テラーノベル
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明らかに、若井がおかしい。
これは違和感どころの話じゃない。フェーズ1が終わる頃まで涼ちゃんにだけよそよそしかったのに、近頃は視線が甘すぎる。砂糖菓子よりも甘ったるくて見ているだけで胃もたれしそうだ。俺に向ける笑顔も違う。でもそんな熱視線も、たまにすうっと温度が消えてまるで狩りをしている獣のような獰猛さを含む時がある。3人体制になった今、彼のせいで壊れるんじゃないかと思う夜もある。俺はそれが怖くて仕方がない。
中学生から見ていた分よく分かる。若井は稀に、ひとつの事に狂ったように依存してしまう時がある。瞳の奥に、「何か」が潜んでいるように。本人は無意識だろうからどこか危うい橋を渡りそうで、若井の言動には注意しないとと思っていた。
矢先だった。
ある晩、若井に何度電話をかけてもお馴染みのアナウンスが流れるだけだし、メッセージも一向に既読がつかない。涼ちゃんもだ。3人のグループには既読でもいいから付けてと言っているのにそれすらもつかない。
虫の知らせ、というやつだろうか。昼頃まで鳴いていた蝉がぴたりと止まった。
それと同時に俺の額に汗が滲む。部屋の中にいるから暑さではない。焦りだ。恐れていたことが遂に動き出したような、でも居場所も分からないから無気力感に襲われた。最後のあがき、と一応涼ちゃんのマネージャーにも連絡してみる。
『え?連絡がつかない?嘘ぉ、僕1時間くらい前に、打ち合わせの為に涼ちゃんの家に居たよ』
「え…じゃ、じゃあ若井は?知らない?」
『若井くんも?知らないなあ、ごめんよ。望月くんに聞いてみる?』
望月というのは若井のマネージャーだ。こっちから聞くねと通話終了ボタンを押す。まずいことになってきた。急いで連絡先を探し出るのを待つ。
『もしもし?元貴さん?どうしたんすかこんな時間に』
「あ、望月さん、急にごめん。若井今どこにいるか分かる?というか連絡つく?」
『え、すいません分かりません…。連絡は少し前にしたら返事してくれましたよ。いつもより素っ気無かったような気もしますけど…』
「そっそれってどれくらい前の話…!?」
『30分ちょいくらいすかね。急ぎの用事すか?こっちからも重ねて連絡してみます』
ありがとう、というのと切るのが同時だった。一度頭の中を整理する。1時間前には涼ちゃんがいて、30分と少し前には若井が居た。つまりそこから今までの間に何かあったということだ。若井の家から涼ちゃんの家まで十分な時間。
ふいに、通知音がけたたましく鳴り響く。
心臓が止まったかと思った。恐る恐る画面を見ると、
「若井」
の文字が。
「も…もしもし?」
『元貴?どうしたの、めちゃめちゃ着信履歴あったからびっくりしたんだけど』
「あ、いや…その…ごめんちょっと、いいデモができたから…。じゃなくて涼ちゃんと連絡付かない?」
『…涼ちゃん?』
いつもと変わらない口調、声色。だが、名前を出した途端例の温度が消え、スマホ越しでも分かる殺気のようなものを感じた。ぞわっ、とし思わず耳から離しスピーカーに切替える。やはり何かあったのか。
「そう。ピ、ピアノが主役だから一番に聞いて欲しくて」
適当な言い訳を並べる。あぁ、と納得したように温度が戻ってくる。続けて、
『それならさっきコンビニから帰ったと思うよ。俺もたまたまその辺にいてさ。ちょっと会話したけどアイス持ってたからもう帰ったんじゃない』
と興味無さそうに言い放った。
「あ、そう、なの…。じゃ、じゃあ後でお前にもデモ送っとくから聞いといて」
なんでも無さそうに切る流れに持っていく。まだ心臓が落ち着かない。その後しばらくして涼ちゃんからも連絡が来て、無事なことは確認できた。そのまま特にアクションも無くベッドで眠れないまま夜を過ごした。
◻︎◻︎◻︎
次の日若井は元通りになっていて、涼ちゃんはどこかよそよそしかったが特に違和感なくレコーディングが終わっていく。俺の気の間違いだとも感じるようになってきた。
すっかり気が緩んだ頃、ラストの部分を撮るために若井が離席した時に、涼ちゃんが伸びをしながらこんなことを呟いた。
「んーっ、暑いしアイス食べたいなぁ。昨日食べれなかったからな」
いつもの独り言なら横目で見ておく程度だろう。だが昨日のことがあったから俺は堪らず話に食いついた。
「食べれなかったの?お店の話?」
「ん?ううん、市販のアイス」
「あぁ、売り切れてたの?」
「いや、買ったけど食べれなかったんだよね」
え?どうゆう事、と資料から顔を上げ涼ちゃんを見ると、ぼーっとこちらを見ていたので少しどきっとする。ときめいてるなんか可愛いもんじゃない、これは恐怖のざわめきだ。
「食べれなかったの。手に持っては居たけど」
俺の嫌な予感は合っていた。
ガチャ、とドアが開く音。
「終わったよ。あ、ねえ涼ちゃん」
唇の端がつり上がり、髪の隙間から不気味に瞳が三日月になる。すうっと部屋の温度が下がっていき、命の危機を素肌で感じた。
俺はいつなら間に合ったんだろう。
「今日は、蝉が鳴いてるね」
コメント
2件
いいしれぬ恐怖感…素晴らしいです😨 これから二人は、三人は、どうなっちゃうのだろうか…とつい心配してしまいますね🥺💦