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王家の紋章入り馬車が、屋敷の正門に滑り込んできた。その瞬間、使用人たちのざわめきが華やいだ。
「豪華なお迎えね!」
「当然よ! この家には聖女様がいるんだから!」
期待に浮足立った空気が屋敷全体に広がっている。
その中心に立つのは、私の妹、ステラだった。
金の髪をゆるくまとめ、白いドレスに身を包んだ姿は、まるで神話から抜け出した聖女のように清らかだ。
そんなステラを、私は、柱の影から遠巻きに見ている。
「皇太子の誕生祭に招待ですって」
「王族の専属医に推薦されているそうよ」
みながステラを賞賛する。確かに彼女は、それに見合うだけの実績を上げている。
この一週間の間だけでも、事故で大怪我を負った公爵家のご令嬢を傷跡もなく治癒したし、原因不明の衰弱で倒れた王弟殿下の病を治した。
王都では聖女ステラ・ブラックウェルの名を知らない者はいない。国教である白輪教の司祭も、奇跡の聖女の再来と喧伝している。
「すごいなぁ……」
思わず、声に出た。
私には触れられない、光だ。
私も他のみんなと同じで、ステラは神に愛された天才だと思っている。
魔力と、人体への構造理解。
治癒魔法の能力はこの二つのかけ算で決まる。ステラはその両方を兼ね備えた、唯一の魔術師だ。
彼女は数々の魔術師を排出してきたブラックウェル家でも、歴代最高の魔力量を誇る。そして人体への理解――それもまた、ある事情で、他の追随を許さない。
「リゼ、何故ここにいるの?」
顔を上げると、継母のベアトリス様が眉根を寄せていた。
「今日は広間に来ないでと言ったでしょう。匂いが移ったら困るじゃない」
臭いと直接言わないものの、仕草でそれを訴えていた。周囲の使用人がくすくす笑う。
穢れた娘。
それがこの屋敷での私の扱いだった。
父はステラと同じだが、私は妾の子だ。正式な後継ではない。しかも私は魔力をもって生まれてこなかった。ベアトリス様はもちろんのこと、父や使用人も私を蔑視している。
ただ、ベアトリス様が私を穢れた者として扱う、その最たる原因は、私の仕事にある。内容は、使用人たちも知らない。ブラックウェル家の秘密だ。
ステラが私に気づき、微笑みかけ、少しためらいがちに手を振ってくれる。ベアトリス様がステラの肩を叩く。
「ステラ、早く行きましょう。あまりリゼを見てはいけないわ。穢れがうつってしまうもの」
「……でもわたし、お姉さまのおかげで……」
「リゼは貴方を嫌ってるの。話しかけないというのは、リゼの希望よ」
私は別にそんなことは望んでない。でも抗議したら、その時は折檻が待っている。
父も頷き、ステラの視線を遮るように、私の前に立つ。
「お前には今夜も仕事がある。報告書はしっかり用意することだ。お前の価値はそれだけだろう」
やがてステラは王宮の馬車に乗り込んでいった。父もベアトリス様も当然のように同乗する。
走り出した馬車の明かりが、暗い夜道に軌跡を描く。彼女に与えられた栄誉と祝福を象徴する、光の列に見える気がした。
私は一人、屋敷の裏手へ回っていた。
ブラックウェル家のタウンハウスは、この町の光と闇、丁度その境界線に位置している。
表玄関は華やかなラヴェント・スクエアに面しており、画家に音楽家、文筆家その他知的職業人が好んで住んでいる。裏口は、工業地区バズ・ストリートの端にある。おびただしい煙突が吐き出す煤煙で、壁にも屋根にも黒い層を成しているのに、建物は建て替えられない。夜更けけには黒い街並みが闇に溶ける。
そんな闇の中から、煤で汚れた外套を纏う少年少女の二人組が現れた。
少年の方が、低い囁き声で言った。
「――リゼ姐さん、来てるぜ」
少年はまだ十五歳くらいか。外套の下には、細身ながら鍛えられた体つきが見える。続いて入ってくる少女は栗色の髪を三つ編みにしている。
ノアとメイジー。どちらも顔見知りのストリートチルドレンだ。
ノアが背負っていた袋を地面に降ろす。
「今日はちょっと危なかった。白輪教の見回りが増えてるね」
「大丈夫? 怪我は?」
「ないない。俺ら、逃げ足だけは一流だから」
メイジーは無言で、ノアの服の裾をつかむ。寡黙な彼女はいつも、ノアの影に隠れる。そこが一番落ち着くポジションらしい。
彼らは兄妹ではない。血縁もない。ただ路地で生き延びるうち、自然と組んだコンビらしい。私にとっては貴重な仕事仲間だった。
「約束どおりの額、あとで渡すね」
「助かるよ。冬を越《こ》す資金になる」
ノアが包みの布を取り払った。
中から現れたのは若い男の死体だった。
この国では、死体解剖が禁忌とされている。
国教である白輪教の聖書にこんな一文があるからだ。
* 肉体は神から与えられた魂の依り代《しろ》である。来るべき審判の日、神が死者を呼び起こす。*
だからこの国には、海の向こうの異国にあるような、火葬の文化はない。死者は冷たい土の中で復活の日を待ち、しばしの眠りにつくとされる。
もちろん、国民のすべてが聖書の記述を信じ、復活を夢見ているわけでもないが――死体を掘り起こして切り刻むなんて、到底許されるはずもない。
だから表向き、治癒魔法の使い手は人体を文献から知るしかない。しかしその書物も、白輪教が広まる前、千年前の医学者が遺した化石のような知識の写本だ。精細さを欠いているし、誤りも多い。この国の魔術師たちの医学は、他国と比べても明らかに遅れている。
けれど、この国でただ一人、奇跡の聖女ステラ・ブラックウェルだけは事情が違う。
彼女には、私が書き記した、実体験に基づく解剖学の報告書がある。
「……リゼ、顔色悪い、大丈夫?」
心臓が跳ねる思いをした。反応が遅れる。
この屋敷では気遣いなんてされないせいもあるが、メイジーがノア以外の誰かに話しかけると思っていなかった。
「……大丈夫よ、ありがとう」
満足な食事も与えられず、使用人や両親に押し付けられた激務のなか、身体はやせ細っている。その日のパンを買うお金にも苦労している彼らの目線でさえ、私は相当弱っているように見えるらしい。
「……それでも、やるんだ」
ベアトリス様や父は穢れた仕事と見下しているけれど、私は、医学の発展には死体解剖は欠かせないと信じている。ステラには解剖室に同席してほしいけれど、死体を忌避するベアトリス様が許さない。
実地体験に及ばないにしても、報告書を読むだけでも知識は得られる。
傍目でしか見れてないけど、ステラは勉強熱心な子だと思う。ちゃんとした報告書があれば、彼女の治癒魔法は十分に精度を上げられる。
白輪教がある限り、私の仕事は闇に葬むられる。それが悔しくないと言えば噓になるけど、大きな問題じゃない。
ステラが患者の命を救ってくれるのであれば、それでいい。
彼女のおかげで、私はきっと、どんな仕事も乗り越えられる。
遺体を解剖台に乗せる。両手の指を組み、目を閉じる。誰に教えられたわけでもなく、いつも私は祈りを捧ぐ。身勝手だ。少なくとも白輪教の神様は、私の祈りを許すはずないと思う。
ごめんなさい。許されない。ありがとう。
感情はたくさんあった。でも全部一言にした。
「学ばせていただきます」