テラーノベル
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翌朝。
姫子が会社のエントランスに入った瞬間、
胸の奥がふっと揺れた。
理由は分からない。
でも、
“誰かの気配”がそこにあった。
足を止めると──
純がいた。
入口の横、
人の流れから少し外れた場所で立っていた。
姫子は思わず息を呑んだ。
(……待ってた?)
純は姫子に気づくと、
一瞬だけ表情を整えるように目を伏せ、
それからゆっくり顔を上げた。
「……おはようございます、森野さん」
声が、
いつもより少しだけ硬い。
姫子は戸惑いながらも返した。
「お、おはようございます……」
純は一歩、姫子に近づいた。
その距離が、
いつもより近い。
「森野さん、ちょっと……いいですか」
姫子の胸がざわついた。
「え……あの、今……?」
「すぐ終わります。
どうしても、聞きたいことがあって」
純の目が姫子を捉える。
逃がさないように。
姫子は一歩下がろうとしたが──
後ろから別の社員が入ってきて、
退路がふさがれた。
(……逃げられない)
純は小さく息を吸い、
言葉を選ぶように口を開いた。
「昨日……話しかけようとしたんですけど、
タイミングがなくて」
姫子は胸の奥がきゅっと締まるのを感じた。
「……そう、だったんですね」
純は姫子の目を見た。
その目は、
昨日の夢の影と同じ“迷い”を含んでいた。
「森野さん……最近、変な夢とか……見てませんか」
姫子の心臓が跳ねた。
(……聞かれた)
声が出ない。
胸の奥が熱くなる。
純は続けた。
「俺……夢の中で、誰かの手を掴んだんです。
その相手が……森野さんに似てた気がして」
姫子は言葉を失った。
夢の影が言った言葉が、
胸の奥で静かに響く。
──会いたかった。
純は姫子の沈黙を、
逃げではなく“反応”として受け取ったようだった。
「森野さん……
本当に、何も……?」
姫子は唇を震わせた。
「……森川さんは、
どうして……そんなことを聞くんですか」
純は少しだけ目を伏せ、
それから静かに言った。
「……気になるんです。
あの夢が、ただの夢じゃない気がして」
姫子の胸が強く脈を打つ。
(……同じだ)
夢の影が手を伸ばしたときの、
あの震えと同じ。
純は姫子を見つめたまま、
逃がさない距離で言った。
「森野さん……
俺、あなたに……何か言わなきゃいけない気がするんです」
姫子は息を呑んだ。
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#間に合った愛