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あばばばばばばばばばばっ(??? 🐿️🦟小説いいよな〜、、
え...なんかお題にそって書くって難しくね...?尊敬しますわ...
「手首」「傷」「救う」のワードを使って小説を書きます!
赤×青
タイトル:その手を離さない
放課後の音楽室は、今日も静かだった。机の上に広げた楽譜は、もうとっくに読み終えているはずなのに、私は何度も同じ小節を目でなぞっていた。
窓の外では、雨が降っている。梅雨に入ってからというもの、毎日のように空は泣いていた。私もまた、それに引っ張られるように、どこか心の奥底が濡れている気がしていた。
ふと、袖口からのぞいた手首を見下ろす。薄く、けれど確かに刻まれた赤い線。傷は古いものも新しいものも混じっていて、自分でも見分けがつかない。
私はそれをそっと隠すように袖を引き直した。
「……また、それ、やったんか」
低く落ち着いた声が、背後から聞こえた。
驚いて振り向くと、そこにはまろが立っていた。いつの間にか入ってきたのだろう。傘も差さずに走ってきたのか、制服の肩が雨に濡れていた。
「なんで……ここに?」
「先生に、りうらが音楽室に残ってるって聞いて。なんか気になって、来た」
彼は私のそばまで歩いてくると、机の向かいに腰を下ろした。そして、まっすぐに私の目を見て言った。
「袖、まくって見せてみ」
「……やだ」
「見せてくれんと、俺、ずっとここにおるからな」
冗談めかして言ったけど、その声には笑いがなかった。私は観念して、ゆっくりと袖をめくった。まろの目が、傷跡にすっと落ちる。
「……痛ないんか?」
「……ううん。もう、慣れた」
「慣れるもんちゃうやろ、そんなん」
まろは少しだけ眉をひそめると、ポケットから白いハンカチを取り出して、私の手首にそっと巻いた。その手つきは、まるで壊れ物を扱うように丁寧で、逆に涙が出そうになった。
「どうして……何も言わずに、そんなことするの?」
「りうらが、痛いことせんでも済むようになってほしいからや」
「……私、弱いんだよ。誰にも言えないことがたくさんあって、ずっとひとりで抱えてきた。リスクだって分かってた。こんなことしたらダメって、頭じゃ分かってる。でも、止められないの」
「ひとりやと思ってたんか?」
まろの声が、少しだけ震えていた。
「俺がいるやろ。そばにおるやろ。なんで、俺のこと頼ってくれへんの?」
「だって……迷惑かけたくない」
「迷惑なんかちゃうわ。りうらが泣いてるほうが、ずっと辛い」
私は口を噤んだ。こんなふうに、まろがまっすぐに言葉をくれるのが、苦しいくらい嬉しかった。
誰かに頼るのは、怖いことだ。拒絶されたら、もっと傷つく。それが怖くて、私はずっと誰にも言えなかった。
「俺、昔、姉ちゃんが似たようなことしてたんや」
「……え?」
「手首、傷だらけでな。でも、家族は気づかへんかった。俺だけが知ってて、でも何もできんくて……ある日、倒れて、運ばれて、助かったけどな」
まろは自嘲気味に笑った。
「俺、その時ずっと後悔してた。なんで、もっとちゃんと向き合わへんかったんやろって。けど、りうらのときは、同じこと繰り返したくない。俺は、今ここにおるし、目の前で泣いてるお前を、助けたいって思ってる」
まろの目が真剣で、怖いくらいまっすぐだった。
「……助けて」
気づいたら、私はそう言っていた。
声が震えていた。情けなかった。でも、どこかで言いたかった。助けてって、本当はずっと叫んでいた。
まろは、何も言わずに私の手を握った。その手はあたたかくて、震えていた私の指を包み込んでくれた。
「俺が、りうらの痛み、全部消すことはできへんかもしれん。でもな、せめて、これから先、一緒におることはできる。せやから――その手を、離さんといてくれ」
雨はいつの間にか上がっていた。
夕焼けが、濡れた窓ガラス越しに柔らかく差し込んでいた。音楽室に静かに響く鼓動の音は、私とまろのものだった。
私は、もう一度、彼の手を強く握り返した。
これからも、きっと傷つくことはある。それでも、その痛みを誰かと分かち合えるなら。
私は、もう一人きりじゃない。