明け方、朝日が登り始め、兵士たちもまだ寝ている頃、男は正装を翻し、コツコツと階段を登った。
「やはり、朝方はまだ寒いですね」
「こんなところにご足労頂いて申し訳ないね」
階段を登った先には、街を一望できる崖があり、柵にもたれ掛かりながら、缶コーヒーを啜る徳川の姿があった。
「君にもコーヒーを買おうか?」
「お忘れですか? 我々、エルフの舌にコーヒー豆の苦味はとても堪えるのです」
「ああ、そうだったね。君は “剣豪” である以前に、エルフの血もあるんだったね……シルフくん」
二人は様子を伺い合うように言葉を重ねる。
やがて、事切れたかのようにシルフは笑みを溢した。
「ふふ、こうして個人的に会うのは十数年ぶりだね、勝利殿。変わらない寝癖に安心したよ。ヒノトくんに伝説の槍使いを紹介したみたいだけど、彼……坂本殿は、ヒノトくんに武を教えると思うかい?」
「さあ、どうだろう。少なくとも、僕が向かわせた倭国の騎士で受けさせてもらった者はいない。師匠は人が良すぎるから、モンスターや魔族を殺すことにすら、悲しさを感じてしまわれる」
「おや、それは君も同じかと思っていたよ。以前の統領であれば、近隣のモンスターは狩り尽くす」
「そうだね…………僕はただ、師匠の教えに習っているだけに過ぎない。殺す時は……殺すさ」
そう言うと、徳川は巨大な大剣をシルフに向けた。
「さて、シルフくん。君は一体 “どっち” なんだい?」
シルフは、一切の構えも取らず、徳川の顔を見遣る。
「その質問は、“人類の味方” か、“魔族の味方” か、と言う質問で合っているかな?」
ゴゥッ!!!
徳川は、真剣な表情で大剣に炎を巡らせた。
「いや、“指揮官 リムル=リスティアーナの味方” か、“雷の使徒 セノ=リュークの味方” か、という質問だよ」
その言葉に、シルフはニタリと笑いながら体勢を整え、徳川に向かい合う。
「その問いに答えるならば、僕はセノの味方だ。だが、それだけの情報で僕と君が今、剣を交えるのは少し早計ではないかな。倭国の統領殿…………?」
「そうかい? 民の為、無駄な犠牲は無いに越したことはないと思うんだ。 “統領として” ね…………。君は、半エルフとして長い時間を生き過ぎている。その中で何を感じているのかは分からないが、敵対すると言うのであれば、斬り捨てるしかないじゃないか」
シルフはニタリと笑みを浮かべ続ける。
「倭国の人間は100年。キルロンド……いや、この世界の普通の人たちは150年。エルフ族は500年。そして、魔族は300年が平均寿命と言われているね。半エルフである僕は、半分はキルロンドの血だから200年。そう言えば、長いこと自分の年齢を数えていなかったな。魔族戦争の折、君たちと出会ったのが丁度、100歳くらいだったはずだから、140歳くらいになるのかな……。我ながら、だいぶ生きたものだね。君たちには到底、想像も付かないだろう」
「その長い人生の中で、魔族側に着いた方が有益だと考えるのも、無理はないと思っている。セノの味方をしているのなら、今回の倭国遠征では、本気で倭国を守り、打倒リムルを考えてくれているのだろう。しかし、それを成し得た先の未来で、厄介な敵になって欲しくはない」
その言葉に、ようやく、シルフは剣を鞘から抜いた。
「ところで、君の師匠は “槍使い” だったね。どうして、伝説と呼ばれる実力者になったか、知っているかな?」
その言葉に、徳川は剣を震わせ目を見開く。
「まさか…………シルフ・レイス…………!!」
“水牢・霧雨”
ブワッと、周囲は膨大な霧に包まれる。
「坂本達巳…………彼に戦い方を教えたのは僕だ。その弟子である君が、僕に勝てるわけないだろ?」
霧が晴れた頃には、シルフの姿は消えていた。
「そうであって……欲しくはなかったな……」
徳川はそっと剣を下ろすと、柵にもたれ掛かり、朝焼けに染まる街を目を細めながら眺めた。
――
昨晩、気を失うように寝てしまったヒノトは、朝一番に目が覚める。
みんなが起きずに暇だからと、一人槍を持つ。
「うーん……武器庫で借りて持ってきてみたけど……やっぱり構え方からよく分からない…………」
ヒノトは、槍の使い方に難儀していた。
「お前さん、朝早いな。仲間は寝てるのか?」
そこに、同じく早起きの坂本も起きてくる。
「あ! おはようございます! まだみんな寝てます! 昨日、俺だけすぐ寝ちゃったみたいで……」
苦笑いを溢しながら、ヒノトは槍を片手で掴んだ。
「お前、その持ち方じゃダメだ」
「えっ?」
すると、ズケズケとヒノトの槍を奪い取り、腰に据え、両手で槍を構えた。
「槍とはこう構えるんだ! 両手でしっかり!!」
「え……でも、教えてもらえないんですよね……?」
すると、途端に黙り、静かに槍をヒノトに返した。
「教えることはない。仲間が起きたら直ぐに帰れ」
そう呟くと、坂本は無愛想に去って行った。
暫くして、三人は寝ぼけ眼で起床してくる。
「あれっ」
ヒノトの動きに気付いたのは、咲良だった。
「ヒノトくん! そうだよ! 槍ってそう持つんだ! どこかの歴史書に書かれていた持ち方になってる!」
「あー……なんか、朝早くに坂本さんが来てさ、持ち方だけ教えて去って行ったんだ。仲間が起きたら帰れって言われちゃったんだけど…………」
「そもそも、どうして坂本さんは、人に戦いを教えることをしなくなったんだろう? 統領の師匠ってことは、腕は確かなはずで、教えるのも嫌ではなかったはずだよね」
全員は顔を歪めて唸り声を上げる。
「あんまり触れない方がいいんじゃないの……?」
徳川の助言は流し、坂本の気持ちを優先しようと言う意見のリリム。
「俺は、もう少し粘ってみてもいいと思う。確かな実力者に教えを乞える可能性を、一言二言で諦めてしまうのは惜しいと思う」
魔族のことや、ヒノトのこと、状況を冷静に分析し、引き続き懇願しようと言う意見のグラム。
「僕は…………何が正解なのか、分からない…………」
自分の決断を迷ってしまう咲良。
そして、
「んじゃさ、本人に聞いてみようぜ!」
いつもの様に突拍子もなく笑うヒノト。
この調子に少しずつ慣れてきた咲良も、ニコッと微笑んで、真っ直ぐなヒノトに賛同した。
坂本の姿を見つけ、何の躊躇もなく声を上げる。
「坂本さーん! どうして槍を誰にも教えたくなくなったんですか?」
ど直球な質問に、目を丸く言葉を返せない様子の坂本だが、田植えの手を止め、静かにヒノトに近付く。
「わしの話を聞き、黙って帰ってくれると約束できるのなら、話してやらんこともない」
三人が「その条件は……」と、苦い顔を浮かべる中、ヒノトは真っ直ぐな目で答えた。
「分かりました。納得できたら帰ります」
そして、五人は再び、坂本の家へと戻った。
茶を用意され、足を崩せと促される。
「堅苦しいのは嫌いなんだ。わしはしがない老人。敬意など持たなくて良い」
四人は、言われるがまま、静かに足を崩した。
「ヒノトと言ったか。わしの話をする前に、お前が強くなりたい理由を聞いてもいいか?」
「俺は、伝説の勇者になりたいんです」
「それは、魔族を殺し、キルロンドを戦争で勝たせ、英雄として謳われる勇者と言うことか?」
しかし、その質問には直ぐに答えられなかった。
何故なら、ヒノトも迷っていたからだ。
「魔族って、殺さないと勇者になれないんですか?」
そして、質問に対し、質問で答える。
「俺は、魔族のリリムと仲間だし、戦わなきゃいけない状況なら戦う。でも、それが魔族を殺さなきゃいけない理由にはならないって思ってます」
「そんな半端な考えで、戦争で生きて帰れると思っているのか…………?」
「分からないです。でも、生きて帰る為に強くなりたい。魔族も、エルフも、異邦人も、先住民も、守れる奴は片っ端から守る、そんな勇者になりたいです」
その真っ直ぐな言葉と瞳に、坂本は何を思ったのかは誰も分からない。
しかし、確かに坂本は、数年ぶりに心が高揚していた。
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