テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
餡蜜
93
秀明塾の談話室に戻ると、部屋の中はすでに異様な熱気に包まれていた。
「遅い! 遅すぎるぞ、お前ら! この俺をどれだけ待たせるんだ!」
お気に入りのジャケットの襟を正しながら、机を叩いて憤慨していたのは、もちろんリーダーの若武和臣だ。
さらさらの髪を激しく上下させ、傲慢な態度で私たちを睨みつけているけれど、その目には切迫した光がある。
「若武、うるさい。声のボリュームを考えろ」
上杉和典がぶっきらぼうに言いながら、レンズのない伊達眼鏡をクイッと直した。
「うるさいとは何だ、上杉! 状況は一刻を争うんだ。小塚が見つけた、あのサンプルの分析データ……あれが何を示しているか、お前らには分からないのか!?」
「まあまあ、若武落ち着いてよ。みんなちゃんと戻ってきたんだから」
小塚和彦くんが、そばかすのある顔をおろおろとさせながら、叔母さんたちのお手製クッキーのタッパーを抱えて若武をなだめている。
私は若武の前にノートを広げ、ペンを構えた。
「ごめんなさい、若武。お待たせ。……それで、新しい事件って?」
私が尋ねると、若武はフンと鼻を鳴らし、一枚の不気味な暗号状のマップを机に広げた。
「浜田川の上流、神社の裏手にある古い磐座(いわくら)周辺で、奇妙な無線の混信が多発している。小塚の地質分析によると、そこには古い時代の、特殊な鉱物の電磁波が絡んでいるらしいんだ」
「それ、事件なの?あ、でも…」
私の隣にすっと並んだのは、美門翼だった。
クローバーのように綺麗な、グローバルな血筋を引く端正な顔立ち。翼は一度覚えたことは絶対に忘れない驚異的な記憶力で、マップの地形をじっと見つめた。
「俺の記憶が確かなら、その神社周辺は、戦国時代に隠密組織が連絡用に使っていたとされるルートと一致する。何か関係があるかもしれない。」
「へえ……すごいね翼、さすが。」
私がほめると、翼は嬉しそうに、私の肩にそっと手を置いた。
「おい、美門。立花にベタベタ触るな。」
上杉くんが鋭い眼光を飛ばす。向けられてるのは翼なのに私の方が震えてしまいそうな冷たさだ。
「いいじゃないか、上杉。俺とアーヤは『心の友』なんだからさ」
翼は微笑みを崩さない。翼と上杉くん、二人の視線がバチバチと火花を散らす。
「その無線なら、今解析中」
忍がノートパソコンを叩いた。中央が紫に染まった菫色の瞳が、画面の光を反射して怪しげに光る。
「若武が言ってる混信、これ、古い神道の祝詞をベースにした暗号だ。俺の実家がある鳥羽の古い伝承にも似たようなのがある。……よっし、任せろ! この暗号、俺がといてみせる!」
忍はニカッと男の子らしく笑い、目にも留まらぬ速さでキーボードの上で指を躍らせた。普段は見せない、この天然さとカッコよさのギャップ。
「忍、すごい……! 」
私が感動して言うと、忍はキーボードを叩きながら、少し照れくさそうに「立花、お前も早く記録の準備しろよ」と呟いた。
そんな騒がしい仲間たちの輪から、黒木くんだけは、やはり一歩引いた場所に立っていた。
「……その無線を使っているやつが必ずいるはずだ。七鬼がその暗号を解くなら、俺はそいつを探そう。俺のインフォーマントの網なら、浜田川周辺の不審な動きはすぐに掴める」
その顔は、さっきアンティークショップで私を強く抱きしめ、『世界中で、お前しかいないんだ』と震える声で告白したあの少年とは、まるで別人のように完璧な紳士に戻っていた。
だけど、私と黒木くんの視線が、一瞬だけ重なった。
(黒木くん……)
彼は、みんなに自分の恐ろしい孤独を隠し、KZの優秀なメンバーとして振る舞っている。
上杉くんも、若武も、小塚くんも、翼も、忍も、みんな黒木くんを信頼している。だけど、彼の本当の正体を知っているのは、世界中で私だけ。
その「秘密」の重さに、私の胸は苦しくなるほど締め付けられた。
「よし! 作戦開始だ! KZの総力をもって、この事件を解決するぞ!」
若武の号令が響く。
私はペンを握り直し、ノートに文字を書き始めた。
黒木くんの闇、そして彼への切ない想いを胸に秘めたまま、私はこの大好きな男の子たちと共に、新しい事件の渦中へと飛び込んでいくのだった。
コメント
1件
第4話、一気に読んだよ!若武の熱血ぶり、翼と上杉の火花、そして黒木くんのギャップ…もうたまらなかった💘 みんなの個性がぶつかり合う中で、アーヤだけが黒木くんの本当の姿を知ってるっていう秘密の重みが切なくて。忍くんが「任せろ!」って暗号解き始めるところ、一気に心持ってかれたよ…。次が気になりすぎる!✨