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四人で会場に戻り、片倉と浅緋は会場内を散策してくると離れて、美冬と槙野はその場に残る。
美冬がちらりと見ると、槙野は頷いてくれた。
そうして杉村と石丸に歩み寄っていく。
二人は槙野を見て緩く頭を下げた。
「杉村さん、石丸さんお久しぶりです。驚かせてしまってすみません」
槙野は笑みを浮かべて二人に挨拶をする。
「槙野さんお久しぶりです。驚きました」
杉村は相変わらず表情は変わらないけれど、怯まずに驚いたと槙野に伝えているところが、彼女らしい。
石丸は口は開かなかったけれど、腕を組んで静かに槙野と美冬を見ていた。
「急だったんですね」
「はい。一目惚れでしたから」
結婚や二人の関係について、どこででも槙野はそうやってキッパリ言ってくれる。
けれど槙野にだけそう言わせるのは美冬は違うのではないかとつい口を挟んでしまう。
誤解はされたくない。
「それだけじゃないわよ、私もそれでいいって思ったの。槙野さんは私のこともきちんと考えてくれるし、おじいちゃんにも気に入られているようだし」
「会長が……」
ミルヴェイユの中での祖父の存在感は大きい。それを聞いて杉村も石丸も口をつぐんでしまった。
会長が認めているのであれば二人に言うことはない。
しかもすでにそこにまで挨拶を終えているとは思わなかった。
石丸はそれにも衝撃をおぼえたようだ。美冬には気付かれないように石丸は槙野にそっと歩み寄る。表情は硬いままだった。
「会長にまでご挨拶されているのなら僕らに言うことはありませんよ。でも、美冬さんのことは社員みんなとても大事に思っているんだ。そこはご理解ください」
槙野は石丸の言葉にも笑顔を返した。
ビジネスマンとしては槙野の方が明らかに分があるのは間違いのないところだった。
「もちろんだ。俺だって美冬を大事に思っている。それに結婚式を挙げる際には、そちらへ負担をかけることになるしな」
「負担?」
槙野のその発言に石丸が首を傾げる。
「美冬がこちらのデザインのウエディングドレスが着たいと言っている。俺も立場があるのでニュースリリースを弊社でも発表予定している」
「あら、そっちでもするの?」
それを聞いて驚く美冬だ。
「ニュースリリースはする予定だ。会見まではしなくてもいいと考えている。ミルヴェイユだけという訳にはいかないだろう」
ミルヴェイユにしてみたら、それだけだってとんでもない宣伝効果だ。
「時期については打ち合わせさせて頂いてもいいですか?」
即座に杉村が反応する。
「では秘書から連絡させましょう」
槙野はそう言って杉村に笑顔を向けた。
杉村と石丸の二人が納得していようがしていまいが話を進めていくことには変わりはない。槙野は美冬の陰になり日向になり助けてくれている。
ミルヴェイユが話題になることは美冬の助けになることでもあるのだ。
──助けられてばかりで本当に悔しいわ。
「美冬」
ひそっと石丸に声を掛けられて美冬は彼に近づく。
「なに?」
「本当に結婚するの?」
「するわよ。みんな喜んでくれてるじゃない。諒は喜んでくれないの?」
「本当なら喜ばなきゃいけないんだろうけど、急すぎる」
そこで石丸は「ただ……」と続けた。
「むっちゃ見てるね」
「そうね」
槙野が二人の方をじっと見ている。
──だから目つきが悪いというのだ。
美冬は怖くはないけれど、石丸は微妙な顔をしていた。
「異性と二人きりになるなって言われてるから」
契約だけども。
石丸から、ははっと笑い声が聞こえた。
「すごいヤキモチやきだな。じゃあ、あまりくっつかないようにする」
そう言って石丸は美冬から距離を取って離れる。
「愛されてんならいい。おめでとう美冬」
「ありがとう」
「なんか美冬の結婚式って華やかになりそうだな。ドレスのデザインは任せてくれるってこと?」
「もちろん! よろしくね」
美冬のドレスのデザインを考えるのは石丸しかいないのだ。
「腕が鳴るなー。あとで槙野さんに予算を相談させてもらおう」
腕をぐるぐる回して嬉しそうにする石丸に、お金に糸目はつけないと思う、とは言えなかった美冬である。
美冬にはメリットばかりのように感じるけれど、果たして槙野にはどうなんだろうかと考えずにはいられない。
その後会社に戻る、と言う槙野をホテルの入口まで送ることにした美冬だ。
ホテルの玄関にはすでに迎えの車が来ていた。
「じゃあ、いってくる」
「ん、いってらっしゃい。あ、祐輔」
呼ばれた槙野は足を止めた。その前に目を伏せた美冬が立つ。
お礼を伝えるのはとても恥ずかしいような気持ちだけれど、今日槙野が来てくれて、話してくれたことで美冬への直接の責めを受けることがなかったのだ。
杉村や石丸も納得せざるを得なかっただろう。
「今日、来てくれてありがとう」
そう言った美冬の手を槙野が取った。
美冬の両手を槙野が握っていて美冬を真っ直ぐに見ている。
「美冬、俺は自分が信頼した人間としか契約は締結しない。それが理由だ」
そうして槙野はくるっと振り返って車に乗って行ってしまった。その後ろ姿の耳の辺りが少し赤かったような気がする。