排水溝から水が逆流してきたような、少し粘りのたる音を立てて、マキの口から赤黒い血があふれた。
ごぽ、ごぽ
マキいわく「剛毛で扱いづらい」眉毛は、もはやボサボサにみだれ、のせた墨は擦れて消えてしまいそうだ。震えながら必死で目のきわにしがみつくまつ毛たち、それらに縁どられた茶色の眼球が私を指すように凝視している。赤い筋が沢山刻まれた白目、それでもマキを美しいと思うのだから、もう病気なのかもしれない。
マキの口元が震えながら開閉している。その度にごぽごぽと、吐き出された血液がその身体を濡らしてゆく。
「なんで?」
こんな声が聞こえてきそうだった。私の愛したその声は少ししゃがれた低めのアルト。しかし、もうその音を聞くことは永遠にないだろう。なぜなら、喉に突き立てられたサバイバルナイフはカーボンスチール製のものを選んだからだ。さすがの切れ味で、すぐにマキの喉元に埋まってくれた。2回目に刺す場所は少し悩んで、鎖骨の上、窪みのある所にした。人を刺すのは初めてだったけれど、手に伝わるブツブツという振動と、肉を割く刃の音が重なって、ひどく奇妙な心地だった。
初めて会った頃からマキは美しかった。彼女は地元の小さな工場の事務員として、働いていた。そして、その場所はマキには全く似合っていなかった。私はその工場の元請けとなる企業の営業をしていた。私のパートナー、アキラと共によくマキの職場に顔を出していたのだ。
「あら」
アキラが顔を出すとマキはいつもその美しい顔を上げ微笑んだ。
「外は暑かったでしょう?」
アキラに話しかける時だけあの声がワントーン上の旋律をなぞる。私には一瞥をくれればいい方だった。それでも、
「マキさん」
私はマキへの愛情を隠したりはしなかった。
「髪色変えたんですね」
「靴、似合ってます」
「今日はいちだんと輝いてますね」
理由をつけてはマキの会社へ足を運び、━━そのほとんどにアキラが着いてきたわけなのだが━━マキに無視されようと、邪険にされようと、話しかけることをやめなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!