜なのに、夏特有のジワっとまとわりつくような暑さが襲ってきた。
「あっつ…夏だな。」
三人の中で一番暑がりな若井が、額に手を当てて顔をしかめる。
「夕飯どうするー?」
「今日は皆頑張ったし、どっかで食べてから帰らない~?」
「いいね!どこ行く?!」
「若井決めていいよ。荷物いっぱい持ってくれてるから、そのご褒美!」
「あははっ、そうだねぇ。若井におまかせしよぉ。」
「まじ?!じゃあ、ラーメン!」
「わあーっ、やっぱり…」
「真夏のラーメン…」
正直、そうなる予感はしていたけど、ぼくも涼ちゃんもブーブー言いながら、若井オススメのラーメン屋へと歩き始めた。
涼ちゃんが横から『じゃあ帰ったらアイス買おうねっ。』と言ってきて、ぼくは思わず笑った。
「ラーメンの後にアイスって…太っちゃうよー?」
「え~ いいじゃん。だって夏だよぉ?」
「元貴食べないなら、おれ2個食べよっと。」
「なんでだよっ。ぼくも食べるし!」
街灯に照らされて、三人の影が並んで伸びていく。
熱気に包まれた夜の空気さえ、不思議と心地よく感じられた。
小言を言い合いながら笑い合うこの瞬間が、夏の夜に溶けていく――
それが何よりも幸せで、愛おしかった。