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「キョウスケさんたち、ピアノの傍の席なんですね」
案内された窓際の席に着くなり、宮本から話しかけられた。
「あれはあれで、恭介の得意技を発揮するのに、もってこいの席だと思うがな」
言いながら脇で控えているウェイターに、視線を飛ばした。するとそれを合図にしたかのようにサービス業らしい笑みを浮かべて、丁寧に説明をはじめる。
「失礼いたします。本日はクリスマスイブにふさわしい、特別なメニューをご用意しました。お飲み物をお選びくださいませ」
テーブルの上に置かれたメニュー表をふたりそろって手にし、まじまじと眺めた。
「陽さんは何にします? 俺、明日仕事なんで、ソフトドリンクになっちゃうんですけど」
「そうだな、うーん……。グラスワインの白でお願いします」
「俺はアップルタイザーで」
「畏まりました。少々お待ちください」
背筋を伸ばしてから一礼して去って行く背中をぼんやり見つめていると、「よかった」なんていう言葉が目の前からなされる。
「なにがよかったんだよ?」
訊ねながら宮本を見つめたら、手にしたメニュー表をばさつかせるように弄びつつ口を開く。
「てっきり、ボトルワインを頼むかと思ったんです。酔っぱらった陽さんを連れて帰るのは、すっごく大変だから助かったなって」
自分に対する文句だったのに、口調はとても軽快だった。嬉しげに微笑む宮本につられるように、橋本も瞳を細めて笑いかけた。
「おまえに苦労させるわけにいかないから、一応自重したんだぞ。本当は樽ごと、飲み干したい気分なのにさ」
「確かに。俺も明日仕事じゃなかったら、一緒に飲んでいたかもです」
「樽ごと?」
わかっているのに、聞かずにはにはいられなかった。すると宮本は親指をたてながら、口角の端をあげてにんまり微笑む。
「弟のときの挨拶で冷たい対応を見ていたから、両親がこんなにあっさり認めてくれるなんて思っていなかったし。やっぱり陽さんだからだよなぁって」
「それは持ち上げすぎだ。しかもそれって、弟と同伴していた江藤ちんを落とし込む発言になってることに、気がついてないだろ?」
やれやれと思いながら頬杖をつくと、弄んでいたメニュー表をテーブルに戻しながら「むう?」なんて呟いて首を捻る。
(おまえがそうやって不思議そうにしてる顔、俺なんかよりも、ずっと可愛いって思うんだけどな――)
「あのときは、佑輝の駄目さ加減が思いっきり露呈しちゃって、有能な江藤ちんがフォローしきれなかっただけなんですよ。「俺の躾が行き届かずにすみません」って謝ってる傍から、父さん母さんも至極済まなそうになっちゃって、自分たちの育て方が悪かったせいだと口にして、頭を下げる事態になったんです」
その当時のことを思い出し、ひどく沈んだ表情になった宮本。長々と告げられたセリフに納得した橋本は、小さなため息をついた。
「なるほどな。それであのとき、妙に緊張した顔になっていたのか」
「陽さんの身内に、きちんと話をしなきゃって前日まで考えていたのを、いきなり自分の親に挨拶することになっちゃって、頭の中が真っ白になりました」
困った顔して頭を抱える宮本の姿に、プッと吹き出しそうになる。実際に橋本の実家に挨拶に行くときは、今以上に困惑するんだろうなと思いながら語りかけた。
「どっちにしろ、挨拶することには変わりねぇだろ。気負いすぎなんだよ、雅輝は。見た目以上にしっかりしている、自分を信じろって」
頬杖をやめて、にっこり微笑みながら宮本にしっかり向かい合う。そんな橋本の笑みにつられたのか、暗い表情から少しだけ明るい顔を見せた。
「失礼いたします、グラスワインのお客様」
「はい」
説明したウェイターとは違う黒服の店員がやって来て、橋本の目の前に白ワインの入ったグラスを置いた。品のあるグラスに注がれたワインは、天井の照明を受けてキラキラ輝く。宮本が頼んだアップルタイザーも、同じように煌めいていた。
黒服の店員が去ってから、同時にグラスを手にする。
「雅輝と過ごす、はじめてのイブに乾杯!」
「陽さんが俺の家族に認められた記念日に乾杯!」
それぞれ違うセリフを告げて、グラスをカチンとぶつけてから口をつける。芳醇なブドウの香りを堪能しつつ、白ワイン独特の風味を舌でしっかり味わった。
「こりゃ何杯でも行ける酒だ、ヤバい」
あまりの美味しさに、心の中で留めていたことが、言葉となって出てしまった。
「樽ごと飲みたい、陽さんの気持ちはわかってますけど――」
「わかってるって。自重するから」
自重すると言ってる傍から、グラスの半分を一気に飲んでしまった。