翌日、ヒノトは昨日、徳川に言われた「徳川と父親、ラスの師匠」という男に、早く会いに行きたくてウズウズしていたが、倭国遠征での特訓も大切だよな…と、頭の中がぐるぐるしていたが、シルフからのとんでもない発言により、ヒノトの悩みは解消されることとなる。
「魔族襲来まで、特訓は無しだ。各自、倭国内であれば自由に行動するように」
その言葉に、全員が目を見開く。
魔族襲来まで、と言うことは、「教官を付けての特訓はしない」というそのままの意味になる。
しかし、倭国に来るまでの特訓や、身体能力が分かるネックレス、通称 “潜在チェーン” を手にし、全員がシルフの言葉には一切の無駄はないことを信じ切っていた。
その為、反対する声を上げる生徒は居なかった。
魔族襲来までにすべきことが、全員分かっていたからだ。
『 自分の課題を、自分自身で解消すること。それが出来なければ、新たな戦争では通用しない ――― 。 』
先に習うことは大切だが、公式戦で生きた英雄たちの攻撃の一切を見切られていたことから、今までの戦闘とは全く異なる戦術が要求されている。
その為の倭国遠征ということも、全員が熟考していることだった。
しかし、ヒノトには、この先の進路がしっかり分かっていた。
「ハァ…。私、魔族なのに、どうしろって言うのよ…」
そんな溜息を零すリリム、そして、武器にはあまり触れる職業ではないグラムは、途方に暮れたようにロビーに残っていた。
「よう、暇そうだな! 二人とも!」
「うげ……」
ヒノトの意気揚々とした笑みを見るや、リリムは苦い顔を浮かべた。
「いいわよ。アンタのすることはいつも突飛だけど、無駄なことはなかった。また無茶なことでも言うんでしょ?」
不貞腐れながらも、リリムはヒノトの顔に向き合う。
「二人とも、俺と一緒にココに行ってくれ!」
そう言いながら、ヒノトは咲良に借りた倭国マップの一番端を指差す。
「ハァ!? 倭国のいっちばん東じゃない! ここから何百キロもあるのよ!?」
「ああ! でも、絶対強くなれる! 俺たち!」
そう言うと、ヒノトはまたしても、ニカっと笑った。
その笑みに、グラムは言葉を遮る。
「俺は行くことに反対ではないが、その根拠はどこから来ているんだ? 先に説明をして欲しい」
「そうだな。実は昨日、研究施設から解散になった時、統領に引き止められて、『統領と父さんの師匠がここにいる』って話を聞いたんだよ!」
「倭国の統領と…ヒノトのお父さん…? 確かに二人とも強い戦士なのかも知れないけど、そこに私たち三人が行って、強くなるって保障はないでしょ?」
すると、ヒノトは笑みを消し、ふと目を瞑った。
「えっ……」
次の瞬間、ヒノトの髪は灰色に変色していた。
数秒後、ヒノトは深い息を零しながら元の姿へと戻った。
「倭国に来てから色々試して、やっと少しだけ感覚が分かってきた。まだ変身するのがやっとだし、この力が魔族襲来までに使えるようになるかは分からない。だから、まずは “異邦剣術” の方を磨きたいと思ったんだ」
「ヒノトの気持ちは分かるけど…私たちが着いて行く必要は…」
そんな言葉を遮るように、ヒノトは再びニカっと笑みを浮かべる。
「俺は、お前たちと一緒に戦いたい」
その眼光に、二人は久々にゾクっと奮い立つ。
「確かに、今は『一人ででも戦える前衛の育成』ってことで、シルフさんがこの倭国遠征に連れて来てくれてる。でもさ、俺たちは幸か不幸か、三人もいる。一人で戦える強さを得なくちゃいけないのは分かる…。でも俺はやっぱり、パーティで戦いたい。勇者の冒険譚にだって、一人で戦っている描写なんて一つもなかった」
ヒノトの言葉に、グラムは真正面から受け止める。
「いい案だ。実際に強くなっていくヒノトを見ていなければ、後方支援の俺たちの立ち回りが上手くいかない。魔族襲来までに俺たちにできることは、強くなるヒノトの横から支援できる戦術、と言うことだ」
「はぁ〜! 分かったわよ! 一緒に行ってあげる! その代わり、ちゃんと強くなりなさいよ!?」
そんな話を、背後でこっそりと聞いている者がいた。
「あの……ヒノトくん…………」
「おお、咲良! こんなとこまで付き合わせてごめんな。少しは武器の扱いとか上手くなったかな?」
しかし、ヒノトの質疑など関係なく、咲良は更に一歩、足を踏み出してヒノトの目を見た。
「僕が行くのはお門違いだと思うけど…………僕もその槍使いの下で特訓させて欲しい……!」
思わぬ宣言にヒノトは一瞬口を開けるが、再びニシっと笑みを浮かべる。
「ああ! もっと強くなりに行こう!」
――
電車を乗り継いで五時間、バスも走らない山道を歩いて二時間、辺りは既に夕方になっていた。
「ハァハァ…………まだ着かないの…………?」
「ヒノト、この辺は人の手入れがされていない。モンスターも遠くに見えるが……本当にこんな所に “伝説の槍使い” なんているのか…………?」
「うーん、統領から教えてもらったのはこの辺のはずなんだけどな…………」
すると、ヒノトたちとは逆方向に、山道を下ってくる足腰の弱そうな老人が姿を見せた。
「なんじゃ、久々に人が来たと思えば、ガキ共じゃないか」
「おお! もしかして、あなたが “伝説の槍使い” の坂本達巳さん!?」
「わしをその名で呼ぶとは、お前、勝利に言われて来たんじゃな。用件は『槍を教えてくれ』じゃな?」
「そうです!! 俺、もっと強くなりたくて!」
「断る」
しかし、ポンポンと進みそうな話は、渋い声で発されたたった一言で制されてしまう。
「なん…………で…………」
「勝利に言われて来たという騎士が何人とわしを訪ねてきたが、わしは誰一人としてもう槍を教える気はない」
「ハァ!? こんなとこまで来て何!? その人、結局教えてくれないの!?」
話を聞きながら、疲労感でリリムは爆発。
しかし、ヒノトは老人の目を見続けた。
「この辺はモンスターも出る。空き家があるから、今晩は泊めてやるが、教えることは何もない」
そう言うと、坂本は四人に背を向けた。
「まあ、取り敢えず行こうぜ。泊めさせてくれるみたいだし、無駄足には絶対しない」
ヒノトの言葉に、リリムは静かに頷くと、坂本が普段は使っていない空き家へと案内された。
「部屋は三つある。好きに使って、起きたら出て行け」
「あの、どうして教えてくれないんですか?」
「殺しの技など……誰が教えてやるものか…………」
その言葉に、ヒノトはピクッと反応する。
「殺しの技か。確かに、敵と相対したら、相手を殺さなきゃ勝てないんだよな…………」
当たり前だけど、忘れがちな絶対的な事実。
倒すと言うことは、殺す、と言うことだ。
「でも」
拳を握りながら、ヒノトは坂本の目を見つめる。
「相手を殺さなきゃ、自分が殺される。少なくとも、坂本さんの技は、誰かを守ってきた技だと思います」
その真っ直ぐな言葉に、坂本は目を見張るが、ふん、と口を鳴らせてその場から去ってしまった。
「あーあ、明日なんて言って教えを乞おうかなー」
そんなことを言いながら、ヒノトはバタリと畳の上に寝転がる。
そんなヒノトを、三人は沈黙して見つめていた。
その内、ヒノトはぐーぐーとイビキをかき始める。
三人は自然と目を向け合う。
「咲良、戸惑ったわよね。ヒノトのさっきの言葉……」
「う、うん……。あんなことを真っ直ぐに言えちゃうのって、本当に凄いことだと思う……。でも、きっとそれを言えちゃう本人は、何も考えていないんだろうな……」
「ホントよ、まったく。コレに何度振り回されたか……」
「でも、だからこそ俺たちは、ヒノトを信用してパーティを組んでいるんだ」
そんな二人の表情を見て、咲良は一人でに、胸を熱くさせていた。
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