コユキのらしくない弱気の声が場に響き渡った。
「も、もう無理よぉ~、ぜ、善悪、もう堪忍してぇ~無理無理、無理よぉぉぅ! はっはっはぁっ!」
善悪が答えるのであった。
「ぬふふ、まだまだ、まだまだまだぁ、でござるぅっ!」
汗だくになったコユキの体の中心に向けて、小気味よいリズムでナニを次々と送り込む事に夢中の善悪には、コユキが言った『止めて、壊れちゃうぅん!』の懇願は届かないのであった。
コユキは重ねて言うのであった。
「本当に、本当にもう無理ぃ! 無理なんだからぁ! 堪忍よぉぅ! こ、このままじゃアタシっ! アタシってばぁぁ~! っ! んあ、出ちゃう出ちゃうのよぉぉう!」
げぇえええええっぷぅ~ふふうぅぅぅ~っ!
盛大にして極大な曖気(あいき)、俗に呼ばれる『ゲップ』が場に響き渡ったのである。
周囲に居た他のお客さんも、店員さんもぎょっとした顔を向けてこちらを注視している。
何よりコユキを攻め続けていた、当の本人、善悪が最大の声で叫ぶのが、他の全ての声を打ち消して響くのであった。
「だ、大丈夫でござるかぁ~? こ、コユキ殿おぉ~! し、死なないでぇぇえええ!」
ちょっと前まで死にそうな喘ぎを漏らしていた筈のコユキが真っ白な歯をニッカと見せて善悪に向けて答える。
「だ、大丈夫よ、善悪…… 心配掛けちゃったわね…… さっきまでの体たらくはもう終い(しまい)よ…… ゲップしたお陰で胃袋に大分余力が出来たわ、つまり、レッツチャレンジ、オーヴァーリミットォー!」
「うん、じゃあ、行こう! 超えろ、コスモを燃やせ! 前人未到の六百杯まであと少し! 頑張れコユキ! いけいけコユキぃぃ! でござるぅ!」
そう、もうお分かりですね、ここは、そう、岩手県内、岩手と聞いてオオタニィサン、ビッグフライ! を除けば、誰もが容易に想像できるわんこ蕎麦チャレンジのお店、その最高記録挑戦中の戦場、その真っ只中である。
補助役を買って出た善悪はコユキの中心、大喰らいの口に入れる為のお蕎麦を、せっせせっせと送り続けていたのであった。
らしくなく早々と苦しそうにしていたコユキの姿も、今は懐かしい昔の話、ゲップ排出ブーストで勢いを増した魔神王さながらの食欲は鰻登りに天井知らず、気が付けば最高記録六百杯所か、前人未到を軽く踏み越え、驚天動地(きょうてんどうち)、天地を揺るがす驚きの成果、千十二杯を記録して終りを告げるのであった……
ご馳走様の代わりにコユキが言った言葉がこれだ。
「ああ、美味しかったわぁ! ありがとね、美味しく感じられる内に止めとくわねぇ、うまうま、又来るわね♪」
店員さんや蕎麦職人さんたちが引き攣りつつ言うのであった。
「「「「「あ、ええ、お、お手柔らかに……」」」」」
声が揃った事が奇跡であろう、兎に角善悪とコユキのびっくり人間組は、無事に東北に辿り着き、名物を堪能して次なる目標、『傘地蔵の傘と手ぬぐい』探しの遠征を無事スタートさせたのであった、良かった良かった。
ゲェプッゥゲプゲプゲェプッ!
鳴りやまない曖気(あいき)に戸惑いながらもコユキは隣で歩を進める善悪に言ったのであった。
「それにしても三太郎に含まれる浦島さんや鬼討伐経験者の一寸法師は兎も角、鬼退治にも一切関係ない『傘地蔵』とはねぇ~、善悪さあぁ、昔話にしてもさ、これ? 闘いに使えんの? って感じなんだけどぉ?」
善悪は気さくに答えるのであった。
「うん、闘いに直接関係あるかって質問には拙者は答えちゃうね、『随分単純なんだな…… 無駄と見える事に力を尽くした者こそが…… 勝利への細道を歩けるのを知らぬのか?』とかね? これは必要な手順だと思うのでござるよ! 気合入れてねっ! 頼むでござるよ、コユキ殿ぉ!」
「えっー? ん、んん、まあ、判ったわよ……」
駅に向かった二人の気持ちは、東北秋田新幹線、本当に良いわぁ~、便利だわぁ~、この一言に尽きる! であった。
生まれた頃から新幹線が身近だった二人にとって、日本列島の殆ど(ほとんど)に向けて高速移動できる新幹線網は歓迎して然る(しかる)べき物である。
なんとか山陰、四国にも伸び続けて行って欲しい物であった。
出来ればリニアも…… 静岡県民がこんな事を言ったら怒られてしまう風潮の中で敢えて思ってしまう二人であった…… 残念至極!
とは言え、新幹線から東北本線に乗り換えた二人は、目的地、岩手県奥州(おうしゅう)市の町中を、腹ごなしも兼ねてテクテク、そう、テクって行ったのであった。
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