幸せな日々が続いた。忙しさは相変わらずだったが、あの曲を演奏する、という目標ができた俺はやみくもにキーボードを弾いて練習していた頃と違い、明確に今自分に必要なスキルを意識して練習することができるようになっていった。自分でも分かるくらい上達していき、メンバーや周りも褒めてくれた。
夜も、シュンが隣にいてくれれば不思議とよく眠ることができた。片時も離れていることが惜しくて、最初は互いの家を行き来していたが、だんだんとシュンが俺の家に長くいることが増え、半同棲のようになっていった。シュンの作るご飯はどれもおいしくて、俺はいくら食べても太らない体質が自慢だったのに3キロも太った。そのことを言ったら
「涼ちゃんは瘦せすぎだしちょうどいいよ」
と笑われた。
「ちょっとお肉ついたほうが抱き心地もいいし」
「な、なんてこというんだよ変態ー!」
「なになに、普通にハグするときの話だって……うわちょっとクッションで殴るの禁止!」
呼び方もこの頃に変わった。
「二人でいるときは、名前で呼んでよ」
という彼に
「いいの?」
と俺は首を傾げた。俺と同じ5月生まれの彼が「春に生まれたから」という理由だけでつけられた自分の名前を好きじゃないことを知っていたからだ。しかし彼は、うん、と頷く。
「俺たちが仲良くなったきっかけもさ、お互い名前が女の子みたいだし読み間違われることも多いよねって話だったじゃん。そう思ったらこの名前でよかったかもな、って思えたんだよ……だから涼ちゃんは俺のこと名前で呼んで」
「わかった……シュン」
シュンはうれしそうに微笑む。俺はそれをすごくきれいだ、と思う。彼は適当につけられたと嫌がっていたが、春の花のように美しい彼を見ていると、その名前がピッタリなんじゃないかとも思えてくる。それを伝えると、彼はなんだよそれ、と照れ臭そうに笑った。
「涼架」
彼も俺の名を呼ぶ。俺たちは唇を重ね合う。こんなに幸せでいいんだろうかって少し怖くなってしまうくらい。もしかして自分は、あの熱中症に倒れた日からずっと、実は夢を見ているのかもしれない、なんて馬鹿げたことを考えてしまうくらい幸福な日々だった。
月日は飛ぶように流れていった。お披露目ライブで感じた感動は今でも忘れられない。人前で演奏することがあんなに楽しくて心地の良いものだとは思わなかった。直前まで緊張でお腹が痛くなってしまっていた俺も、明るい光の中で歓声に包まれて、紡ぐ音はひとつになって、こちらが放った音にオーディエンスが反応を返してくれる、あのなんともいえない快感に、ライブ中は緊張など不思議なくらいに消し飛んでしまった。当初はカバー曲だけをやろうという話だったのだが、夏休みに入る直前にシュンが作詞作曲をしていることをほかのメンバーにも話したのがきっかけで、1曲そこまで複雑ではないものでオリジナル曲を入れたのだ。これが功を奏した。シンプルだが完成度が高く、詩も共感性の高いもののため、その場にいた多くの観客の心を奪った。
この時のライブで話題をかっさらった俺たちのバンドは合同ライブや学内ライブだけでなく、外部からも声をかけられるようになり、ライブハウスにもゲストや対バンなどで呼ばれるまでになった。自分たちから積極的に売り込んでいっているわけでもないのに、こうしてどんどん声がかかることは非常に稀なことらしかった。シュンは忙しい毎日で一体どこにそんな余裕があるのかと不思議なくらいたくさんの曲を書いた。そのどれもが俺たちを魅了し、それがメンバーのモチベーションともなって周囲にも驚かれるレベルで精力的に活動に打ち込んでいった。学業との両立はなかなか苦しいものもあったけれど、いつも隣にはシュンがいて、それだけで俺は不思議と何でもできるような気がしてしまうのだった。
もちろんすべてがすべて順調だったわけじゃない。周囲から「正反対」とも称される俺たちは、些細なことでぶつかることも多かった。
「涼架、また服脱ぎっぱなし」
「あー、ごめん、後で片付けようと思ってたんだよ~」
「そう言ってこの間も結局置いたままだったろ、洗濯機に入れたの俺だからな」
身の回りの整理をきちんとするタイプのシュン、片付けが苦手な俺。
「シュン!既読つけたならなんかレスしてよー!見るのも遅いし心配になるじゃん」
「え、ごめん、でもなんか返さなきゃいけないような内容だっけ」
「了解とかのスタンプだけでもいいの、こういうのは~」
どうでもいいようなこともつい連絡しがちな俺、必要最低限の連絡しかしないシュン。
お酒が好きでよく飲み会に参加する俺はフラフラになって帰ってきて、お酒が苦手でほぼ飲まないシュンに介抱してもらい翌日小言を言われることもあった。音楽関係の知り合いから、シュンに送った連絡が返ってこないとかいう苦情を受けたり、彼の態度が原因で周囲に与えた誤解を解いてまわったりするのは俺で、そんな時今度小言を言うのは俺の番だった。そういうことが原因となって俺たちは小さな喧嘩をすることもあったが、だいたいはその日のうちに仲直りをするようにしていた。翌朝の「おはよう」が笑い合って言えるように。しっかりと話し合って取り決めたことではないけれど、それがいつの間にか俺たちの間にルールとして存在するようになっていった。
コメント
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幸せそうな涼ちゃんに心がほっこりしつつも、今後の展開やもっくんのことを思うと苦しさもあって、、、 相変わらず物語にひきこむのがうますぎる~!
ふぅぅぅぅあ涼ちゃんとシュンのペアもすんごく好きだけど元貴とのペアもだいちゅきなんだよなぁァァァ😘
心が苦しくなってくるけど、涼ちゃんにとっては幸せだったんだろうな…最後はもっくんと結ばれて欲しいけどやっぱり少し心苦しい…こんな感情が混ざって結局は楽しみなんですけどもね、😅