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放課後。
旧校舎の端の教室には、誰もいなかった。
窓の外では、運動部の声が響いている。
笑い声。笛の音。グラウンドを走る足音。
それも、少しずつ遠ざかっていく。
なつは一番後ろの席に座り、頬杖をついていた。
机の上には、開いた教科書。
時計を見る。
18時を少し過ぎていた。
そろそろ帰らなければならない。
そう思ってから、なつはしばらく動かなかった。
帰る場所が嫌いだった。
だからといって、学校に残っていたいわけでもない。
ただ、家に帰る時間を少しでも遅らせたかった。
窓の外がだんだん暗くなっていく。
なつはようやく教科書を閉じた。
鞄を持って、椅子を引く。
廊下に出る。
曲がり角まで歩いたところで、向こうから誰かが歩いてきた。
男子だった。
少しだけ無造作な格好。
俯き気味に歩いていた顔が上がる。
一瞬、目が合った。
どちらも何も言わず、すれ違った。
なつは振り返らなかった。
そのまま階段を下りた。
その日のことは、それで終わった。
◇
次の日の放課後。
なつは、また旧校舎の教室に残っていた。
昨日と同じ席。
昨日と同じ時間。
机に頬をつけて、ぼんやり窓の外を見る。
空は薄い橙色だった。
しばらくして、教室の扉が開いた。
なつが顔を上げる。
昨日、廊下ですれ違った男子だった。
彼も一瞬だけなつを見る。
けれど、何も言わない。
そのまま教室の中へ入ってきた。
窓際まで歩いていく。
鞄を床に置いて、窓の外を見上げた。
なつは体を起こさないまま、その様子を眺めていた。
何をしているんだろう。
男は、ずっと空を見ていた。
夕方の空には、まだ星なんて見えない。
それでも、飽きることなく見上げている。
なつは視線を教科書へ戻した。
変な奴。
少しして、廊下から声が聞こえた。
「あいつさ、まじで……」
「もういいよ、明日でいいだろ」
「でもさ……」
誰かの足音が近づいて、遠ざかる。
彼は振り返らなかった。
なつは何となく耳を澄ませていた。
そういえば。
彼のことを、みんな避けている。
名前までは知らない。
けれど、教室でも廊下でも、誰かと話しているところを見たことがなかった。
なつ自身も、似たようなものだった。
だからといって、話しかけようとは思わなかった。
男はまだ空を見ている。
なつは時計を見る。
もう少しだけ。
そう思って、また机に伏せた。
◇
三日目。
委員会で遅くなったなつは、6時頃に教室に入った。
もう先客がいた。
窓際。
昨日と同じ場所。
彼は椅子に座っていた。
窓の外を見ている。
なつは自分の席に鞄を置いた。
彼はちらりとこちらを見る。
今度は、なつも目を逸らさなかった。
「……いつもいるよな」
先に口を開いたのは、なつだった。
「そっちも」
「俺は暇だから」
「俺も」
なつは椅子に座る。
彼はまた窓の外を見る。
しばらくして、なつが聞いた。
「名前、何」
「……いるま」
「いるま」
「うん」
「俺、なつ」
「……なつ」
互いに名前を口にしただけだった。
なつは机の上に頬杖をつく。
いるまはまた空を見ている。
その横顔を何気なく見ていて、ふと気づいた。
制服の袖。
少しだけ上がった隙間から、青紫色の痣が覗いている。
なつの視線に気づいたのか、いるまが袖を引いた。
何も言わない。
なつも何も聞かなかった。
窓の外が、少しずつ暗くなっていく。
教室には二人しかいない。
会話は続かなかった。
けれど、今日は昨日までとは少し違う気がした。
コメント
1件
茜音さん、第2話読んだよ〜。 静かな空気感がすごく良かった。なつといるま、お互い「帰る場所がない」感じがにじんでて、でも無理に踏み込まない距離感がリアルだった。制服の袖から見えた痣のシーン、何も聞かないなつの判断、すごく好き。あの沈黙が二人を少しだけ近づけたんだなって思う。続きが気になるし、この二人がどう変わっていくのか見守りたい。これからも楽しみにしてる🔥