テラーノベル
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暫く探索をしたが、結局、レジーナは治癒のポーションを見つけることができなかった。
代わりに、体力回復用のポーションを手に入れ、アロイスたちの元へ戻る。
その間も、ずっと物言いたげなクロード。
レジーナは観念して、彼の手を握った。今は落ち着いて、彼の心を遮断できる。
「さっきは嫌な態度をとってごめんなさい。あなたの気持ちを疑うわけでも、ましてや嫌だったわけでもないの。ただ……」
レジーナは彼に騎士として仕えてほしいわけではない。
かと言って、彼の手を完全に離してしまうのも恐い。
だから――
「私、あなたに伝えないといけないことがあるの」
ダンジョンを出れば、レジーナは裁判に掛けられる。例え無罪になっても、その先、貴族令嬢として生きていくことはできない。
レジーナはまだ、クロードにその未来を明かす勇気がなかった。
「……少しだけ、時間をちょうだい」
俯くレジーナに、クロードが「分かった」と答える。
「いつまででも待つ。だが、話したくなければ話す必要はない。……ただ、あなたの側に居られれば、それでいい」
レジーナは泣きそうになった。
クロードが側に居てくれるなら、怖いことなんて一つもない。
いっそ、このまま逃げ出して、二人きりでどこか遠い場所へ――
いつかのように夢想する。が、それを実行には移せない。
怖かった。
国に追われることも、知らぬ世界へ飛び出すことも、クロードを本物の逃亡者にしてしまうことも。
(……ダンジョンを出るまで。それまでには、ちゃんと話そう)
自分に許した猶予。
レジーナはクロードの手をギュッと握り締めた。
***
戻った広間。
レジーナの視界にアロイスが映る。
フリッツに抱かれたまま、未だ生気のない様子。
彼女に近寄ると、皆の視線がレジーナに向けられる。
(……なに?)
不穏な空気。また、何か疑いを掛けられているのだろうか。
異変を感じつつ、レジーナはフリッツの横にポーションの瓶を置いた。
「……治癒のポーションは無かったわ。気休めかもしれないけれど、体力回復のポーションを」
フリッツが「ああ」と答え、瓶を顎でしゃくった。
「俺が抱いておくから、お前が飲ませてやってくれ」
「え?」
レジーナは自分が置いたポーションを見下ろす。
確かに、アロイスを抱いたフリッツの両手は塞がっている。彼女が自分で飲めないのであれば、女性であるレジーナが手伝う方がいいだろう。
一瞬だけ、「エリカにやらせれば」との思いが湧く。しかし、それはレジーナが嫌だった。
ポーション瓶を持ち上げる。魔法蝋のされた蓋を取り、アロイスの口元に近づけた。
途端――
「えっ!?」
パチリと開いた菫色の瞳。避ける間もなく、アロイスに手を掴まれる。
レジーナは動揺した。
振り払いたい衝動を抑え、告げる。
「……アロイス、手を離して。目が覚めたなら、自分で飲んで」
制御を乱さぬよう、浅い深呼吸を繰り返す。
しかし、彼女は答えない。ただじっと、レジーナを観察している。
アロイスだけではない。
フリッツも、見回せば、他の三人まで、レジーナを見ている。
(……なんなの、さっきから?)
動揺が制御を乱す。流れ込みそうになったアロイスの感情に、レジーナは強引にその手を振り払った。
ポーションの一部が零れて散る。
リオネルが、警戒と恐怖を滲ませた顔で近づいてきて――
「レジーナ……、君は……」
彼がゴクリと喉を鳴らした。
レジーナの緊張が高まる。
彼は、どこか唖然とした顔で、その言葉を口にした。
「君は『読心』が使えるんだな……?」
「っ!」
唐突に暴かれた秘密。
レジーナの思考は停止した。背中に冷たいものが走る。ギュッと握った拳に汗が滲む。
「……どうして、そう思うの」
否定も肯定も選べない。
逃げ道を探して、レジーナは尋ねた。
言葉を失ったリオネルに代わり、フリッツが答える。
「シリルの指摘だ。お前の魔力の流れがおかしいとな。……それで試した。今のお前のその態度。なぜ、そこまでしてフリッツとの接触を避ける? お前が治癒魔法をかけた相手だぞ?」
レジーナは唇を噛んだ。
目の前には、ことの真偽を問う菫色の瞳。
彼女も、知りたがっている。
レジーナは観念した。諦めの溜息をつく。
フリッツに懺悔する。
「……使えます」
「馬鹿なっ!」
リオネルが叫んだ。
他の皆が沈黙する中、彼だけが「あり得ない」と叫び続ける。
レジーナが無言を貫くと、やがて、彼の目には燃えるような憎しみが宿る。
「……なぜ、今まで黙っていた?」
レジーナはリオネルの問いに笑いそうになる。
そんなもの、尋ねるまでもないだろうに。
「公言してまわりたいようなスキルではないからよ」
リオネルは顔を顰め、それから、フイと顔を逸らした。
他の皆も、レジーナから視線を逸らしている。
恐れか忌避か。
レジーナは自嘲の笑みを浮かべた。
「……アロイスが回復したら、出発しましょう」
そう告げて立ち上がる。
皆から離れようと歩き出すと、クロードが黙ってついてきた。
広間の端、他の部屋に移るか迷うレジーナ。
背後から、呼び止める声が聞こえた。
「レジーナ!」
リオネルの声。
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