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シーン43(現実:姫子が“選ぶ直前”の揺れ)
純の言葉が胸に残ったまま、
姫子はデスクに戻った。
パソコンの画面は開いているのに、
文字が頭に入ってこない。
心臓の鼓動だけが、静かなオフィスの中で
自分にだけ聞こえるように響いていた。
(……夢のことを、森川さんが)
昨日の影の声が、
胸の奥で重なる。
──会いたかった。
姫子は小さく息を吸った。
胸の奥が、夢の中と同じように脈を打つ。
(どうして……こんなに)
そのとき、
横から静かな声がした。
「森野さん、大丈夫ですか」
純だった。
姫子は驚いて顔を上げた。
純は、いつもより少しだけ近い距離に立っていた。
「え……あ、はい。
ちょっと、考えごとをしてて」
純は姫子の表情を見つめた。
その目は、夢の影と同じ“迷い”を含んでいる。
「……さっきの話、
変なこと言ってすみません」
「いえ……そんな」
「でも、どうしても気になって。
あの夢……森野さんと関係がある気がして」
姫子の胸が強く脈を打つ。
(……同じだ)
夢の中で影が近づいてきたときと、
まったく同じ震え。
純は続けた。
「森野さん……
本当に、何も覚えてないんですか」
姫子は言葉を探した。
でも、胸の奥の揺れが強すぎて、
うまく声にならない。
「……森川さんは、
その夢で……誰の手を掴んだんですか」
純は少しだけ目を伏せ、
静かに言った。
「……分からないんです。
顔は見えなかった。
でも……“会いたかった”って、
そう聞こえた気がして」
姫子は息を呑んだ。
影の声と、純の言葉が重なる。
─会いたかった。
胸の奥が熱くなる。
夢の森の空気が、現実に滲んでくる。
純は姫子を見つめたまま、
逃がさない距離で言った。
「森野さん……
俺、あなたに……
何か言わなきゃいけない気がするんです」
姫子は震える声で返した。
「……言わなきゃいけないって、
何を……?」
純は答えなかった。
ただ、姫子の目をまっすぐ見ていた。
その沈黙が、
夢の影の沈黙と同じ形をしていた。
胸の奥が、静かに、深く脈を打つ。
(……選ばなきゃいけない)
夢で言われた言葉が、
現実の空気に重なる。
純の視線が、
影の輪郭と重なって見えた。
姫子は気づいた。
選択の瞬間は、もう夢の中だけじゃない。
現実にも来てしまった。