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雨彩れえ
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【Side 水】
朝起きた瞬間、軽い頭痛と嫌に鮮明な記憶が同時に浮かび上がってきた。
飲みすぎた翌日にありがちなぼんやりとした感覚とは違って、昨夜のことは驚くほどはっきりと思い出せる。
どこでなにを話して、どういう顔をしていたのかまで、やけに細かく。
「……最悪や」
小さく呟いて、枕に顔を押しつける。
思い出したくなかったところまでもきっちり思い出してしまった。
自分がブチ切れていたことも、そのあと急に弱気になっていたことも、全部。
そしてなにより。
『……ちむが、彼氏じゃだめ?』
あの一言が、頭の中で何度も何度も繰り返される。
あの時は酔っていた勢いもあって、ほとんど反射みたいに笑い飛ばしてしまったけれど、こうして冷静になってみるとさすがに引っかかる。
あれは、どういう意味で言ったんだろうか。
ただの冗談だったのか、それとも…。
そこまで考えて、自分で自分に呆れる。
いや、さすがに考えすぎやろ。
こいつれるのこと大好きなんやろうなとは思ってたが、まさかそういう目で見られているなんて、正直まったく想像したことがなかった。
ちむはずっと、一番近くの安心できる存在で。
自分の1番の親友で、それ以外の何者でもないと思っていたから。
「……いや、でも」
完全に否定しきれない自分がいるのも事実で、余計に面倒くさい。
あの言い方はいつもの軽いノリとは違っていた気がするし、タイミングだってわざわざあの流れで言う必要があったのかと考え始めると、きりがない。
考えれば考えるほど、分からなくなってしまう。
「はあ……」
ため息をついて、スマホに手を伸ばす。
画面をつけると、タイミングを見計らったみたいに通知が一件増えた。
『二日酔いとかしてない?大丈夫?』
『ちむが言えることじゃないけど、あんま飲みすぎないでね』
短い文章なのに、やけに目に残る。
普段と変わらないトーク画面のはずなのに、なんとなく素直に受け取れない自分がいる。
昨日のことを思い出したせいで、変に意識してしまっていた。
別に、なにか変わったわけじゃないはずなのに。
「……なに考えてんねん、自分」
小さく呟きながら、返信を打ち込もうとする。
でもどう返したらいいのか分からなくて何度も消しては書き直してを繰り返していた。
『大丈夫』
結局それだけ送って、スマホを伏せた。
いつもなら、もう少し何か付け足しているはずなのに。
自分でも分かるくらい、そっけない。
「……はあ」
もう一度、ため息がこぼれる。
面倒くさいと思っていたはずの恋愛よりも、よっぽど面倒なことになっている気がした。
画面を閉じたあとも、やっぱり頭の中からあの一言は消えてくれなくて。
冗談だったと片付けるには、少しだけ引っかかりすぎている。
かといって、深く考えるほどのことでもない気もする。
その曖昧さが、余計に落ち着かない。
「……ほんま、なんなん」
誰に向けるでもなくそう呟いて、天井を見上げる。
答えが出るわけでもないのに、考えることをやめられないまま時間だけがゆっくりと過ぎていった。
【Side 橙】
「いやもうほんとに無理かも……」
テーブルに突っ伏すみたいにしながら、目の前のちむが力なく呟く様子を俺──くには、苦笑いしながら見守っていた。
さっきから、同じようなことを何回も聞いている気がした。
収録終わりに、急に「今日空いてる?」なんて連絡が来た時点で、なんとなく察してはいたけれど。
正直ここまで落ち込んでいるとは思わなかった。
普段の明るさは嘘みたいにしおれていて、見ているこっちまで不安になってくる。
「まあまあ……そんな深刻に考えなくても」
とりあえずそう声をかけると、ちむはゆっくり顔を上げた。
「だってぇ……」
その声には本気でへこんでいるのが滲み出ていて、思わず苦笑いが漏れる。
「今日の返信、なんか塩だったし……」
「あー……」
「絶対避けられてるやんもう……」
そう言って、またテーブルに額を押しつける。
昨日の出来事は、一応もう聞いていた。
れるちが四股男に盛大に振り回されたことも、その流れでちむがうっかり告白まがいなことを言ってしまったことも。
聞いた時は、いや何してんの、とは思ったけれど。
でも同時に、やっと言えたのか、とも思った。
ちむがれるちのことを好きなことを俺はかなり前から気づいていたから。
ちむは俺が気づいていたとは知らずに相談しに来ていたけれども。
いわゆる本人だけが隠せているつもりだったやつだ。
「でもさぁ、れるちも酔ってたんでしょ?」
「うん……」
「じゃあそこまで気にしてない可能性もあるって」
励ますようにそう言ってみるけれどちむの表情は晴れない。
むしろ、どんどん深刻そうな顔になっていく。
「でも普通に考えてさ……、ずっと親友やと思ってた相手から急に恋愛的に好きとか言われたら普通にきもくない……?」
「いや、そこまでは…」
「れるさんに嫌われたら、もう生きていけない……」
「重い重い重い」
思わず即ツッコミを入れる。
本人はいたって真剣なのだろうけど、そのテンションのまま沈まれるとこっちまで引っ張られそうになる。
「だってぇ……」
「いやまあ、びっくりはしてるかもしれないけど、嫌いになるとは限らないじゃん」
「でも避けられてる……」
「まだ一日しか経ってないでしょ!?」
完全にネガティブの沼に入り込んでしまっている。
こうなると、下手に励ましても逆効果な気さえしてきた。
とはいえ大事なメンバーを、このまま放置しておくのもよくない。
どうしたものかと考えて、ふと思いつく。
「……じゃあさ」
ちむがちらっとこちらを見る。
「今度、5人でご飯でも行く?」
「5人で……?」
「そうそう。みんないたら、そこまで気まずくならないんじゃない?」
少なくとも、いきなり二人きりで話すよりはマシなはずだ。
それに、れるちの様子を自分も見ることができる。
ちむは少し考え込むように視線を落としてから、小さく息を吐いた。
「……今のちむに、サシで会う勇気ない」
「でしょ?」
「でも、五人なら……まあ……」
完全に乗り気というわけではなさそうだったけれど、それでもさっきよりは少しだけ顔色がましになっている。
とりあえず、一歩前進と思うことにしよう。
「よし、じゃあ俺が連絡しとくわ」
「……くにおぉ」
「だからそんな顔しないでって」
半泣きみたいな顔でこちらを見るちむに苦笑しながら、水の入ったグラスを押しつける。
正直どう転ぶかはまだ分からないけど、このまま何も言わずに終わるよりはちゃんと向き合った方がいいだろう。