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車へ乗り込むなり京介が石矢に、市内で一番大きなタバタ総合病院へ向かうよう告げるから、芽生はキョトンとしてしまう。
「京ちゃん、どうして病院?」
てっきりそのまま役所へ……な流れかと思っていた。
病院という言葉に、一瞬だけ(もしかしてブライダルチェック?)なんて考えた芽生だけれど、京介がそんな細かいことを気にする人間には思えない。
そわそわと京介を見つめたら、
「細波も入籍後、お前をどこかへ連れて行こうとかしてなかったか?」
吐息交じりに言われて、芽生は(そういえば)と思い出す。
「ホテルで無理矢理婚姻届を書かされて……細波さん、てっきり目的は果たしたから私のことは御役御免って言ってくれると思ったのに、まだ用があるから付き合ってもらうって……。私と殿様を解放してくれなかったの」
殿様の容態が心配で、一刻も早く自由にして欲しかったのに叶わなくて、芽生は細波の言葉に絶望させられたのだ。
芽生が吐息交じりにそう告げたら、「だろうな」と京介が首肯する。
(京ちゃん、どうして細波さんの意図が分かるみたいな物言いをするの?)
わけが分からなくて芽生が京介をじっと見つめたら、
「今から田畑栄蔵ん所へ行くぞ」
とか。京介がこれまた芽生には予期せぬことを言ってくるから、芽生はますます混乱してしまった。
だってそれは、この町が誇る大企業『さかえグループ』の社長の名前だったからだ。
確か栄蔵は体調が余り芳しくないように報じられていたのを、佐山が自分の送迎に使う車へ持ち込んでいた新聞でちらりと見て、芽生も知っている。
その彼が入院しているのが、いま芽生たちが向かっているタバタ総合病院ということだろうか。
名前からも分かるように、その病院もさかえグループの尽力で出来たものだから、栄蔵が入院していても何ら不思議ではない。
(もしかして、京ちゃん、社長の遠縁にあたる細波さんが不祥事を起こしたから、その責任を問うために田畑社長の元へ向かおうとしてる……?)
ふとそう思った芽生は、隣に座る京介の手をぎゅっと握った。
「京ちゃん、細波さんのこと、田畑社長に言おうとしてるの?」
栄蔵が元気な状態なら社長として、また遠縁とは言え身内として、細波の不始末の責任を田畑栄蔵に問うことは、正しい在り方なのだろう。
でも――。
「田畑社長、体調良くないって新聞で見たよ?」
具合を悪くして入院している人間に、そういうことを伝えるのは、芽生にはとても酷なことに思えた。
「あ? 死にかけてようがなんだろーが、意識がしっかりしていて話が出来る状態なら伝えなきゃなんねぇことだろぉーがよ」
だが、京介はさらりとそう言ってのける。
「けど、京ちゃん……」
そんな京介にさらに言い募ろうとした芽生だったのだが、京介が
「ま、黙って俺について来いや、芽生。俺だって何も地元の名士を取って食おうってわけじゃねぇ」
鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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そんな風に言って、芽生をじっと見つめて続けるのだ。
「なぁ、芽生。そんなに俺が信じらんねぇか?」
今から結婚しようという相手のことを信頼出来ないのか? と言外に含まされているようで、芽生はフルフルと首を横に振らずにはいられない。
「悪いようにゃしねぇから安心しろ。っていうかむしろ――」
そこで芽生の肩をグイッと自分の方へ引き寄せると、京介は何か言いたげに芽生を抱く手指にほんの一瞬だけ力を込めた。けれど、それ以上何も言ってはくれなかった。
***
てっきり大会社の社長さんともなれば、セキュリティが高くて、見舞いに行ったからといって、そう易々と会うことは叶わないと思っていた芽生である。
実際、京介に連れられて上がった最上階の特別室前にはボディーガードと思しきスーツ姿の屈強な男性が二人、ドア前を塞ぐみたいに立っていた。
なのに――。
京介と連れ立って廊下を歩いてくる芽生を認めるなり、彼らはスッと横へ避けると、何の迷いもなく自分たちに道をあけるのだ。
その様に芽生が戸惑っているうちに、京介が「行くぞ」と芽生の手を引いて病室のドアをノックしてしまう。
「どうぞ」
中からそんな声が返るなり、京介がなんの躊躇いもなくクリーム色のスライドドアを引き開けるから、芽生はたじたじだ。
「あ、あの京ちゃっ……」
それだけならまだしも、今まで京介の背後へ隠れるように付き従っていた芽生の手をグイッと引いて、自分の前へ押し出してくるから。
芽生としては予期せぬことの連続に、半ばつんのめるようにして病室へ足を踏み入れた。
芽生が京介の暴挙に非難がましく背後を振り返るより早く、
「もしかして……キミが神田芽生さん?」
電動ベッド上で上半身を起こしてこちらを見つめている老人――田畑栄蔵から声をかけられた。
頭には白いものが多いし、入院中だからだろう。
目の前の老人は、普段メディアで慣れ親しんできた田畑栄蔵より鋭さに欠けているように見えた。
けれど、目の前の彼は少なくとも先日新聞で読んだ記事の内容ほど容体が悪いようにも感じられなくて、芽生はキョトンとしてしまう。
何の心の準備も出来ていないまま、存外間近で大物との邂逅を果たしてしまったのだから仕方ないのだが、投げかけられた質問になかなか答えようとしない芽生を訝るように、京介がポンっと軽く芽生の背中へ触れる。
その感触にハッとしたように芽生が「あ、はいっ。神田芽生です」と背筋を伸ばしたら、栄蔵が大きく瞳を見開くように芽生をじっと見つめながら手招きをした。
その仕草に、自分のような地位も名誉もない小娘が、おいそれと栄蔵へ近付いていいものか分からなくて、助けを求めるみたいに京介を振り返ったら、そっと背中を押されて、『行け』と促される。
なのに京介自身は、誘われるまま栄蔵の方へと進む芽生のそばへ寄り添ってはくれないのだ。そのことが、芽生にはこの上なく心細かった。
「ほら。こっちへ来て、わたしにしっかり顔を見せて?」
なのに恐る恐る近付いた芽生に、栄蔵は何故かとても愛しい者を見るかのような柔らかな眼差しを向けてくるから、芽生はわけが分からなくて戸惑ってしまう。
「あ、あの……田畑さん、私……」
どう反応したらいいのか分からなくて眼前の優しげな老人にしどろもどろで呼び掛けたら、「おじいちゃん、って呼んでみてくれないだろうか?」って、どういう意味だろう?
「えっと、あの……、でも、私……そんな」
確かに芽生にとって田畑栄蔵は祖父くらいの年齢差がある。
だからと言って、『はい、分かりました!』と大会社の社長様をそんなに気安く〝おじいちゃん〟認定出来るはずがない。
戸惑う芽生をじっと見つめた栄蔵が、不意に芽生の背後――京介を視界におさめて口を開いた。
「そこの御仁。確か……相良さん、と言ったかな?」
「ああ」
「もしかして、まだこの子には何も……?」
「お察しの通り何も話してねぇよ。俺から言うよか、あんた自身の口から伝えてぇだろ」
「あ、あの……京ちゃん、それってどういう……」
芽生を真ん中に挟んで交わされる男性二人の会話に、芽生が我慢できなくなって口を挟んだら、田畑栄蔵が畏まったみたいに「神田芽生さん」と呼び掛けてきた。
その声は別に大声を張り上げたとかそういうわけじゃなかったけれど、しんとした室内をビリビリと震わせるような重低音で……これが大会社を率いる統率者の声なんだと実感させられた芽生である。
そんな声音に京介から引き剥がすように視線を攫われた芽生をじっと見つめて栄蔵が続けるのだ。
「キミはわたしの息子――田畑栄一郎の忘れ形見なんだよ」
***
栄蔵は、跡取り息子の栄一郎に、仕事上のパートナーとしても有益な、申し分のない良家の御令嬢を……と考えていた。
栄蔵の妻である幼なじみの澪は、産後の肥立が悪く、栄一郎を産んですぐこの世を去った。澪を心底愛していた栄蔵は後添いを求めるつもりもなかったから、自分の血を引く人間は栄一郎ただ一人だと心に定めた。そんな大事な一粒種の息子に、栄蔵は専属の乳母――奈央子を付けて世話をさせた。
奈央子には栄一郎と同い年の娘・沙奈がいて、母乳が潤沢に出ることが採用の決め手だった。栄一郎は奈央子の実子・沙奈と一緒に、乳母の乳を飲んで大きくなったのだ。
栄一郎は早くに実母を亡くしていたからか、最初から色々と諦めているみたいにとても従順な子で、父親である栄蔵の言うことに刃向かったことなど一度もない。
だから婚姻話についても、なんの迷いもなく従うものだと思っていた栄蔵である。
だが、栄一郎は一緒に育った奈央子の娘・沙奈にいたくご執心で、初めて栄蔵の言うことに背き、政略結婚を頑なに拒んだ。沙奈と一緒になることだけは、どうしても譲れないと言い張る息子に、栄蔵は奈央子ともども沙奈を栄一郎から引き離した。
それから程なくしてのことだった。栄一郎が泥酔した状態で川へ飛び込み、呆気なく死んでしまったのは――。
当然栄蔵が用意周到に根回ししていた御令嬢との婚姻話は立ち消え、栄一郎の不慮の事故死についても自殺ではないかと実しやかな噂が立った。
栄蔵は息子の死から十数年後、失った栄一郎の代わり。遠縁にあたる細波鳴矢が大学を卒業するのを待って、社長付きの人間として己のそばへ置き、後継者として育て始めた。
鳴矢は従妹――鳴海の息子で、栄一郎の葬儀に参列して以来、やたらと『息子を栄一郎くんの代わりに』と推してきていた。
栄蔵は、鳴海が旦那との離婚後、女手一つで鳴矢を育ててきたことを知っていたし、全く血の繋がりがない人間よりは……と鳴矢を採用してみたのだが、どういう育ち方をしてきたのだろう。鳴矢はどうにも成金趣味で品がなかった。
血縁にこだわるよりも、実力のある人間を社内から選出した方がいいかも知れないと思い始めた頃、栄蔵に肺癌が見つかった。
幸いステージⅠで、他への転移も見られなかった。手術で綺麗に病巣の切除も出来たのだが、今まで病気知らずで『さかえグループ』発展のために邁進してきた田畑栄蔵の入院を、地元メディアが実際より大袈裟に騒ぎ立ててしまう。
芽生が読んだ新聞記事もそんな感じでかなり尾鰭がついたものだった。実際栄蔵はすっかり回復していたのだが、あえて入院を続けていて、ここ数ヶ月で報じられた記事の大半は、実は意図的にさかえグループによって操作された情報でもあった。
「わたしが死にかけている、となった時に社内の人間がどう動くのか、興味があってね」
今まで重鎮としてさかえグループに君臨していた栄蔵が死に掛けているとなったら、社員らの本性が出るだろう。
院内でできる限りの仕事をこなしつつ、信頼のおける秘書のひとりから逐一社内の人間たちの動きについての報告を受けていた栄蔵だったのだが、社員らの動向調査のためにやった自分の命に関する情報操作が、ある日全く予期せぬ方向からの連絡をもたらした。
そこまで一気に話した栄蔵が、目の前に立つ芽生を静かに見つめてきた。
コメント
2件
めいちゃん、ご令嬢だったー!
な、なるほど——!!ついに田畑社長と芽生の関係が明かされたんですね。栄一郎さんの忘れ形見って……伏線が一気に回収された感じです。京介が芽生を「悪いようにはしない」って言ってたのも、ちゃんと意味があったんですね。それに、細波が芽生を解放しなかった理由も、後継者争いとか絡んでるのかな?続きがすごく気になります。鷹槻れんさんの構成力、今回も見事でした!