テラーノベル
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※捏造しかありません。
※なんでも許せる方向け
冬は冷えますね。夜だって寝れたもんじゃない。
…「言いたいことはあるか」?
そうですね…あ、取り調べ室って案外殺風景なんですね。
もっとカツ丼とか資料とか机に出てるものだと思ってました。
おそらく心理的に追い詰めるためにこんな無機質な感じになってるんでしょうが、犯罪を犯した人間はまるで人間じゃないと言われているみたいに感じます。
…そんな怒らないでください。冗談です。被害者ズラしてるつもりはありません。
俺がここで答えなくとも取り調べは続くのは分かっています。ならゆっくり話しましょう。
「動機は何か」?
…ゆっくり話そうと言ったばかりなのに。
いきなり核心をつく質問をしますね。長く話したいのは俺だけのように感じて少し寂しいです。
刑事さんの言う動機はどっちのことですか?
高校生を誘拐したこと?
その親を殺したこと?
…あぁ、両方ですか。
殺人の動機を話す前に話さなきゃいけないことがいくつかあります。
なのでまずは誘拐の動機から。
動機はシンプルです。
犯行の瞬間を見られたからです。
通報されては困るので、持っていた携帯用スタンガンで気絶させました。
気絶させたあとはそのまま車に乗せて…
え?そこは既に分かってる?
…なら省きます。
車に乗せてからは自身の家に連れていきました。
マンションでしたので、怪しまれないようにスーツケースに入れて持っていきました。高校生といえど小柄な子だったので、案外すんなりと入ってくれました。
マンションの監視カメラの映像に運んでいる様子が映ってるのではないでしょうか。
ちょうど家に連れてきて2時間後ぐらいです。確か時刻は20時くらいだったかと。
スーツケースから出してベッドに寝かせていた少年が目を覚ましました。
目が合うなり、少年は大声をあげて泣きだしました。
高校生らしくない…というには誘拐された経験がないので分かりませんが、年齢に見合わない泣き声だったのをよく覚えています。
あまりにうるさかったので頬に平手打ちをしました。
…ええ、3発ほど。
人間は不思議なもので、叩いたらすぐに少年は静かになりました。
これだけすぐに静かになるなら、暴力で人を支配しようとする人間が現れるのも頷けますね。
あまりあって欲しくない人間の機能だと思います。
泣き声は上げなくなったものの、時折漏れる嗚咽が不快だったので、自身の寝室に押し込みました。
窓はありましたが、6階でしたので逃げ出すことはできません。
…まともな考えじゃない?
まともな親に育てられてませんからね。
…ねぇ、刑事さん。
なんでこの世に不快なニンゲンがいると思いますか?
常識が通じない、話が通じない、自己中心的な考え…人を不快にさせるのに特化したニンゲンってこの世の中にはたくさんいますよね。
…え?俺もその内のひとり?
……ご冗談を。
世の中の不快なニンゲンって、絶対に減らないじゃないですか。
不思議ですよね。不快なニンゲンって普通の人間とは結婚できないので、不快なニンゲン同士で結婚するんです。
似たり寄ったり。類は友を呼ぶ。
そんな夫婦よく見ません?
不快なニンゲンな同士が結婚して、醜い交尾をして、不快な血が凝縮されたさらに不快なニンゲンが誕生する。
だから不快なニンゲンって減らないんです。
不快なニンゲンも、普通の人間になりたがって、子孫を残そうとするんです。大人しく死んどけばいいものを。余計な遺伝子を残して他の人間に迷惑をかける。
どこまでも不快ですね。
何様のつもりか?
でもみんな同じこと思ってるでしょ。
心の内に秘めていることを口に出すって、そんなに罪深いことですか?
他人の愚痴も思想も許さない。
でも自分の知りたいことは話してほしい。
そう思う刑事さんの方が罪深いと俺は思います。
…机を蹴らないでください。
話を戻します。
少年を寝室に押し込んだあと、出前を頼みました。21時半ぐらい…だったかな。
その辺はあまり記憶が確かじゃないです。刑事さんの方がよく知ってるんじゃないですかね。
ピザはあまり食べたことがなかったので、とりあえず1番人気のマルゲリータを頼みました。
30分ほどでピザは届いたと思います。
8枚切りにされていたピザを、部屋の中にいる少年の前に置きました。
少年は酷く怖がっていました。
俺が何か1つ動く度にビクリと肩を震わせるものだから何だか腹が立って、もう一度ぶってやろうかとも思いました。
でも俺が持っているピザを見た途端、すこし顔を輝かせるものだから、そんな気持ちはすぐになくなりました。
毒は入ってないから。
誘拐してきた俺の言葉のどこに信用する要素があったのか分かりませんが、少年はすぐにピザに飛びつきました。
8枚分のピザはあっという間になくなりました。
小さめのサイズとはいえ、ピザ1枚を一人で食べ切る少年には少し感心しましたね。興味深かったので、暫しその様子を見ていました。
食べ終わったあと、少年がこちらを見てハッとしたような表情を浮かべました。
おそらく、俺の分を残さず全て食べてしまったことに対して、やってしまったと思ったのだと思います。
やっぱり、高校生にしては少し精神的に幼い子だった気がしますね。
…そのあとは普通に部屋を後にしました。
寝室は少年の部屋にして、俺はリビングのソファで寝ました。
あの子に明確なアクションを起こしたのはあれが最初で最後だった気がします。
少年がトイレを我慢して漏らしてしまったときや、夜中に突然大声をあげて泣き出したときは平手打ちを数回しましたが、それ以上は何もしていません。
むしろあまり手間がかからない子だったので、ペットのように扱っていました。
…この言い方をすると少し語弊がありそうですが、まぁいいです。
数ヶ月後。
あなた方の訪問によって、俺の犯行はバレることになりました。
以上が、事件の動機です。
…あぁ、少年の親を殺した動機を話していませんでしたね。
これ以上の取り調べは御免なので、無駄話はせず手短に話します。
少年の親とは少し前から顔見知りでした。
少年の親は俗に言う不快なニンゲンですね。
同じ地区だったので自治体の役員を一緒にやることになったのですが、凄く不快でした。
仕事をしない、理不尽に怒る、子供のような言動…
俺だって半ば強制的に押し付けられた役員なのに。
挙句の果てには、俺に対しての嫌がらせ。
少年の親に1度、役員の仕事に対しての態度について抗議したことがあるのですが、何が気に入らなかったのか、それ以降嫌がらせがはじまりました。
挨拶をしても無視される、根も葉もない噂を広められることは当たり前。
挙句の果てには俺の家庭環境を貶してくる始末です。
家には俺1人しか住んでいなかったので、俺の味方をしてくれる人は誰もいませんでした。
毎日毎日、精神的に追い詰められていく日々。
それを我慢できる忍耐強さは、俺にはありませんでした。
なので、殺しました。
…同情してくれますか。
優しいですね。
同情されるほど惨めなことはないですよ。
…この話も、マスコミには俺が悪者のような風に解釈されてしまうんでしょうね。
あの人達は、悪役をつくるのが大好きですから。
世間が見てるのは事実だけで、真実を見てる人なんて誰もいないんです。
世間にとっては、俺が不快なニンゲンなのでしょうか。
そう思うと少しだけ、悔しい気もします。
…殺人の動機は本当にそれだけか?
……ええ、それだけです。
寒くなってきたな…ねぇ、いま何時?
…18時?18時なのにもうこんな真っ暗なのか。
冬の1日は早いね。
外は暗いしもう帰ったら?
…あぁ、そう。図太いんだね。
さっきも言ったけど、俺はアンタに話すことは何もないよ。
5年前の事件について今更インタビューなんて、記者ってそんなに暇なの?
…「真実を知りたい」?
……へぇ。変わってる。
そこまで言うなら話すよ。風呂を沸かしてる間なら、喋ってやってもいい。
5年前の冬。
俺はアンタらマスコミに追われてた。
親を殺されて、1ヶ月近く監禁された高校生の俺は、アンタらにとっては最高の餌だったんだろうね。
『親を殺された不幸な少年』
どの出版社が出した週刊誌にもそう書いてあった。もちろん、アンタの会社もね。
アンタらが記事を出したあの夜から一瞬にして俺は『可哀想な子』になった。
年寄りから俺より小さな子まで、街を歩けばみんなに同情の目を向けられた。
親を亡くしたんだね、可哀想に。
辛い思いをしたんだね、可哀想に。
会ったことない知らない人まで俺を見てそう言った。
毎日、毎日、まいにち、、、
お前らに俺の何が分かる?
会ったこともないくせに、たかが紙切れ1枚に書いてあった文章を読んだだけのくせに、知ったような口を聞くな。
同情の声をかけられるたび、俺の心は煮えたぎっていった。
…俺がもし本当に可哀想な子だったら、その目が有難かっただろうね。想像したくないけど、あの記事に感謝してたと思う。
でも、俺は可哀想な子じゃない。
俺は、俺を不幸だと思ったことなんて1度もない。なのに、みんなには不幸な奴を見るような目で見られた。
アンタらが俺を不幸だって言ったから。だから俺は可哀想な奴になったんだよ。
人の不幸を面白おかしく記事に綴って、それを広めて…正義の味方みたいな面してる。
俺にとっちゃアンタらは敵だ。
ずっと許してない、アンタらのこと。
…「あの日あったことを知りたい」?
何言ってんの。
5年前のことだし、裁判だってもう終わってる。
今更何を知る必要があんの。
…やっぱ変わってるね、アンタ。
マスコミの嫌な要素を全部詰め込んだみたいな性格してる。
マスコミが天職なんじゃない?
いや、褒めてないから。
…別に話してもいいけど、記者さんも俺をおかしいって言うと思うよ。
監禁されておかしくなったんだってみんなに言われた。
だから、アンタもそう言うと思う。
…言わない?
嘘だらけの連中の言葉なんて、俺は信じないけどね。
記者さんは、親のこと好き?
…へぇ、好きなんだ。尊敬してる…ねぇ。
大層立派な親なんだね。羨ましい。
俺は親のこと好きじゃない。
ずっと死ねばいいって思ってた。
…反抗期だと思うの?
親に恵まれた奴ってそういう思考にしかならないから羨ましいよ。
アンタみたいな奴って片親や親を亡くした奴には優しいけど、親が揃ってる奴はとことん厳しいよね。
親を大切にしろ、親を頼れ…
親をなんだと思ってるの?親は神様か何かなの?
所詮は人間じゃん。俺と同じ。
親が揃うことってほんとに幸せなの?
…よくいるじゃん。
親のことを愚痴ったら、「育ててもらったんだから感謝しろ」、「だれのお金で暮らせてると思ってるんだ」って返してくるやつ。
パッと見、正しいこと言ってるように見えるかもしれないし、一理あるよ。
でもその理論は俺にとっちゃ間違いでしかない。
たまにさ、ペットを虐待してる動画をネットにあげて、凄い叩かれてる人いるじゃん。
そんな人達がさ、「身の回りの世話はやってあげてるんだ」「むしろ尊敬されるべき」って言ってたらどう思う?
腹立つでしょ?
ねぇ、教えてよ。
俺とペットの何が違うの?
ペットは守られるのに、なんで俺は説教されるの?
俺の存在って、ペット以下なの?
育ててもらったんだから感謝しろ、なんて。
幸せな家庭しか知らないから、そんなことが言えるんだよ。
少なくとも俺は、あれが育児だとは思わない。
…風呂沸いた。
帰りたきゃ帰れば?
……あっそ。
俺は確かに、誘拐されるまではアンタらの言う通りの可哀想な奴だったよ。そこは否定しない。
でも、今の俺は可哀想じゃない。
全部話すよ、あの日あったこと。
アンタらが記事に書いたこと全部、間違いだって証明する。
…今になって思い返してみると、父さんも母さんも、俺のことを好きじゃなかった気がする。
父さんは中小企業のサラリーマンで、母さんはスーパーのパートをしてた。
参観会や運動会は見に来てくれたよ。あと1ヶ月に1度はみんなで出かけてた。
親が遊園地が好きでさぁ。
お出かけの八割は遊園地じゃなかったかな。
…なんて。これだけ聞いたら、どこにでもある幸せな家庭に見えるよね。
でも周りにそう見えてたのは、普通の家庭を演じるのが上手かったからだよ。
記者さん、親殺し・子殺しの事件ってよく見るでしょ。
そういう事件が起こる家庭ってさ、周りからは普通の家庭だと思われてることが多いんだよ。
近所の人にインタビューするとさ、「そんな風には見えなかった」、「幸せそうな家庭だったと思う」って口を揃えて言うじゃん。
一見すると、どこにでもある普通の家庭。
でも、蓋を開けてみれば歪みだらけ。
俺の家はそういう家庭だった。
12月のあたまぐらい。
誰とも会いたくない気分だったから、その日は学校には行かないで公園に行った。
あぁそう、駅前の公園ね。
平日の昼間だったからか、いるのはお年寄りぐらいで遊具は誰も使ってなかった。
ブランコに乗りながらボーッとしてたら、隣のブランコに誰かが座った。
大学生ぐらいの質素な服を着た男。
サラサラの黒髪が風で靡いてた。
意味もなくそれを見てたら、男がこっちを見る。
ヤベッて思って慌てて逸らそうとしたら、男が愛想のいい笑みを浮かべて話しかけてきた。
…どんな話をしたか?
ごめんけどあんま覚えてないんだよね。
でもお腹が空くまでずっと話してたから、結構な時間話してたと思う。
そんな重要な話じゃないよ。軽く雑談しただけ。学校の話とか、友達の話とか。
男は俺の話をずっと楽しそうに聞いてくれた。もし俺に兄がいたらこんな感じなのかなとか思った。
しばらく話してたら俺のお腹が鳴って、それを聞いた男が笑った。笑われて悔しかったけどコンビニでおにぎりを買ってくれたから許した。
そのまま、お昼過ぎぐらいまでずっと喋ってた。
…思い返すと結構喋ってるんだね。あの時はあっという間に感じたな。
男の予定の時間が近づいて、お昼過ぎに解散したけど、去り際に男が名前を教えてくれた。
それが、きんとき。
なんとなく、きんときと話したあの時間が忘れられなくて、きんときの家を探した。
駅前のマンションに住んでるって言ってたから、次の日の放課後、マンションの周りを彷徨いてた。
30分経っても誰も来なかった。
流石にストーカーっぽいかなって思って帰ろうとしたら、マンションの駐車場から歩いてくるきんときが見えた。
きんときは俺を見るなり嬉しそうに笑った。
それから毎日、俺の部活終わり、きんときの大学終わりのときに2人で話すようになった。
話すようになってから2週間後ぐらい。きんときに親のことを聞かれた。
親のことは好きか?って。
そのときのきんときの顔はなんか硬くて、真剣で、なんだからしくなかった。
…もちろん、嫌いって答えたよ。
そしたら、きんときは嬉しそうに笑った。さっきまでの硬い表情なんてなかったみたいに。
これは俺の予想だけど…きんときも家庭環境悪かったんじゃないかなって思う。
俺の親の話を真剣に聞いてくれてたし、じゃなきゃあんなこと…いや、なんでもない。
…そういえばアンタってどこまで事件のこと知ってんの?
……なんだ、ほとんど知ってんじゃん。
そうだよ。きんときはあの日の夜に、俺の親を殺した。
でもそれは、単なる快楽殺人なんかじゃない。
きんときは、俺を救ってくれた。
さっきも言ったけど、俺の家庭は歪みだらけだった。
俺の親はね、多分大人になれなかったんだよ。見た目は大人だけど中身は子供のまま。
父さんは自分が嫌だと思ったら、いつも大声をあげて怒鳴ってた。
口答えすれば拳が飛んできたし、俺が何もしなくとも機嫌が悪ければ詰られた。
自分の思った通りにいかないと怒鳴って、殴って。
それが俺の家の普通だった。
…止めてくれる人?そんな人いないよ。
母さんはそんな俺を見ているだけ。
父さんの怒りの矛先が自分に向くのが嫌だから、ご機嫌取りをして、俺が殴られていても見ているだけで何もしない。
父さんに殴られた時も母さんに助けを求めたけど、目が合った途端、申し訳なさそうに逸らされた。
…物心ついたときからそんな感じだったから、俺はこれが普通だと思ってた。
俺の家は、どこにでもある普通の家庭だって信じて疑わなかった。
…泣かないでよ、話しずらい。
記者ってこういう不幸話は慣れてんじゃないの?
……後ろの棚の上にティッシュがある。使いたきゃ使えば?
…落ち着いた?もう話していい?
いや謝んなくていいよ。めんどくさい。
……ねぇ、記者さん。
俺が今から話すことは事実じゃない。
この事件の真実だよ。
ーーーーーーーーーーーー
きんときが俺の親を殺した日。
俺は学校に行ってた。
部活が長引いて、帰る頃には日はすっかり落ちていた。
ふと時計を見れば、秒針は19時を指している。外は真っ暗だったし、気温も低かったから、その日はきんときに会いに行くのをやめた。
学校から徒歩20分。
遠いとも近いとも言い難い位置に存在する閑静な住宅街。
そこに俺の家はある。
家につくと、玄関先に止まっている見知らぬ車が目に入った。
でも別にその車に疑問を持つ訳でもなく、車検の代車かなくらいに思ってた。
車の横を通って玄関に入ると、ある違和感を体に感じた。
家の中は異常なほど静かだった。生活音すら何もしない。
薄暗い廊下に響くのは、リビングに置いてあるストーブの音だけ。
そんな耳が痛くなるほどの静寂を感じながら、リビングへのドアを開けたとき。
部屋を包む静寂の正体が、ようやく分かった。
血で染まったカーペット。
横たわる父さんと母さん。
その上に、きんときは立っていた。
その後のことはあまり記憶が定かじゃない。
でも、酷い夢を見た。
父さんが俺を殴る夢。
怒鳴られても、子供の俺には何を言えばいいかなんて分からない。
ただひたすらに怖くて、萎縮した小さな体で、「ごめんなさい」を繰り返してた。
父さんが家を離れたあとは、決まって母さんが殴られて出来た傷を手当してくれた。
泣きながら、「可哀想に、ごめんね」って。
そういうならその時に助けてくれって何回も思った。
俺を心配してるように見えても、結局は自分が可愛いだけじゃないか。
親としての責任を果たせないんだったら、俺のことなんて産まないでくれ。
そんなことを思っていると、目の前に父さんが現れた。
冷たい目。明らかに怒りを含んだ目と視線が合った。
殴られる、って瞬間的に思って、声を上げて泣いた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
何度も繰り返して頭が床についたとき。
ギュッと体が何かに包まれるような感覚がした。
そこでようやく夢から覚めた。
目を開けると、視界に入るのは眩しい照明の光。
その光に目を顰めていると、俺の体を包むひと回り大きな肉体が見えた。
抱きしめられているのだと気づくには、少し時間がかかった。
「きんとき…?」
俺の言葉に、きんときが黙って頷く。
滲む視界の中、見えたのは5畳ほどの小さな寝室。
視界に広がる光景に顔を歪めながら、きんときの顔を見る。
俺の顔を見て、きんときは優しく笑った。
部屋についている窓に、雨が音を立てて降り注ぐ。
きんときは放心状態の俺の頭を、優しく撫でてくれた。
「今日からここが俺たちの家だよ」
部屋に響く雨音が大きくなる。
「…ピザでも頼もうか」
それからきんときとの暮らしがはじまった。
きんときはいつも大学とかアルバイトに行っていたけれど、俺は外に出ることはできないから、家の中で家事を担当していた。
…親のことは聞かなかった。
聞かなくても分かった。きんときはきっと俺を救ってくれたんだ。
俺が朝方きんときを見送って、夕方出迎える。
きんときが家から居なくなるたび、不安で心が押しつぶされそうになった。
いつか、きんときのしたことが警察に見つかっちゃうんじゃないかって。
帰ってこないんじゃないかって。
だから、毎日、帰ってきたきんときの顔を見るたび心底安心した。
『ただいま』
『おかえり』
この言葉を交わせるだけで、帰ってきてくれるだけで、幸せだった。
誘拐されてから3週間ぐらい経った日。
昼過ぎ頃にリビングでニュースを見ていると、俺の家が映っていた。
画面に映し出される『殺害』のテロップ。
遅れて映る俺の写真と名前。
…バレたのだ。きんときのしたことが。
体が震えた。
震える指先でテレビの電源を消す。
真っ暗になった画面を見ても、心は落ち着かない。
逃げるように部屋に向かう。
バレた、バレた、バレた…!!
布団にくるまって身を隠しても震えは止まらない。
ただ、この生活が壊れてしまうのが怖かった。
震えながら蹲っていると、ドサッと何が落ちる音がした。
不思議に思って布団を持ち上げる。
床に落ちている1冊のノートが、毛布の隙間から見えた。
なんとなく気になって、そのノートを手に取る。
使い古されている小さなノート。
ページを捲ると、丁寧な文字で書かれた文章がズラっと並んでいた。
積み重ねられている文章に日付。
どうやら日記らしかった。
ここに落ちているということはきんときのものだろう。
アイツ、日記とか書くタイプだったんだ…
意外な一面に驚きながらも、心は好奇心で浮いていた。
弱みを握ってやろうとかそういう考えはなかった。ただの純粋な興味だった。
悪いと分かっていながらも、好奇心には勝てず、俺はノートの中を覗いた。
3月×日
ようやく1人暮しがはじまった。
もう俺を邪魔する奴はいない。今日はカップ麺というものを好きなだけ食べてみよう。
3月××日
ひとりは心地がいい。誰の声も聞こえない。
ずっとここで暮らしたい。
4月×日
大学の入学式。ひとりの友達ができた。カラオケに誘われた。人生で初めてのカラオケ。楽しかった。
初めの数ページは、そんな感じでひとり暮らしのこととか大学のことが書かれていた。
普段の雰囲気とは違い、素直なきんときの文章に笑みが零れる。
ページをペラペラ捲りながら、日記に書かれていることをしているきんときを頭の中に思い浮かべてた。
素直で丁寧な字。
そんな文字で構成された文章を読むのは、楽しくて心が落ち着いた。
どのくらい続いてるのか気になって、ページを飛ばしながら捲る。
だが、ページの半分を超えたあたり。
書かれている文章にあるひとつの違和感を覚えた。
ページを捲る手を止める。
白いページにびっしりと埋まっている文字に、息を飲む。
序盤の丁寧な文字とは違い、字体の崩れた乱雑な文字。
別の人が書いたのかと疑いたくなるほど、書き方が変わっていた。
9月××日
早朝。ゴミ出しをしていると、駅前の住宅街に住んでいる夫婦の奥さんに話しかけられた。『あなた、孤児院出身ってほんと?』
ニヤニヤしながら、好奇心を含んだ目で。
なんであの人が知っているんだ。
誰にも言った覚えはない。
問いただすと、『噂で聞いたの』とはぐらかされた。意味が分からない。
10月×日
あの噂を流した犯人は、俺と役員をしている夫婦らしい。
自由だと思っていたここでの生活は以前よりずっと窮屈で閉鎖的だった。
ひとりが噂を話せば、まるでシャツに広がるシミみたいに、全体に広がってしまう。
夕方、スーパーで女の方とすれ違った。
ニヤニヤしながらまるで俺の反応を楽しんでいるような顔。
気持ち悪い。俺が何をした。
あの噂はもう既に地区の皆が知っている。
皆が、俺を好奇の目で見てくる。
『親に捨てられたらしいよ』
『まともな教育うけてきたのかしら』
『父親は蒸発、母親は水商売なんて。はしたない子』
『同じ血が流れてるんでしょ?役員辞めさせた方がいいんじゃない?』
うるさいうるさいうるさいうるさい
きもちわるい
10月××日
外に出れば噂される。
後ろ指を指される。
俺は、そんなに悪いことをしたのだろうか。
俺だって好きであの家に生まれたわけじゃない。じゃないのに。
頭がおかしくなりそうなぐらい勉強してようやく手に入れた自由だった。
なのになんなんだこの仕打ちは。
俺は独りだ。
俺がなにをした。
もういやだ。だれかたすけてくれ。
…それ以上は、字が滲んで読めなかった。
11月×日
今日は天気がよかった。
だから、あの夫婦を殺すことにした。
決めてからは気分がいい。高揚感すら感じる。
そうか。これが正解なのか。
不快なニンゲンは、殺せばいい。
12月×日
今日も大学は普通だった。
どうやら、あの夫婦には息子がいるらしい。
なんということだ。
あの邪悪なニンゲンに、子孫ができてしまうなんて。
そんなの、世間のためにはならない。
あのニンゲンたちの不快な穢れた血が、あのガキには流れている。
より不快なあのガキは、きっと他人を不幸にする。
殺さなきゃ。殺さなくては。
まずは仲良くなるところから始めよう。
仲良くなって俺を信じきったタイミングで、目の前で親を殺す。
人生で感じたことの無いほどの絶望をあのガキに見せてやる。
そして、俺の手で殺すんだ。
殺して、俺は自由を手にいれる。
日記を全て読み終わったとき。
俺の思考は止まっていた。
何も考えられなかった。
ただ呆然と、フローリングの溝を見つめる。
手から滑り抜けたノートが、音を立てて床に落ちる。
俺の親がきんときにしたこと、殺した理由、きんときの過去。
今まで知らなかったことが、文字の情報として一気に与えられた。
…きんときはずっと、俺を救ってくれたと思っていた。
理不尽な親に支配されていた俺を救い出してくれたと、信じていた。
でも現実は違った。
きんときはずっと、俺を殺すつもりでいたのだ。
俺を助けるつもりなんてない。
俺の親が死んだ今。
きんときの憎悪は全て俺に向けられている。
幸せなんてなかった。
俺が気づいていなかっただけで、この家はきんときの嫌悪や憎しみに塗れている。
俺はなんて馬鹿だったのだろう。
あの日記を読んでから3日が経った。
俺は未だにこの部屋から出れないでいる。
いつ殺されるか分からなかった。
部屋を出てしまえば、きんときに殺される。
殺意を持った人間と普通な顔して暮らせるほど、俺はイカれてない。
殺されるかもしれない相手と顔を合わせるなんて出来なかった。
きんときには熱があると言った。
部屋に籠る俺に向かって、きんときが声をかけてくる。
『大丈夫?薬と水買ってきたから使って。無理しないでいいよ』
ドア越しに聞こえる、優しさを含んだ落ち着く声。
心配を飾ったその言葉も、全部演技と知ってしまえば、何も信じられなくなった。
悲劇の主人公のつもりだったのだろうか。
なんて愚かなんだろう。
きんときと暮らし始めて約1ヶ月。
本当に、あの楽しかった日々は全て幻想だったのだろうか。
…考えることすら、阿呆らしい。
考えれば考えるほど、きんときのことが分からなくなる。
これ以上考えていても意味はない。
だから…きんときと話すことにした。
「…」
午後18時。
目の前のテーブルには晩御飯の昨日作ったカレーが置かれている。
美味しそうな匂いが鼻腔を擽るのを感じながら、バイト終わりのきんときをリビングで待つ。
しばらく待っていると、玄関の方からガチャッと鍵が開く音がした。
「ただいま」
いつもの言葉は、今日は返さない。
無言で、きんときがリビングへやってくるのを待ち構える。
「うわ、びっくりした」
リビングへのドアを開けるなり、無言で立っている俺をみてきんときは目を見開いた。
「どうした?熱は大丈夫?」
心配そうに俺の顔を覗くきんとき。
覗き込んできた顔を見て、一瞬心が揺らぐ。
違う…これはきんときじゃない。
こいつは、俺の親を殺した。
さつじんき…殺、人鬼っ…
そう思うと躊躇する必要はなくなった。
怒りに身を任せ、手に持っていた日記をきんときに投げつける。
投げた日記がきんときの頬に当たった。
「痛っ…!」
きんときは痛みに顔を歪ませて、驚きながらも床に落ちた日記を手に取る。
「…どうしたの。なんかあった…」
そこまで言って、きんときが動きを止めた。
きんときの視線が、日記に向く。
「え…」
きんときの瞳が細かに揺れた。
「なんで…」
ゆっくりと視線を上げる。
きんときの表情を見て、俺の中の何かがスっと冷えていく感覚がした。
「…殺人鬼。俺にあんなに優しくしてくれてたくせに」
「え…?」
一言声を上げてしまえば、崩落したダムのように次々と言葉が溢れていく。
「結局は俺のこと殺すつもりだったんでしょ。今まで優しくしてくれたのも全部演技」
俺の言葉にきんときの表情が歪む。
何か言う度、きんときとの楽しい思い出が蘇ってきて、喉の奥が痛くなる。
「俺は、きんときのこと好きだった」
初めての理解者。
俺を救ってくれた人。
そんなきんときとここで過ごした1ヶ月は俺の宝物だった。
なのに、なのに…
「でもきんときは、俺のこと嫌いだった」
滲む視界の中、きんときを見つめる。
「大っ嫌いだ。きんときのことなんて」
俺の大きな声がリビングに響く。
殺されるかもという恐怖はなかった。ただひたすらに、俺が見てきたきんときは嘘だったという事実が辛かった。
きんときは、ただずっと日記を見つめていた。
その様子が気味悪くて、苛立って、もう一度声をあげようとしたとき。
きんときが顔を上げた。
酷く悲しげな瞳と目が合う。その瞳を見て、体の動きが止まった。
固まる俺に、きんときは静かに言葉を放った。
「ごめんね」
きんときは、確かにそう言った。
「え…」
言葉を詰まらす俺とは対照にきんときは言葉を続ける。
「俺はちゃんと、好きだよ」
きんときの言葉に頭がカッとなる。
「好きなわけないじゃん。そう言って殺すつもりなんでしょ」
俺の言葉に動揺することなく、きんときは首を横に振る。
「…最初は殺すつもりだった。殺すつもりで近づいて誘拐した。でもね、今は違うんだよ」
「何言って…」
「誘拐したその日の夜。Nakamuは声を上げて泣いてた。様子を見に来た俺を見るなり、ごめんなさいって何度も繰り返してた」
きんときが、ゆっくりと俺に近づいてくる。
怖くて1歩後ずさっても、きんときは言葉を続けた。
「そのときのNakamuが、昔の俺と重なった」
「え…」
「…ほんとはね」
足音が、俺の目の前で止まる。
きんときの声は微かに震えていた。
「守りたいって思った」
固まる俺に、きんときはいつものような優しい笑みを向ける。
「ごめんね、親を殺しといて何言ってんだって話だよね」
「…」
「…でも、誘拐してからの俺のあの優しさは演技なんかじゃない。Nakamuには俺と同じ目にあってほしくなかった」
きんときの大きい手が頭に乗っかる。
「心の底から好きだったんだよ」
止まらなくなった涙が溢れる。
それをみて、きんときは柔らかく笑った。
「ごめんね、伝えるの遅くなっちゃって」
「え…」
「不安なるのも仕方ないよね」
「きんとき…おれっ…」
震える声で言葉を紡ごうとしたとき。
ピンポーンっと間抜けな機械音が部屋に響いた。
その音を聞いてきんときが一瞬だけ動きを止める。
「宅急便かな…」
そう声をもらす俺とは対照にきんときは冷たい目でドアの方を見つめる。
その様子を不思議に思っていると、きんときに腕を掴まれた。
「きんとき…?」
掴まれた腕を力いっぱいひかれる。
そのままリビングを歩かされた。
「ど、どうしたの…?」
痛みに顔を歪ませながら問うと、きんときは少し考えたあと笑顔で答えた。
「警察だろうね。バレちゃったみたい」
「え…」
きんときの言葉に思考が止まる。
警察…?バレた…?
「どういうこと…?」
震え声で問うと、きんときが足を止めた。
止まった場所は寝室。
ドアを開けるなり、きんときが中に俺を押し込む。
押し込まれた拍子に、フローリングに倒れ込んでしまった。
「きんとき…?」
わけが分からずきんときを見上げると、きんときは少し哀しげな笑みを俺に浮かべた。
「ごめんね、守れなくて」
静かな声が部屋に響く。
そこでようやくきんときがしようとしていることを察した。
「きんとき待って!出ないでっ!」
必死にそういうが、きんときの耳には届かない。
遅れてドンドンドンッと玄関のドアを叩く音が聞こえた。
「行かなきゃ」
きんときが、ドアの方を見てそう呟いた。
きんときに向かって手を伸ばすも、無情にもドアはゆっくりと閉まっていく。
「きんときっ!!」
スロモーションのように俺の希望が閉ざされていく。
やだ。
きんとき。ひとりにしないで。
まだ伝えなきゃいけないことがいっぱいあるのに。
俺を、置いていかないで…
ーーーーーーーーーーー
ドアを突き破る勢いで入ってきた警察に、きんときは捕まって、俺は保護された。
事件発生から1ヶ月後。
この誘拐事件は幕を閉じた。
…アンタらの記事を見た時、驚いたよ。
きんときは、全部自分が悪いかのように警察に話してた。イカれた役を演じてた。
本当は、誰よりも優しいのに。
最後まで、俺を守ろうとしてくれた。
きんときが俺の親を殺して俺を誘拐したのは事実だよ。
でも、真実は違う。
きんときは俺を地獄から救ってくれた。
…アンタらが記事に書いてあることは事実だけど、真実じゃない。
一見正しく見える事実も、真実を知れば見方が変わる。
事実は事実。
事実は、真実にはなれない。
アンタらマスコミに真実を話すつもりはなかった。
アンタらが書いた事実で『不幸』になった人間はたくさんいる。
…俺はただ、アンタらに真実を書いてほしい。
真実を、世間に広めてほしい。
記者さんなら、やってくれると思った。
だから、全部話した。
…来月、きんときが仮釈放される。
……会いに行くよ、もちろん。
ねぇ、記者さん。
冬は冷えるね。
…気をつけて帰ってね。
満点の桜が咲きほこる並木道。
桜の香りが体全体を包み込んだ。
春にしては少し肌寒い風にあたりながら、ボーッと歩道を歩く。
しばらく歩いていると、公園についた。
駅前にあるのに、少し古臭いくたびれた公園。
いつもは誰も使っていないブランコに、今日は先客がいた。
大学生くらいの質素な服を着た男。
男が、こちらに向かって歩いてくる。
当時は俺より小さかったのに、気づけば抜かれてしまっていた身長。
ひと回り大きくなった体、柔らかい表情。
そこにあの頃の少年の姿はない。
全てに成長を感じて目を細める。
男が、目の前で足を止めた。
「おかえり」
鼓膜に響いた言葉に、頬を緩ませる。
冷たい冬は過ぎ去った。
5年ぶりの桜木の下。
目の前の男に笑って返す。
「ただいま」
コメント
9件

失礼します 読んでいくうちに話が分かって吸い込まれてしまいます… 土筆さんの文脈と物語がいつ読んでも素敵で読んでて楽しいです。 Xの続きが見れてとても嬉しいです! 感想下手ですみません💧💧
やばい毎回長く書いてクオリティ高くて意味深な作品を創れるの凄すぎです✨ きんときの優しさがちゃんと伝わってきて涙腺が、😢ほんとに土筆様の作品大好きです❤

天才的な作品の構造と土筆様の文才が相まって、読めば読む程真実が紐解かれる最高の作品でした! 事実が真実に移り変わっていく感覚が素敵だと思いました