夏の暑い日に、好きだった少女に振られた。
振られたと言うより諦めさせられた。 ふと、彼女の会話を聞いてしまったから。
私(花恋)はある少女に恋をした。 とは言っても未だ厳しい視線を向けられる同性愛を周りに言える訳もなく、この思いはずっと心に秘めて誰にも明かさずにきた。
それでも同性愛の話題は出てくるもので、放課後学校に忘れ物を取りに行った時のこと、その少女(ここからはAさん)と友達が話しているのをうっかり聞いてしてしまったのだ。 そういえば今日の保健の授業でそんな話をしていた気がする。寝ていたからよく覚えていないけれど。Aさんの意見は「同性愛なんて気持ち悪い」だった。
なぜ聞いてしまったのか、気分がどん底に落ちるほど後悔した。初恋はこうもあっけなく消えるものなのだとは思いもしなかった。どこかでもしかしたら叶うのではと期待していたのかもしれない。 同性愛に興味が無い、考えたことがないだけなら良かったのに、こんなに傷つかなかったのに…
自分の恋は絶対に叶わないと悟ってしまった。
これからの自分の恋愛を否定された気さえした。目の前がどんどん霞んでいく、もう上手く立っていられなかった。
私は次の日、A子さんに会いたくなくて学校を休み一日中泣いていた。
それからというもの、私は何も考えられていない、授業も上の空、友達との会話もよく覚えていない。
そこから私の思考回路が回り出すのは友人である愛華に相談してからだった。
愛華は小学校からの仲で親友。 ずっと一緒にいるいわゆる幼なじみだ。 彼女は多様性という言葉に関心があるらしいし、相談相手としてはこの上なく良い存在だった。少しだけ…愚痴を聞いて欲しかった。
ここはカラオケの個室、私たち以外には誰もいない。
「ねぇ愛華…」「ん?、なぁに?」
すぐに返事が返ってくるのが今は何よりも嬉しかった。今は愛華に甘えたい。
「私さ、好きになった子がいるんだけどさ」
そこまで言ってから、どっと全てが溢れ出してきたかのように号泣してしまった。愛華はずっと、嗚咽の混じった私の話を頷きながら聞いていた。初恋のことも、否定されたと感じたことも、自分事のように…
「ごめんね~、こんななっちゃって…」
話し終わる頃には、私は目どころか顔まで真っ赤になってしまっていた。しかし、ここまで来たものの親友に心配はさせたくないと全力の作り笑いをする。
「全然良いよ。花恋、あんまし自分の話してくれないしさ」
今も無理に笑ってるでしょ?と続けられた言葉に
私の事を見透かすような瞳に動揺を隠せない。
「まだ本当に振られた訳じゃないし、みんながそうって訳じゃ…」
「女の子同士なのに、認められるワケないじゃん!!」
悲痛な叫びだった。
それなのに愛華は、どうして優しい微笑みをしているのか…理解できなかった
「だってさ、それくらい真剣なんでしょ?すごいよ」
そんな、簡単な問題じゃ…ないのに…。そんなことをしている間に校則にある門限は過ぎて決まっていた。
「そろそろ帰らなきゃね、怒られちゃう」
そう笑ってくれているのに、どうにも上手く返せない。
私たちは黙ったまま解散した。明日に迫り来る出来事にも気付かずに。
カラオケに行った次の日の昼休み、愛華とお弁当を食べようとしていた時のことだった。ふと、A子さんを見つけた。顔立ちの良い男子に告白されていた。見ていられなくて愛華を連れてそそくさと教室に戻ってしまい、A子さんがどう答えたのか聞けなかった。とりあえず、今は愛華と雑談でもしないと気が休まらなかった。
昼休みの終わりごろ、噂好きのクラスメイトが教室に駆け込んできた。その子いわく「A子さんとどこかのクラスの男子が付き合った」とのこと。
やっぱりそうだよねとしか思わなかった。同性は嫌、付き合うのは異性がいい。当たり前のことで、いつになってもこの考え方は抜けないのかもしれない。
「花恋……?」
愛華の声がどうしても遠く感じる。教室なのに泣いてしまいそうだった。
「愛華…今日もカラオケ、行こ?」
うんと優しく微笑み返す愛華のことを、どうしてか真っ直ぐ見ることが出来なかった。
放課後、夏だからかまだ日は高い。絶好の遊び日和だ。なのに、テンションが上がらないのはいつぶりか…。
「思いっきりはっちゃけよ!!」と笑いかけてくれる愛華の存在がこの上なく嬉しい。
「そんでさ、本題なんだけどさ」
まさか、愛華から切り出してくれるとは、
「まだA子さんのこと好きなの?」
「っえ?」
好き……だけど
「だからこそ純粋に応援しなきゃって…」
叶わなかったとはいえ好きだと思った相手の恋愛だ。応援したいとも思うし、第1好きだからって相手の恋愛の邪魔になってはいけない。
「そっか、花恋は優しいね」
そうだろうか…付き合ったとわかった時の私の反応は、この上なく醜くかったと思う。
「別にみんながみんな同性愛嫌って訳じゃないでしょ?」
「でも…」
割合としてはまだ少ないし…理解だって
「私みたいに多様性に理解ありだって子もいるだろうし、ね?」
否定されたって感じても諦めちゃだめだよ、絶対
「そう…かな」
「そうだよ!!」
また恋愛探そ?そう言ってくれる愛華がとても綺麗で、好きだなと思ってしまった。恋愛対象として見られる可能性を知りながらも一緒にいてくれる愛華にそんな目を向けていいのか。考えていると、この好きは恋愛なのか友情なのかすらもう全く分からなくなってしまった。
それから愛華と熱唱したり雑談をして、門限ギリギリまで楽しんだ。心の穴を一時的に埋めるように。
どうにか気分を立て直して今日も学校に来た。
愛華は…誰かと話している。
「あ、花恋じゃん、やっほー!」
相変わらず元気だ
「やほ、この人は?」
「部活の先輩だよ、オタ友(オタク友達)なんだ」こんにちはと爽やかに挨拶する彼は、分かりやすく言うとモテそうな印象の良い人物だった。
「仲良いね」「オタ友ですから!」なんだかとても羨ましい。愛華もいい笑顔で…?少しだけ、ずるい。
「どうしたの?花恋」なんでもないと否定するが内心は焦っている。本当にどうしたんだろう。自分の気持ちがわからない。好き、なのだろうか…愛華の事を?わからない、困惑を隠すように足早に別れてきてしまった。
「……え?」
その先にいたのは、
「A子さん…と」例の告白した男子だった。
「…最悪」口に出てしまっているが許して欲しい。とにかく早くその場を通り過ぎたい。
A子さんと男子は見たこともない、とても幸せそうな笑顔だった。
「私には、A子さんのあんな笑顔引き出せないな…」そう言って苦笑い自分が好きになれなかった。応援したいと言ったばっかりなのに、どうしても悲しくなって泣きたくなるから。
チャイムの音がして、ようやく思考の海から脱する。早く、教室へ戻らなければ。A子さんと愛華のいる教室へ。
なんだか授業がいつもよりも長く感じる。やっと休み時間だと中庭を覗いているとまた、A子さんとあの男子を見つけてしまった…。なんでこんな時にだけ見つけてしまうのだろうか。「…あ、」ふと目を逸らすと愛華がオタ友の先輩と仲良さげに話していた。「っ…なんで?」どうしてかもやもやする。そんなわけないよね?と目を瞑っていても、どんどん明確になっていくこの気持ちを、どうすればいいのか分からない。愛華は私の親友で幼なじみだ。でも、私の気持ちを〈真剣〉〈すごい〉と言ってくれた。……そっか、やっぱり私は愛華が好きなんだとやっと否定していた気持ちを自覚した。
これからどうやって愛華に接したらいいのだろうか。授業の開始を知らせるチャイムの音が聞こえる、戻らなければ。
結局放課後になるまで愛華に話しかけるどころか顔すら合わせられなかった。
「ねえ、愛華」 「ん?なあに?」私の気持ちを知らないで気楽に話してくれる愛華が好きだ。相談に乗ってくれる愛華が好きだ。今までずっと一緒に居てくれた愛華が好きだ。1度自覚しただけでもう溢れ出てきて止まらない。人を好きになるってだけで幸せだ。だからこそその気持ちが報われずに壊れるのがとても怖い。だから楽しくて難しい。
「ねぇ、また二人でカラオケ行こ?」
「もっちろん!!」笑顔が眩しい。一緒にいるだけで私まで笑顔になってしまう。
確かに行こうと行ったけれども。今日カラオケに行くことになるとは思わなかった。2人っきりになるのがまさか好きだと自覚した日になるなんて…!
「んで、どうしたの?」にっこりと笑う彼女は、とても綺麗だった。フィルターでもかかったのではないかと言うくらい意識してしまう。やっぱり恋ってすごいなと1人感心してしまった。黙っていたら
「花恋、また何かあったの?」心配されてしまった。あなたの事で悩んでいるんです!とは到底言えなかった。
「実は今日、A子さんとあの男子を見かけちゃってさ」また泣きたくなった、とは言いたくなかった。なのに「それは悲しいわ、大丈夫大丈夫!それが恋でしょ?」愛華は全て見透かしてくる。
「そ、そういえば愛華って本当に先輩と仲良いんだね!」いたたまれなくなって話題を変えたが、声が裏返ってしまった。
「うん?まあオタク談義に火がついてしまいまして」不思議そうにしながらも首裏をかいて笑っているら大丈夫そうだ。でも少しだけもやもやする。
「友達…なの?」聞いてしまった、訳の分からないことを。 「うん?そうだけど…もしかして先輩の事好きとか?」とりあえず、のノリで聞かれた。そうじゃない、そうじゃないよ。「ただの友達だよ」と繰り返す愛華を見て、本当だと確信する。すこしホッとした。「別に好きなわけじゃないよ」と反応するのも忘れずに、そっか~と笑いながらドリンクを飲む彼女の表情は今まで見たことがないような気がした。「愛華?どうしたの?」「え!?なんでもないよ」少し上の空の彼女に疑問を抱きながらも今日は解散することになった。
もう、学校に行くのが憂鬱だった。愛華が好きとわかった。でも失恋したばっかりで他の人を好きになってもいいのかとずっと考えてしまう。
「もしかしたら外にでも、」いないかなと窓を覗いていたら偶然、独りでいる愛華を見つけてしまった。これは行くしかない。
「ぁ、愛華!」「花恋じゃーん!どしたの?」
笑いかけてくる愛華を見て1つ、心の中で強く決心する。
「今日さ、女子会しない?私の家でさ」声がどんどん小さくなっていくのが自分でもわかった。
でも、行動しないとダメだ。何もしないで失恋なんてもう経験したくない。振られるなら自分から言って振られたい。緊張する私に気付いたのか気付いていないのか、
「んー、いいね行く行く!」と呑気に返事する愛華にとても救われた。今日は私にとって本当に大事な日だ。
長い授業が終わり、帰りの時間になった。 愛華はバイトがあるらしいので夜集合だ。ふぅー。と深呼吸をする。嬉しいし、久々の家での女子会がとても楽しみだ。早く帰って部屋を片付けなければ。
家のチャイムが鳴る。愛華が来た。ついに…
深呼吸してからゆっくりドアを開ける。心臓の音が愛華にも聞こえてるんじゃないかと思うくらいに鳴り響いている。
「どうぞー」どこか棒読みになってしまった。
「お邪魔しま~す」「ぉ、お邪魔されま~す」
これは小学生の時からの恒例行事だ。
自分の部屋に愛華を通す。両親は幼なじみの愛華に挨拶をしていた。親にはもちろん、愛華が好きなことは伝えていない。
「じゃあ私、お菓子とか持ってくるね」
「お待ちしていまーす」と軽く会話しながら部屋を出る。「よし、本気出しますか」誰にも聞こえないように呟き、クッキーを頬張る。美味しい。暗示に近いのかもしれないが、今は心を落ち着かせられるのならなんでもよかった。
「はい、紅茶とクッキーになりま~す。」自然に言えたと思う。多分だけど。愛華もありがと~と微笑んでいる。「この紅茶すっごいいい匂い!」優しい顔だと思ったとたんに子供のように目をキラキラさせる。昔から変わらない。「このクッキー美味しい!!」「実は手作りなんだよ~!」「まじで!?天才!!」喜んでくれて良かった。すこし緊張がほぐれた。もうそろそろ言ってもいいだろう。
「ねぇ、愛華…」「なに?」こちらの緊張を読み取ったのか、安心させるような優しい微笑みで聞き返してくれた。
「その、わ、私愛華の事が好きなの!相談にも乗ってくれて、励ましてくれて、私にすっごく優しくて綺麗で、」そんな愛華が好きなの、ごめんね。とどんどん小さくなる声で付け足してチラリと愛華を見る。愛華はどこか困った顔をしていた。「ぁ、ごめん。嫌…だった?そうだよね、だって私たち幼なじみで…」親友だもんねと続けるはずだった口は、愛華が私の頬を両手で思いきり挟み込んだことで塞がれてしまった。
「なんで…?」「え?」やっぱり嫌がられただろうか「なんでそうやって謝るの?花恋は何も悪いことしてないよね?」「で、でも迷惑じゃ」「迷惑なんかじゃないよ!」食い気味に返されたその言葉は、怒っていながらも温かくて泣きそうになる声だった。「A子さんのことがあったのにこうやって私に頑張って思いを伝えたんだよ?なんで謝るの?」「嫌、じゃない?」「もちろん、嬉しいよ
華恋の事好きかは分からないけど親友で幼なじみとしては大好きだもん!」親友として、幼なじみとして大好き。それは恋愛対象としては見ていないということ。でも…「分からないって?」「私、同性とか異性とか恋愛に関係無いと思ってるの」花恋のこと意識しだしたらわかんないでしょ?
さも全然と言わんばかりの満面の笑みで言われた。「だからさ、花恋が好きにさせて?花恋のこと」これからの私の恋愛は、とても楽しいんだろうなと、そんな予感がした。
ふと窓を見ると、とても綺麗な月が浮かんでいた
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