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トキゴウ村の孤児院に一年間預けられ、クラッセル家に拾われて六年が経ち、私は音楽家の編入試験を受けるためにトルメン大学校に来た。
「そうだよ、ローズマリー」
「あの……、私はロザリーです。でも、アンディおじさんの髪の色は灰色だった気がーー」
「あれはカツラさ。僕の正体を知られないための変装をしていたんだ」
「正体……」
私は七年前のように、アンディの呼び間違えを訂正する。
記憶の中にあるアンディの髪の色は灰色だった。でも、目の前にいる彼は髪の色は茶色。
その点を指摘すると、アンディはすぐに答えた。
正体を隠すための変装。
七年前は自分の立場を隠していたことになる。
七年経った今、私に正体を明かしている。
「アンディおじさんは……、貴族だったの?」
「そうだ。その中でもメへロディ王国で一番偉い貴族」
「……メへロディ国王、アンドレウスさま。」
今の私であれば、アンディの本名を噛まずに言える。彼の名はアンドレウス。メへロディ国王と同じ名だった。
子爵貴族とはいえ、国王当人に会う機会はそうそうないし、肖像画を見たとしても見破れなかっただろう。
「ロザリー、いや、ローズマリー。僕の愛しい娘よ」
アンドレウスは私の方へ歩み寄り、ぽんと手を私の頭の上に置き、優しく撫でてくれた。
アンドレウスの笑みは、七年前と変わらない。アンディおじさんだったときと同じだ。
「あなたが……、私の本当のお父さんなのですか?」
私はアンドレウスに問う。
メへロディ王国第一王女。王家の隠し子。彼女は表に出ておらず、その存在も嘘か真かと噂されていたほどだ。
「そうだ。僕が君の父親だ。やっと、君に伝えることができる」
「……」
私は一歩後退り、アンドレウスと距離をとった。
「アンディおじさんとして、家を訪れていたのは私の成長を見守るためだったのですか?」
「そうだよ。当時は元妻とのいざこざが片付いていなくてね、君を王宮に連れてゆくことができなかったんだ」
「それなのに、どうして今になって私の前にーー」
「全て片付いたからだ。君の存在を公にする準備が揃った」
「私はーー」
「さあ、ローズマリー。僕の元においで」
一歩、アンドレウスが近づく。
アンドレウスの妻、メヘロディ王妃は先月死去した。
それが私を迎える準備なら、私の存在で王家は七年もの間、揉めていたことになる。元王妃は最後の最後まで私を認めていなかった。
アンドレウスにとって、私はローズマリー。メへロディ王国の王女。
「アンドレウス国王……、私はロザリーです。ロザリー・クラッセルです」
「十六年間、ロザリーという名で世間を欺いていたのだ。戸惑って当然だ」
「アンディおじさん……、私はーー」
「邪魔者は居なくなった。一緒に暮らせるんだよ」
だめだ。
アンドレウスが私の前に現れたのは、王家へ連れ戻すため。私に拒否権はない。
この場から逃げても、私は外で待機しているだろうアンドレウスの護衛に身柄をおさえられる。
抵抗するだけ、無駄なことだ。
「お義父さまとお姉さまが学校の外で私の帰りを待っています。お願いします。王宮に向かう前に二人に会わせてください」
「それは駄目だ」
学校の外でクラッセル子爵とマリアンヌが待っている。
二人は私の現状を知らない。
編入試験が終わっても学校から出てこない私のことを心配するはず。
私はアンドレウスに二人に会って話したいとお願いするも、すぐに断られた。
アンドレウスの手が伸び、私の腕を掴む。
強い力で掴まれ、痛い。
「ローズマリー、家へ帰ろう」
「……わかりました」
私はアンドレウスに手を引かれ、試験会場を出た。
☆
私は実父であるアンドレウスと共に校舎を出た。
そこには馬車が置かれており、その側には剣を腰にさした、豪奢な服装の男性が三人いた。
彼らはアンドレウスに仕える騎士であり、その中でも王家の護衛を務めることのできる高位な存在だ。
「陛下、お帰りなさいませ」
「カズン、いま戻った。ローズマリーを連れて、王宮へ帰る」
「かしこまりました。どうぞ、馬車へ」
一人の男性が低く頭を下げた。
その男をアンドレウスは『カズン』と呼んだ。
私たちはカズンのエスコートの元、馬車の中に入る。
(あの人が、ライドエクス公爵家当主……。ルイスが仕えていた人)
ルイスから話には聞いていた。
まさか、当人に会えるとは思っても見なかったけど。
「ローズマリー。王宮に帰ったら、プレゼントがあるんだ」
「……プレゼントはいい子にしていたら貰えるんですよね」
七年前に言われた言葉をアンドレウスにぶつける。
当時は色付きのロウペを貰った。
今のプレゼントがそれで済むとは思っていない。
これが私ができる抵抗だった。
「君はとてもいい子にしていた。七年前はあいつを欺くためとはいえ、貧しい生活を強いてすまなかった」
「今では、貧しい生活だったと分かります。十分な教育も受けられなかったとも」
「外で遊ぶことを制限したのも、学校に通わせなかったのも、私の指示だ。君は、あいつに命を狙われていたからね」
アンドレウスの援助が行き届いていれば、母と私はもっと良い生活を送れただろうし、私は学校に通えていたはず。
それが叶わなかったのは、そうすると元王妃が私に危害を加えたからだろう。
「母は男の人に殺されました。その日はマーケットが開催していて、私は童話の本を抱えてーー」
「不覚にもローズマリーの情報があいつに漏れてしまった。その男は君を殺害するために仕向けた暗殺者だ」
「お母さんが殺されたのは、やはり私のせい……、なんですね」
「……」
思った通りだった。
あの男は母を狙ったわけではない。
アンドレウスの隠し子である私を狙ったんだ。
暗殺者にしては、人の目が多くあるマーケットで、ターゲット以外に危害を加えるなど、明らかに素人の犯行。きっと、金に困った浮浪者を大金でたぶらかし、実行へ移させたのだろう。
「母は箱を抱くようにして亡くなりました。私はその中に隠れていたので、助かったのです」
「ああ。報告を受けている。君を見つけた兵士があいつの息のかかった者でなくてよかった」
私は兵士の駐屯所で数日間保護されていた。
兵士の人たちは私にとてもよくしてくれていた。
彼らは私の家や保護者について尋ねたが、滅多に外へ出ない私は、自宅の場所を覚えていなかった。
さらに保護者になるだろうアンディおじさんのことについても名前は伝えていたものの、それ以外は答えられなかった。
「アンディおじさんは……、保護されたとき、どうして私の前に現れなかったのですか?」
私はずっと疑問に思っていたことをアンドレウスに問う。
お母さんが亡くなったとき、何故、私に会いに来てくれなかったのか、と。
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