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第八話 静寂の灯
冬の夜、館の空気は静まり返っていた。
私は蜜蝋の蝋燭の灯りに照らされながら、机の上に広げた書物に目を落としていた。文字を追う間、世界は静かで、暖炉の火と蝋燭の光だけが私の周囲にある。
ページを閉じようとした瞬間、思わぬ風が部屋を通り抜けた。
──蝋燭の火が消える。
一瞬で暗闇。
書物も机の上に散らばったまま、元に戻せない。
足元も見えず、歩けばつまずきそうで怖い。
「……困りました」
小さく呟いたその声も、闇に飲まれる。
しばらく、どう動くこともできず、手探りで机に手をかける。
そのとき、近くの廊下を歩く足音。
静かな館内で、確かに誰かが近づいてくる。
「アディポセラ様、よろしければ──」
低く落ち着いた声。
光が差し込む。
ランタンの暖かい灯りが、私の部屋を照らした。
ウラシェルが、持ち運び式のランタンを手に、すっと立っていた。
そのおかげで、机の上の書物も元に戻せる。
足元も明るくなり、転ぶ心配はなくなった。
「ありがとう……」
思わず小さく微笑む。
ランタンの柔らかい光が、彼の輪郭を照らす。
静寂の中、守られている安心感が胸に広がる。
私は手早く書物を片付け、椅子に戻る。
ウラシェルは黙って見守ってくれている。
その穏やかさに、普段の館の厳しさや緊張を忘れる瞬間があった。
「本当に、助かりました」
言葉は軽くても、感謝の思いは確かに伝わる。
彼の存在は、日常の中での小さな奇跡のように、私の心に暖かさを灯す。
ランタンの光に照らされるウラシェルの背。
私より高くて、体付きがいい。
確か、私より一歳か二歳ほど上だと父は言っていた。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。
──この子を守ることが、私にとってどんなに大切か、改めて思い知らされる。
静かな夜の館で、二人きりの時間。
言葉はなくても、心の中で互いを確かめ合っているような気がした。
「そうだ、“おまじない”について教えてあげましょう。……本当は秘密で大事なものですが」
私はウラシェルの手を取る。
最初の頃から見違えるほど陶器のような手になった。
「『おまじない』……なにか、怖くなったり、心配になったりしたときには、そう唱えましょう。心が落ち着いて、正気になれます」
「……おまじない……」
「ええ。5文字だけ。……これは、今は亡きお母様から教えられたものです。決して他の者に教えないように」
おまじない。
お呪いではなく、おまじない。
ウラシェルと私だけのおまじないになりますように。