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山中は頭を悩ませていた。
可愛く甘えるとは何か?
楽屋に向かう途中、聞こえてきたスタッフの声がずっと耳に残っている。
『可愛く甘えられると癒されるんです』
『分かる。疲れも吹き飛ぶよなぁ』
話の前後は分からないが、その声はとても穏やかだった。きっと心からの言葉なのだろう。甘えられると疲れが吹き飛ぶ──もしそれが叶うのなら……。
(はやちゃんの疲れも癒せるかな?)
かくして、山中による『可愛く甘えてはやちゃんを癒そう大作戦』が始まった。
◇
楽屋ではメンバーが台本の読み合わせをしたり、ソファで仮眠をとったりしている。山中もその横に座り、寝たふりをしながら作戦について考えていた。
改めて可愛く甘えようと意識するとなかなか難しい。ターゲット(佐野)に可愛いと思われなければ意味がないし、そもそもただ甘えるのと何が違うのだろう。
山中はそっと目を開けて隣の寝顔を眺めた。普段の大きな瞳と態度はなりを潜め、規則正しいリズムで静かに寝息をたてている。相変わらず大股ではあるが。
こういう無防備な姿が可愛いと言われるのだろう。なるほど、メンバーの行動を参考にしてみてもいいかもしれない。
山中はとりあえず気になったことを頭の中でメモすることにした。
[寝顔][無防備]
テーブルの方に目を移すと、長身二人が台本を片手に「その溜めいいねぇ」「今のめっちゃいい!」と褒め合っている。
人が笑っている姿は見ていて気持ちがいい。佐野も台本を見たまま照れたように笑っている。セリフの特にこだわっている部分を褒められたのも嬉しいポイントなのだろう。
やりとりを見ていた山中もつられて笑いそうになり、慌てて俯いた。
[笑顔][素直に褒める]
「皆さん、そろそろ移動お願いしまーす」
「はーい」
「よーし行こか」
スタッフの声を合図にメンバー全員で楽屋を後にする。
これから五人で雑誌の表紙と、雑談形式のインタビューを撮ることになっていた。撮影内でも会話する時間があるというのに、スタジオに向かう間も話は尽きない。
山中は前方を歩くメンバーから少し離れて、その様子を観察した。
「なんか今日の太智かっこよくない?」
「え! なん、やめてよ佐野さ〜ん嬉し!」
「ハハッ」
「なに〜太ちゃんがなんて?」
小突き合う二人の肩に、大型犬のような男が面白がって寄りかかる。三人は「あぶなっ」「歩きづらい!」「セット崩れるー!」と揉みくちゃになりながらも楽しそうだ。
まるで犬のじゃれあいを見ているかのような気分になる。
[犬][くっつく][じゃれる]
メンバーのおかげでヒントもだいぶ集まってきた。山中はほっと胸を撫で下ろす。この調子なら作戦も上手くいくかもしれない。
あとはこのヒントをどう繋げるか──山中が思案していると、いつの間にか横を歩いていた吉田に「柔太朗」と小声で呼ばれた。
「大丈夫か?」
「……え?」
山中は観察していたのがバレたのかと思い動揺した。咄嗟に誤魔化そうとして、何食わぬ顔で答える。
「なにが?」
「……いや、大丈夫ならいいんだけど」
吉田は言葉を探るように沈黙したが、やがて「まぁなんかあったら言えよ」とだけ言い残してスタスタと先に歩いていく。
何だか誤解されてしまった気がするが、なんとかバレずに済んだようだ。別に隠すほどのことではないのだが。
とはいえ、これから撮影だというのに集中力が欠けていたかもしれない。山中もメンバーの後を追うように歩みを速める。作戦のことは一旦忘れて、今は目の前のことに集中することにした。