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久々にトランペットの練習をしようと練習部屋に入ろうと思いました。
「鈴、なんでその部屋に入ろうとしてるの?」
母が厳しい表情で問いかけてきます。
「最近、調子悪いから練習しようと思って。」
「ここじゃないと出来ないの?」
母はトランペットを聞くのが嫌そうです。
「もう夜遅いし、。」
父は今公演中で家を空けています。
母が唯一トランペットの音を聞かなくていい期間。
そんな時間を私が潰していいのでしょうか。
「そう。勝手にしなさい。」
「うん。」
母は呆れた表情をしていました。
部屋の戸を開けると父の愛したトランペットが飾ってあります。
このトランペットは父が唯一愛した女性のものでした。
特別高い訳でもないごく普通のトランペット。
私のトランペットの方が高価だと一目見ただけで分かるほどでした。
幼い頃母はよく「あの人と私はねあなたができたから結婚したの。望んだ訳じゃないのよ。だからあなたは必ず成功しなさい。」と言っていました。
そして、母に一度だけ父がトランペットを始めた理由について聞いたことがありました。
あの人はねあなたの祖母、宮野 琴音を愛してるの。祖母が36だった頃彼は20歳だった。
あの人が一方的に母に恋していたの。
その頃私は17歳。母の教え子だったあの人に恋をしていたの。
その3年後母は白血病で亡くなった。父よりもあの人の方が悲しそうだった。
父はあの人が母のことを尊敬してくれているのだと思っていたから母が使っていたトランペットをあの人に渡したの。
そのトランペットは父が母に結婚記念日の日に買ったトランペットだった。母はそれをどんなトランペットよりも美しいとよく使ってた。
私は好奇心でバイオリンを始めたけれど父も母もトランペットが大好きだったから。
母が亡くなって2ヶ月が経った頃コンビニへ買い物に出かけた帰りにあの人にあったの。
お酒を飲んでたのか酔って顔が真っ赤で、ふらついてたの。
私はすぐさま声をかけたわ。するとねあの人、琴音さん。琴音さん。って母の名前を呼んで私に抱きつくの。
私、必死に否定したわ。私は琴羽です、母ではないんですって。
けれどあの人聞く耳を持たずに私の手を引き自宅に連れ込んだの。
あの日の夜、あの人はずっと琴音さんって私を呼んだ。
琴音さん愛してるって。
次の日の朝目を覚ました彼が私に謝罪をしたの。
ごめんなさい、記憶が曖昧でって言われる度にあぁ、この人は私の事なんとも思ってないんだなってつくづく感じてしまうの。
私、母の娘だから音楽の才能があるみたいでその当時から有名バイオリニストとして活躍してたから売れてないトランペッターの彼が私を襲っただなんて記事書かれたら溜まったもんじゃないわよね。
その半年後彼も売れ始めるのだけれど。
2ヶ月後にね、私があなたを妊娠したって発覚したの。
彼に話したら責任は追うって。
私その言葉を聞いた瞬間胸が痛くなって酷く傷ついた。
でも彼が結婚しようって言ってくれて凄く嬉しかったの。
結婚してから彼は優しくも酷くもなかった。
ある程度のことはやってくれるけど愛が無いのよ。
今も、昔も。
鈴、あなたは私とあの人が一緒にいれる支えなの。
だから下手なことしないで。
そう言って母は父が自分以外の人を愛していたと語ってくれました。
練習部屋には私のトランペットの音色が大きく響いています。