TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

少なくとも、知らなかったと思っている。

あの家に地下室があること自体は、ずっと前から知っていた。

階段は玄関の奥、使われていない物置の横にあって、扉には鍵もなかった。ただ、降りる理由がなかった。それだけだ。


両親は地下室の話をしない。

話題に出す必要がない、という顔をしていた。

それが普通なのだと、僕も思っていた。


その日もきっかけは些細なことだった。


両親が出かけていて、家には僕ひとりだった。

冷蔵庫を開けて、閉めて、やることがなくなって、家の中を意味もなく歩き回っていただけだ。

物置の前で足が止まったのは、偶然だったと思う。


地下室へ続く扉は、少しだけ埃をかぶっていた。

触れると、指先にざらりとした感触が残る。

――こんなところ、あったっけ。

そう思った瞬間に、もう取っ手を引いていた。

理屈より先に、体が動いていた。

階段は思ったよりも深く、冷たい空気が下から上がってきた。

一段、また一段と降りるたびに、外の音が遠ざかっていく。


電気をつけると、地下室は妙に整っていた。

使われていないはずなのに、埃は少なく、壁も床もきれいだった。

そして、奥に――人影があった。

最初は、人形だと思った。

次に、動物か何かだと考えた。

最後にようやく、それが女の子だと分かった。

彼女は、こちらを見ていた。

逃げる様子も、怯える様子もなく、ただ不思議そうに首を傾げている。

人間なのかどうか、すぐには判断できなかった。

あまりにも、そこにいるのが自然だったからだ。

しばらくの沈黙のあと、

彼女が先に口を開いた。

警戒ではなく、好奇心の声だった。

「……ひさしぶり。うえから、きたひと?」

そのときの僕は、

彼女の言葉の意味を、ひとつも理解できていなかった。


ひさしぶり、という言葉が、頭の中で引っかかっていた。

「……えっと、ここに人がいるとは思わなくて」

言ってから、変なことを言ったなと思う。

地下室に人がいるはずがない、という前提が、なぜか当たり前のように口から出ていた。

彼女は少しだけ考えてから、頷いた。

「そうだよね。ここ、あんまり人こないから」

あんまり、という言い方が気になった。

来ない、ではなく、あんまり来ない。

「……君は、ここで何をしてるの?」

尋ねると、彼女は困ったように微笑んだ。

「いるだけ」

それが、答えだった。

冗談かと思ったけれど、彼女の声はとても真面目だった。

ここにいることが、役割のように聞こえた。

「……ずっと?」

問い返すと、彼女は少し首を傾げる。

「たぶん。わたし、あんまり外、知らないから」


外。

その言葉が、地下室の天井よりも低いところで鳴った。

「じゃあ、学校とかは……」

言いかけて、言葉を切った。

地下室で学校の話をするのは、急に残酷なことのように思えた。

彼女は気にした様子もなく、続ける。

「うえはね、ひかるんでしょう?」

「光る?」

「うん。昼になると、あかるくなるって聞いた」

聞いた、という言い方だった。

見たことがある人の言葉じゃない。

「……君、外に出たことは?」

そう聞いた瞬間、

自分が踏み込んではいけない場所に足を入れた気がした。

でも彼女は、静かに首を振った。

「ないよ。でも、だいじょうぶ」

どうして、と聞く前に、彼女は言った。

「ここ、わるくないから」

その言葉を、

僕はそのとき、安心の言葉だと思ってしまった。

――その意味を、

あとになって、何度も考えることになるのに。

loading

この作品はいかがでしたか?

22

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚