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 追いついたリオネルが、レジーナの進路を阻む。


「……せめて、せめて私にだけは話そうと思わなかったのか?」


 怒りと悲しみが伝わる声。

 レジーナは小さく息をつく。クロードに視線を向けた。


「ごめんなさい、クロード。少しだけ、二人にしてくれる?」


 クロードは迷いを見せたが、やがて、一つ頷くと、二人の側を離れた。

 声の届かない距離。

 遠ざかったクロードは土壁に背を預け、レジーナたちを見守る。


 レジーナはリオネルと向かい合った。


「……私が読心に目覚めたのは、デビュタントの時よ」


 リオネルは覚悟を決めたのか、怯える様子もなく、黙って話を聞く。

 彼の姿に、レジーナはあの夜を思い出す。

 デビュタントとして参加した夜会。


「……覚えてる? 私がデビューした日のこと」

「ああ、もちろんだ。私がエスコートしたのだからな」

「ええ……」


 一生に一度。

 その日のために、レジーナは服も髪も自身の身体も、何もかもを完璧に仕上げた。そう自負していた。

 隣には最愛のリオネルが居て、レジーナに笑いかける。

 「綺麗だ」と、言葉と表情で称賛してくれる彼に、レジーナは胸を張った。


 これが私、レジーナ・フォルストだと――


 けれど、その思い――人生で一番幸福だと感じられた――は、長く続かなかった。

 リオネルのエスコートで足を踏み入れた大夜会場。

 レジーナは静かな興奮に目を輝かせ、リオネルも同じような目で会場を見回していたが――


「……レジーナ?」


 あの瞬間を思い出す度、レジーナの心臓は悲鳴を上げる。

 辛くて悲しい。

 大声で叫んで逃げ出したくなる。

 

 レジーナは込み上げるものをグッと飲み込んだ。

 もう、彼のためには泣かないと決めている。


「リオネル、あなた、あの日の私をどう思ったか覚えている?」

「君を?」

「私のドレス姿、立ち居振舞い、全てを見て」


 リオネルは当時を思い出すように、言葉を選んで答える。


「……はっきりとは覚えていない。だが、君を誇らしく思ったことは覚えている。そんな君をエスコートできる自分自身も誇らしかった」

「そう、ね……」


 リオネルの言葉に嘘はない。

 夜会場で、彼は他の令嬢たちとレジーナを見比べた。見比べた結果、レジーナを「社交界という戦場に共に並び立つ戦友」として高く評価していた。

 けれど、それだけではなかった。


「……あなた、心の中で私のことを『下品だ』と言ったわ」

「そんなことはっ……!」


 リオネルが否定する。

 レジーナの胸は痛みに軋んでいた。

 初めて口にしたあの日の記憶。

 いつか、何も感じずに思い出せる日が来るのだろうか。

 今はまだ、思い出す度に鮮血を吹き出すこの心が、何も感じなくなる日が。


「……最初は、聞き間違いかと思ったの。あなたの声で唐突に『下品だ』と詰られて、だけど、あなたは笑っているのよ?」


 レジーナの声が震えそうになる。


「笑って『誇らしい』と口にしていたわ。いつもと変わらない優しさだった。なのに――」

「あの時はっ!」


 レジーナを遮って、リオネルが口を開く。


「意表を突かれたんだ。その、君のドレス姿は、デビュタントとして想像していたものではなかったから。だから、決して、君を貶めるつもりはなかった」

「そうね。確かにそうだったかもしれないわ」


 当時、デビュタントのドレスの主流は淡い桃色。フリルをふんだんに使用するのが流行りの中、レジーナが選んだドレスは――色こそ淡いパープルとはいえ――、ボリュームを抑えたシンプルなデザイン。その分、胸元の装飾を映えさせるためにデコルテが強調されていた。

 リオネルにはそれが不快に映ったようだ。


 レジーナは小さくため息をつく。


「今更だけど……、言い訳をさせて貰えるなら、私に当時の流行りは似合わなかったわ」


 それでも一応、服を仕立てる際に試してはみたのだ。

 結局、手足の長い細身のレジーナの体型では、大仰なフリルの可愛らしいデザインを着こなせず。キツイ顔立ちには、淡いピンクのドレスも、それに似合うメイクも難しかった。


 レジーナは考えた末、自身に似合うものを選んだ。自分では、とても満足していたのだが。


「……聞こえた『声』が何なのかわからないまま、夜会が始まってしまって。ずっと混乱してたわ」


 リオネルの声はすれど、彼の口は動いていない。

 彼の言葉に、周囲の誰も反応しない。


「だけど、気付いたの。あなたと離れれば、声は聞こえなくなる。ダンスを踊れば、ダンス相手の声が聞こえてくる。それで、やっと、自分にしか聞こえない『声』が何なのか推測がついたわ」


 読心のスキルに目覚めたのかもしれない――


 そう分かってから踊るダンスは苦痛だった。

 普段穏やかな紳士が「フォルスト」への憎悪を垂れ流す、リオネルの友人は、婚約者がレジーナであることを憐れんでいた。

 そして何よりも辛かったのが、男たちの赤裸々な欲望の声だ。その日デビューしたばかりの十四歳のレジーナに対する獣欲。レジーナは吐き気を覚えた。


(無防備過ぎた、のよね……)


 今ならば分かる。そうした欲望を抱く下衆が少数とはいえ存在すること。そして、それは全ての男性に当てはまるものではないということも。

 けれど、あの瞬間は――それまで知ることのなかった男の欲に、レジーナは怯え、萎縮した。

 上手く取り繕う術も持たず、レジーナのデビューは散々な結果に終わった。


 それでも、リオネルはレジーナを笑って迎えてくれた。


『よく頑張ったな。疲れただろう?』


笑いながら――


――期待しすぎたな。この結果は……、あまりに酷い。


 思い出に、レジーナは苦く笑った。


「夜会が終わる頃には、あなた、私に失望してた。……そんな状況で明かせるスキルじゃないでしょう?」

「それは……」


 リオネルは渋い顔をした。

 彼の横顔に、レジーナは思う。


(もし、あの時、リオネルの心を読まずにいたら。……私、彼に明かしていたかしら?)


 幸か不幸か、レジーナの父は読心のスキルを持たない。そのため、ただ一人の子であるレジーナには大きな期待がかけられていた。そして、その分、「スキルが発現しない」と判断された時の両親の失望は大きかった。


 血統に依るスキルは生来のものが殆ど。

 少なくとも、物心つく頃には何らかの片鱗を見せる。

 だが、十歳を過ぎても、レジーナにその兆候はなかった。

 両親は早々に見切りをつけ、レジーナを高位貴族に縁付かせる道を選んだ。

 損失の補填。

 そうして、レジーナとリオネルの婚約は結ばれた。


 リオネルが大きく溜息をついた。口を開く。


「確かに、君の言う通り、私が君に失望を感じたことはあったと思う。それは否定しない。だが……」


 彼は眉を顰め、首を左右に振る。


「それは一時の感情だろう? 君に失望することはあっても、同時に期待していた。だというのに、君はその場限りの感情で判断し、スキルを秘匿することを決めたのか?」


 レジーナは口を噤んだ。

 リオネルが悲しげに告げる。


「私は一度として君を切り捨てはしなかった。君がエリカを害するまで、私は君を信頼していた。……その思いは伝わっていなかったのか?」


 悲痛に歪む彼の表情は、レジーナの「裏切り」を責めていた。

 レジーナは深く息をつく。


「……努力はしたわ」

「努力? 一体、なにを――」

「あなたが私に失望する度、私、あなたの期待に応えようと努力したの」


 慣れない社交の場。

 似合わないと分かっていても、流行りを抑えた夜会服を身に着けた。

 肌の露出を極力なくし、罵詈雑言や嫌味をぶつけてくる相手、下心たっぷりに近づく相手にも耐えた。

 誰が相手でも卒なくこなせるよう、聞こえてくる声に耳を塞ぐ。彼らに対し、心にもない言葉で阿るようになった頃には、自分がどんな表情をしているのかわからなくなっていた。


「……あなたが私に失望したのは、一度や二度ではなかった」

「それは……、いや、だが、それだけ期待していたということだ」

「そうね。だから、私も頑張れたの。……どれだけ努力してもあなたの期待に届く気がしない。それでも『いつかは』って」


 いつかは届く。

 リオネルがレジーナを見てくれる限りは――


「だけど、入学式典で……」

「っ!?」


 リオネルがビクリと身体を震わした。その顔が青ざめる。

 それで分かった。彼も覚えているのだ。あの日、彼の身に起こったことを。

 あれほどの衝撃、鮮やかな変化を忘れられるはずがない。


 エリカを一目見た瞬間、彼の内に生まれた想い。彼の世界を変えた――


「待て! レジーナ、誤解だ! あれは……!」

「誤解じゃないわ」


 入学式典。

 レジーナはリオネルの隣にいて、エスコートの為に寄り添っていた。

 彼が恋に落ちる瞬間――衝撃を、レジーナは彼と共有した。


「違う! 本当に違うんだ。あれはただ……」


 言い淀むリオネルに、レジーナは首を横に振る。


「いいの。あなたが誰かに惹かれてしまうこと。それ自体は別にいいのよ」


 あの時は、全然、良くなんてなかった――


 信じられない思い。

 辛くて、悲しくて、そして、怖かった。

 あまりの衝撃に式典を途中で退出し、それでまた、リオネルには失望された。


(今なら、『仕方ない』って本音で思えるけれど……)


 本当に辛かったのはその後だ。

 レジーナは苦笑して告げる。


「私が嫌だったのは、あなたが私とエリカを比べることよ」

「していない! 私は、断じてそのようなことは……!」

「だったら、無意識だったのね。……私が何かをする度、あなた、『エリカなら』って、心の中で比べていたもの」

「っ!」


 地獄だった。

 何をしても彼女には敵わない、至らないと思い知らされる日々。


 それでも、レジーナは努力した。「リオネルが望むなら」と、彼の心の声に従おうとしたのだ。

 服や髪型を真似るには至らなかったが、気づけば、『エリカのように』、『エリカなら』、そう考えていた。

 そんな自分に気づいた時、レジーナはゾッとした。


 これは、これではもう、私はレジーナ・フォルストではなくなってしまう――!


 そう自覚してからは、何をしても諦めが先に立つようになった。

 リオネルの婚約者としては失格。

 けれど、「どうせ、また」と自分に枷をつければ、心は随分と楽になれた。


 青褪めたリオネルが口を開いた。淡々と告げる。


「……君の主張は分かった。私にも、婚約者としていたらぬところがあったことは詫びよう」


 謝罪しつつも、彼の瞳には怒りが滲む。


「そのうえで問いたい。……読まなければ良かったのではないか? 私の胸の内が君を傷つけると承知で、なぜ、読んだ?」


 棘のある口調。

 勝手に心を読まれたことに対する憤りが窺えた。

 これが普通の人間の当然の反応だと、改めて思い知らされる。


 レジーナは小さく息をついた。


「……そう、しようとしたわ」


 だけど、できなかった。

 クロードとレジーナは婚約者同士。避けようにも避けられない。

 エスコートされる度に、レジーナには彼の心が垣間見えてしまう。


「これでも、ある程度、スキルの制御はできるようになったの」


 突発的な接触でなければ、心を乱さなけば。

 だけど――


「……でも、あなたに触れられて、平常心でなんていられなかった」


 レジーナの口元に自嘲が浮かぶ。


「分かっていたでしょう? ……私、あなたが好きだったのよ」


 

読心令嬢が地の底で吐露する真実

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