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その日から、空気が少しだけ変わった。
廊下の角。
階段の踊り場。
教室の後方。
教師たちの視線が、増えている。
ミス・サークルは移動のたびにリンクの位置を確認するように視線を走らせ、
ミス・サヴェルは授業中、無言で彼のノートを一度だけ覗いた。
ミス・ブルーミーも、やけに頻繁に声をかけてくる。
「ちゃんと休んでる? 無理してない?」
だが――
何も見つからない。
リンクは規則を守り、成績も態度も完璧だった。
武装は寮の部屋に隠したまま。
マスターソードは、今日もポーチの中で眠っている。
教師たちは、それ以上踏み込めずにいた。
昼休み。
リンクは校舎裏の中庭に、クラスメイトたちと集まっていた。
「なあリンク、それ何?」
ジップが覗き込む先で、リンクは携帯鍋を広げていた。
小さな火を起こし、生地を薄く流す。
「クレープだ」
「は? 作れるの!?」
甘い匂いが漂い始め、オリバーが目を輝かせる。
「すごい……こんなの、寮じゃ見たことないよ」
手際は、焚き火での簡易調理そのものだった。
焼き上がった生地に、簡単な甘味を包む。
「熱いから、気をつけろ」
リンクが差し出すと、クラスメイトたちは一斉に歓声を上げた。
「うまっ!」
「転入生、料理までできるのかよ!」
その様子を、少し離れた場所から教師たちが見ている。
――ただの昼休み。
――ただの交流。
それ以上でも、それ以下でもない。
クレープを食べ終えた後、自然と勉強の話になる。
「この問題さ、どうしても分かんなくて」
エドワードが問題集を開く。
リンクは覗き込み、指で要点を示した。
「ここを見る。式じゃなくて、条件だ」
「……あ、そういうことか」
他の生徒も集まり、気づけば即席の勉強会になっていた。
リンクは静かに、丁寧に教える。
威圧も、説教もない。
ただ、生き残るために必要な知識を渡すように。
その光景を見ながら、ミス・サークルは眉をひそめる。
「……問題行動は、確認できません」
ミス・サヴェルが答える。
「観察対象としては優秀すぎる。今のところ、収穫はない」
ミス・ブルーミーは、少し困ったように笑った。
「ただの、いい子に見えるわよ?」
教師たちは、それ以上踏み込めなかった。
昼休みの終わり。
リンクは鍋を片付けながら、ふと空を見上げる。
この時間は、本物だった。
笑いも、甘い匂いも、教え合う声も。
だからこそ、余計に分かる。
(……奪われるべきじゃない)
ポーチの中で、マスターソードは静かに重さを保っている。
まだ抜く時ではない。
だが、守るべきものは、確実に増えていた。