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第五章 封じられた真実
第十三話 月蝕記
部屋の中は静まり返っていた。
机の上。
黒い表紙の古い書物が、月明かりを受けている。
『月蝕記』
三百年前。
黒い少女。
幽閉塔事件。
そして、失われた歴史。
全ての答えが、この一冊の中にある。
ハヤトは、ゆっくりと本を開いた。
古い紙の匂い。
擦れた文字。
長い年月を越えて残された記録。
最初の一文。
そこには、こう記されていた。
『遥かなる昔』
『世界がまだ一つの理の中にあった時代』
『光は満ち、闇は生まれ』
『全ては巡り、全ては還る』
ハヤトの指が止まる。
巡る。
還る。
その言葉を、静かに噛み締める。
読み進める。
『光あるところには、
必ず闇が存在する』
『闇とは恐れるものではない』
『光が生まれるために必要な、
『もう一つの世界の形である』
シュンタが、小さく息を呑んだ。
「……闇が」
「必要なものってこと?」
誰も答えない。
けれどその一文だけで、今までの常識が崩れていく。
ハヤト達が生まれてから教えられてきたもの。
光は正しい。
闇は恐ろしい。
そういう単純な形ではない。
さらにページを捲る。
『されど時として』
『人の心より生まれた想いは』
『世界の流れから外れ、濁りとなる』
『悲しみ』
『憎しみ』
『恐れ』
『それらは形なきまま漂い』
『やがて瘴気となる』
ジュウタロウの銀の瞳が、静かに揺れた。
リュカ。
あの日の姿が、脳裏に浮かぶ。
瘴気。
魔物。
ただ恐ろしいものだと思っていた。
しかし、記録は続く。
『魔物とは、闇そのものではない』
『還ることのできなくなった
闇の姿である』
静寂。
三人とも、言葉を失っていた。
魔物。
それは、ただ倒すべき敵ではなかった。
本来還るべき場所へ戻れなくなったもの。
ハヤトは、ゆっくりページを捲る。
そして、次の記述。
『ゆえに月は、
その流れを正すため』
『一つの存在を生んだ』
『闇より生まれし者』
『月蝕の子』
シュンタの表情が変わる。
三百年前。
黒い少女。
その名。
「……月蝕の子」
小さな声が落ちる。
記録には、続きがあった。
『月蝕の子は、
世界に漂う闇を引き寄せる』
『その身に宿し』
『そして最後には』
『その身をもって、
全てを月へ還す』
ハヤトの手が止まる。
最後。
その言葉が、妙に重く残った。
だが、続きにはこう書かれている。
『それは滅びではない』
『終わりではない』
『長き流れの中へ戻る、
ただ一つの還元である』
シュンタが、静かに呟く。
「……還るだけなんや。消えるんやなくて」
ハヤトは答えられなかった。
ただ、この本が伝えていることは分かる。
月蝕の子は、災厄ではない。
世界を壊す存在ではない。
むしろ、世界が壊れないために存在するものだった。
最後の頁。
そこに記された一文。
『故に、月蝕の子が現れる時』
『それは災厄の訪れではない』
『世界が、
再び正しく巡り始める時である』
読み終えた。
長い沈黙が落ちる。
三人は、しばらく言葉を失っていた。
机の上、開かれた古い本。
『月蝕記』
そこには、今まで教えられてきた歴史とは全く違う世界の姿が記されていた。
ハヤトは最後の頁へ視線を落とす。
『月蝕の子が現れる時』
『それは災厄の訪れではない』
『世界が、
『再び正しく巡り始める時である』
やがて、
「……じゃあ」
シュンタが小さく呟く。
「三百年前のあの子は、
世界を壊そうとしてたんやなくて」
「世界に溜まった闇を、
還そうとしてたんやな」
ジュウタロウは、黙ったまま本を見つめていた。
そして、
「なら」
低い声が落ちる。
「今、魔物が増えているということは…」
その言葉に、ハヤトはゆっくり顔を上げた。
三百年前。
魔物の大量発生。
黒い少女。
魔物の消えた百年と、
増え続ける今。
全てが繋がっていく。
「……確認する」
ハヤトは立ち上がり、机の上へ数枚の紙を広げた。
それは、これまで調べていた、帝国内の行方不明事件の記録。
「三百年前の幽閉棟事件」
「記録には満月の夜とある」
一枚。
また一枚。
事件の日付を確認していく。
シュンタとジュウタロウも覗き込む。
そして、
「……」
シュンタの表情が変わった。
「全部……同じ……」
ハヤトの指が止まる。
先日の事件。
数ヶ月前の事件。
半年前。
二年前。
五年前。
十三年前。
二十一年前。
全て、
満月の日。
「偶然じゃない」
ジュウタロウが静かに言う。
「三百年前も、現在も、
満月の夜に事件が起きている」
脳裏に浮かぶのは、フィルディアでのあの日の光景。
冷たい夜空に浮かぶ、満月。
部屋の空気が張り詰める。
その時、シュンタがふと何かを思い出したように顔を上げた。
「……そういや、前に市場で聞いた話」
ハヤトが顔を上げる。
「市場?」
「ああ」
シュンタは記憶を辿る。
「商人のおっちゃんが言っとった。
珍しい髪と目をした奴を見たって」
「黒い髪、黒い瞳」
ジュウタロウの銀の瞳が細まる。
「確かに言ってたな。
帝都へ来る途中だったとか」
「不吉な色だと、噂されていた」
ハヤトの胸がざわつく。
黒髪。
黒眼。
三百年前の記録。
黒い少女。
そして、今の時代にも、同じ特徴を持つ者がいるという噂。
まだ確かな情報ではない。
ただの偶然かもしれない。
けれど、今までの全てを知った後では、偶然とは思えなかった。
ハヤトは暦へ目を向ける。
満月の日。
三百年前。
現在。
同じなら、
「次に何かが起きるのは……」
ハヤトの声が止まる。
指先が、日付の上で止まった。
「満月まであと……七日だ」
遠くで、朝を告げる鐘が鳴った。
けれど三人には、夜が終わったようには感じられなかった。
三百年前に失われた真実。
そしてまだ誰も知らない、
今代の月蝕の子。
その出会いは、もう、すぐそこまで近付いていた。
第五章 完
コメント
5件
めちゃ鳥肌たちました!次回から運命の7日間が始まるってことですか!? ファンタジーの醍醐味って、次の展開が読めようで読めないところだと思うんです!comi様のお話はそれを感じれるので好きです🥰
月蝕記にある内容が今まで起きていた事件や色々なことと合致してゾクゾクしました!闇についての固定概念が覆されるお話でした! 第5章とっても面白かったです! 続きも楽しみにしてます!😊
第55話「月蝕記」、読み終えました。いよいよ核心に触れる書物が出てきましたね…! 『闇とは恐れるものではない』という一文にはっとさせられました。これまで魔物=倒すべき敵と教えられてきた三人が、世界の仕組みそのものと向き合う展開がとても好きです。特に「月蝕の子」が災厄ではなく世界を正すための存在だったという反転は、今までの伏線が一気に繋がるようで胸が熱くなりました。 ラストで出てきた黒髪黒眼の人物の噂。満月まであと七日。この先の動きが本当に気になります。comiさん、今回もじっくり読ませていただきました!