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第九話 変わらず終わらず
冬の朝はまだ冷たさを帯びているが、城下町の空気はすでに活気を孕んでいた。
私はウラシェルを連れて、館を出る。目的は、近くのパン屋。朝の焼きたての香りを求めて──もちろん、彼にも少し慣れさせる意味もある。
十字路に差し掛かると、人混みの熱気が肌を刺すようだ。
商人の呼び声、野次馬のざわめき、権力者の視線──渦巻いている悪意。熱気。
ふと、隣のウラシェルに視線をやると、足元で小さくつまずいたようだった。靴が片方脱げ、彼は瞬時に俯く。
一気に視線を向けられて、靴を履くのも怖くなっているのだろう。
私は自然と微笑む。
「まあ、ウラシェル、皆あなたの美しさに見惚れているのね」
無意識にそう呟く。勘違いでも、そう思わずにはいられない。
彼の背の端正さや整った顔立ちは、確かに目を引く。
そしてそのせいで、誰もが認め、見守るような視線を送ってくれている──私はそう思っている。
馬車の停留所に着く。
館からここまでの道中、歩き疲れた足を休めるにはちょうどいい。
すぐそばにやってきた馬車に乗り込む。目的はもちろん、パン屋へ。
だが、気づけば馬車は町の別方向へと進んでいる。
窓の外の風景は、思っていた景色と違う。どうやら誤って、パン屋とは逆方向の馬車に乗ってしまったらしい。
「……これは、逆ですね」
小さく呟く。
「なっ!逆向きでしたか!申し訳ありません!早急に馬車の手配をいたしますっ!」
でも、私には問題ない。貴族の私なら、すぐに降りて、正しい方向の馬車に乗り換えればよいのだから。
「これでパン屋に行けます」
隣のウラシェルを見る。
もしも彼がひとりで、この馬車に乗っていたら。
館とは無縁の場所へ連れて行かれ、誰も彼を気にかけず、降りることすら許されないかもしれない。
そもそも、乗ることも許されずその場で蠢いているのかもしれない。
そのことを思うと、胸の奥がわずかにざわつく。
馬車の揺れに身を任せながら、私は改めて隣のウラシェルを見た。
その背の端正さ、静かな表情──誰も知らないだろう、ウラシェルがどれほどの世界を潜り抜けてきたのか。
十字路に渦巻く熱気も、誤った馬車の進む方向も、まだ彼にとっては未知の脅威。
でも、今日のところは私が隣にいる。守るべき存在として、導くべき存在として。
馬車の先に見える、正しい道へと向かう光を確かめながら、私は心の奥で静かに誓った。
今日も、彼を守ろう──たとえ些細なことであれ、誤った方向へ行かせはしない、と。