「歩夢さんが嘘を言っていると疑うわけではないですけど、さっきまでここにいらっしゃったお母様と歩夢さんのお話の中のお母様が同一人物だなんてとても信じられないのですが……」
僕の家族の話を聞いていた歌歩さんが当然の疑問を口にした。僕は寝室の中の金庫に封印してあった一個のUSBメモリを持ち出して、さっき話したばかりの、夏海と清二が婚約した直後の夏海の裏切りの場面をベッドサイドに置いてあったパソコンで再生してみせた。
〈ああっ、いい! 清二さん、これが本当のセックスなの! 覚えておいて! 優しいだけじゃ女は濡れないし、気持ちよくもなれないの!〉
若かった頃の母が不倫相手に抱かれながらそう絶叫する場面を見て、歌歩さんはベッドから降りて土下座した。裸で土下座する彼女を見るのは不倫が発覚したクリスマスイブの夜以来。もう二度と彼女の土下座姿なんて見たくなかったのに。
「どうしたの?」
「お母様の当時のご主人が離婚後もお母様を軟禁してひどい目に遭わせていたとさっき言ってましたけど、こんな動画を見せられたらその方の頭がおかしくなったのも分かる気がします。そして、私も動画の中のお母様と同じようなことをしていました」
「不倫相手に抱かれながら、〈歩夢さん、ごめんなさい!〉って叫んでたんだっけ?」
「それも、本心からごめんなさいって思ってたわけじゃないです。恋人を裏切ってほかの男に抱かれている自分に酔ってました」
〈酔う〉と〈狂う〉とは同じ意味だろう。つまり君はもう酔ってはいないということだ。
「謝って済まないことをしました。本当に私は許されたのでしょうか」
「許したよ。母のしたことと同じで忘れることはできないだろうけどね」
君が不倫相手に抱かれながら〈歩夢さん、ごめんなさい!〉と言わされてる動画は、君が帰ってからゆっくりと見せてもらうつもりだ。
そういえば、母も不倫相手に抱かれながらそこにいない夫に謝罪していたなとふと思い出した。正確には謝っていたのは不倫相手の男だったか。どちらにせよ、不倫カップルの考えることは人が違っても大差ないらしい。
僕はそのことで君を責めるつもりはない。君は自分のことをひどい女だと自嘲したけど、それを言うなら裸で土下座する君を見て欲情している僕の心もたいてい汚れている。
「忘れることができないくらい歩夢さんを傷つけて本当にごめんなさい。許すにしても私をもっと罰して下さい。歩夢さんを愛することなんてのは罰になっていないと思います」
「君も分かってるよね。僕の父は絶対に僕らの復縁を許さない。手段を選ばず、僕らの仲を引き裂こうとするはず。長い時間会えなくなることもあるかもしれない。それでも僕との愛を貫くのは相当な覚悟がいることだよ。それくらいの覚悟を持って僕を愛してほしいと言ってるんだ。もちろん僕もそれだけの覚悟を持って君を愛している」
「この先どんな困難が待っていたとしても、命ある限りあなただけを愛し抜くと誓います!」
ベッドの上に戻ってきた君を壊れそうなくらいきつく抱きしめる。この先どんな困難が待っているだろう? その頃はまだ父ではなかったが、ゼネコン最大手の昭和建設社長の守によって徹底的に攻撃された夏海の不倫相手の男とその妻子の末路を歌歩さんに聞かせた。
「借金まみれで住む家も失って途方に暮れていた母子を見かねて、実父の清二が母子四人とも引き取った。母子以外に父親――つまり僕の母の不倫相手もいたけどそれは引き取りを拒否して、今後二十年マグロ漁船に乗って働き続けるように手配したら、船に乗り込む前日に海に飛び込んで自殺したよ。その後、清二は不倫相手の長女と再婚した。再婚したとき、長女は十八歳、清二は五十三歳だった。不妊治療した甲斐あって数年後に子どもも授かったよ。ちなみに不倫相手の次女は僕の同級生だったけど、中学生のうちに僕の兄の子どもを産んだ。その後兄と結婚して、結婚前にできた子も含めて三人も子どもを産んだ。こっちはもう離婚しちゃったけどね」
これから始まるであろう養父の守による制裁への恐怖は、僕ら二人の気持ちを高める舞台装置の役割しか持たず、すぐに三度目の性交に突入した――
十年前の三月。母の浮気相手の奥さんを名乗る女から、僕の母の浮気の証拠を収録したというUSBメモリを受け取った翌日の夜、僕らはまた架の部屋に集まった。
父は夏海を本気で愛していた。それまで社宅暮らしだったが、夏海の実家にほど近い場所に土地を買い、夏海のために二階建ての一戸建てを新築することにした。夏海の希望を最大限に取り入れた注文住宅。その家が完成次第、結婚式を挙げ入籍して同居という運び。
夏海のたっての依頼で施工は宮田工務店。担当者は大夢。父も建設会社勤務だから勤務している会社で建てたいと渋ったが、結局夏海に押し切られた。
「これで大夢君の成績また上がっちゃうね」
「夏海の旦那には足を向けて寝られないな」
「旦那の嫁を寝取ってるのはいいの?」
「実は、旦那さんごめんって心の中で謝りながら夏海を犯してるんだぜ」
「嘘だよね」
「うん、嘘」
爆笑する二人。そのとき二人はいつものように夏海の実家で逢瀬を楽しんでいた。四つんばいになった夏海が尻を突き上げ、大夢はバックから夏海を突きまくる。大夢は射精するとき本当に、旦那さんごめんと叫んだ。
「何を悪いと思って謝ったの?」
「全部だよ。おれが十年以上味わい尽くしたお下がりを引き受けてくれるのに、そのお下がりの体も見れないし、触ることもできないなんてさ」
「お下がりってひどい! 大夢君が望むから、あいつにそういう約束をさせたのに」
「ごめんごめん。あいつ、いい年して素人童貞だったそうだよな。夏海が初めての素人か。おれが十年以上仕込んだ成果で、舌遣いなんて並みのプロよりよっぽどうまいっていうのにさ」
「私を商売女と一緒にしないで。私が愛して抱かれてもいいと思ってる相手は大夢君だけなんだから」
「旦那は?」
「ATM」
「商売女よりよっぽど悪い」
また爆笑する二人。悪魔同士、この二人が結婚していれば無関係の人間が被害を受けることもなかったのに。
夏海、二十九歳。新居完成。竣工式前日。竣工式直後に父と夏海は入籍予定。
大夢が用意した合鍵で新居に侵入する悪魔二匹。
「明日引き渡し。旦那がまだ一度も入ったことない新居で独身最後の日の夏海を抱いてみたかったんだ」
「もう。大夢君、性格悪いよ。なんて言いながら私もスリルでドキドキしてるけどね」
寝室にはまだベッドも何もない。竣工式の翌日に家具も家電もベッドも運び込まれる手はずになっている。同居開始もそのタイミング。
「服を全部脱いで壁に手をついて、尻を突き出せ」
そのとおりにした夏海を、大夢は服を着たままズボンのファスナーだけ開けて後ろから力任せに責める。
「夏海が処女を捨てた日を思い出すな」
「そういえば、あのときも私だけ裸にされたよね」
「おれは処女をなくした瞬間の夏海の表情もあえぎ声も膣の感触も全部はっきりと覚えてる。明日おまえの旦那になる男はおまえの何も知らないんだよな。悪いと思いながら笑っちまう」
「知らない方がいいんじゃない? 自分が愛した女の心も体もほかの男のものだったなんて聞いたら、あいつ自殺しちゃうかも――あっ、イクっ!」
「おれも!」
引き渡し前の新居の寝室の床にぼたぼた垂れる二人の体液。嫌悪感しか湧かないが、一つだけ夏海の言葉にハッとさせられたものがあった。このUSBに収められた動画を見せて父は正気でいられるだろうか?
愛した女が実が結婚前からずっと裏切っていて、十年以上育ててきた子どもが三人とも自分の子どもではなかったと知ったら、父は自殺してしまうのではないか?
僕の心配をよそに画面の中の悪魔二人は床の汚れを拭き取り、次はキッチンに移動しそこでもセックス。その次はバスルームでセックス。最後にトイレでも――
それだけでも異常だが、それをすべて撮影した意味が分からない。同じ屋根の下にいる夏海を連れてきて問いただしたいくらいだ。
「撮影することで行為を誰かに見られてるつもりになってるんじゃないか。変態にもいろいろあるが、誰かに見られながら行為したいという人種もいるらしい。つまりやつらにとってはそれもプレイの一環なんだろうよ」
というのが兄の説。なるほどと思ったが、
「僕らはみんなそんな変態から生まれたんだね」
と言ったら妹が泣き出した。
「あの女に早く死んでもらわなければ、僕らの心の方が先に壊れてしまう」
「ああ。でも死んだら許してやろうぜ。それであの女のことはきれいさっぱり忘れるんだ」
兄がそう言うのを聞いて、兄もつらいんだなって僕らは知った。不倫なんて誰も幸せにならない。最初からあの二人が誰も幸せにならない恋なんてしなければよかったんだ。そう思った僕がその十年後に既婚上司たちとの不倫に溺れた歌歩さんを好きになった。誰も幸せにならないに決まってるのに。皮肉なもんだね――
父と夏海の結婚生活が始まった。夏海の名字は大石から佐野に変わった。でも名前が変わっても人間の本質は何も変わらない。
夏海は父と話し合って、家事に専念したいということで会社を退職し、結婚と同時に専業主婦になった。会社を退職して早々、父の勤務中、週に二度も三度も夏海は大夢と会うようになったから、実は夏海はそのために専業主婦になりたかったのかもしれない。
夏海の結婚前、二人の逢引の場所は夏海の実家、逢引の時間帯は夏海の退社後の平日夜間が多かった。新たな逢引の場所は父が夏海のために建ててくれた新築の自宅、逢引の時間帯は平日の昼頃になった。
毎晩父と夏海が眠る寝室のダブルベッドの上で四つんばいになった夏海を犯すように後ろから突きまくるのが大夢のお気に入りだった。二人の汗やら大夢の精液やら夏海のよだれやらでベッドのシーツがすごい勢いで汚されていく。
「大夢君、たぶん今日は排卵日だと思う」
「よし、じゃあ五回は出してやる」
「うれしい!」
「樹理の排卵日とちょうどずれててよかったぜ」
「樹理さんとの妊活は順調?」
「そろそろ第一子がほしいって言うからあいつとも頑張ってる。おれ、樹理と夏海を同時に妊娠させたいんだ」
「なんで?」
「おれんちとおまえんちは同じ学区だろ。将来、子どもの授業参観に行って自分の子どもが教室に二人いるのを見たら気分いいだろうなって思ってさ」
佐野家と宮田家の三人の子どもの学年が完全に一致してる理由がそんなくだらない事情だと知って僕らは空いた口が塞がらなかった。架なんて行きたくもないレベルの高い進学校を母のゴリ押しで受験させられたが、そういえば高校の同じクラスに宮田雫という女子がいると架が言うので調べてみたら大夢の長女だった。僕が中三に進級すると同じクラスに大夢の次女の宮田有希がいた。妹の夢叶のクラスに大夢の子どもはいなかったが、同じ学年にはやはり大夢の長男の宮田和弥がいた。宮田家の三人は正統な子どもで、僕ら佐野家の三人は母親が不倫してできた子ども。そんな劣等感に苛まれたのは僕一人ではなかったはずだ。
「じゃあ、そうなるようにもっともっと頑張んないとね」
「無理言うな。これ以上頑張ったら死んじまう――出る!」
「一滴も残らなくなるまで出して!」
大夢から見てただの性欲処理の道具だったのが子を産む機械も兼ねるようになっただけなのに、夏海がそんな自分の境遇の変化を一方的によい変化だと受け止めているのが腹立たしいのを通り越して情けなかった。
大夢が夏海に今度は仰向けになるように命ずると、下腹部には相変わらず〈大夢専用〉の文字。他人の奥さんに何をやらせてるんだか……。といっても夏海本人がそれを全然嫌がってる様子がないからどうしようもない。これも不倫カップルのプレイの一環なのは分かるが悪質すぎると思った。
それにしても、週に何度も平日の昼間に一時間以上人妻の家にとどまれるって、大夢の会社の労務管理はどうなってるのだろう? 動画の中の夏海との会話から、大夢が宮田工務店という地元を代表する大企業の社長の息子だということはなんとなく分かっていたが、大夢が社長の息子ということで社内でやりたい放題で、注意できる者が周りに誰もいなかったという会社の事情までは読めなかった。
「こいつの会社もつぶしてやりたい」
呪うように架がそう言ったが、宮田工務店は五百名余りの社員を擁する、地域を代表する大企業。ローカル局のテレビ番組のスポンサーとしてCMまで流している。さすがに子どもの僕らには大きな会社をつぶせるほどの力はなくて、それの実現にはより大きな大人の力を借りなくてはならなかった。
同じ週の土曜日の夜。寝室に父と夏海。小型の隠しカメラが天井に仕掛けてあるらしく、画面はずっと真上から見下ろす構図。
夏海が週一で父の性処理をする日は毎週土曜日と決まっていた。その週は夏海の排卵日を含む週だったから、父は当然のように夏海から挿入行為は拒否された。
「清二さん、分かって下さい。子作りの行為は月に一度の排卵日の日だけです。その、月に一度の行為だって本当はつらいんです。あとの日は私の手で清二さんのものを気持ちよくさせて下さい。男の人との行為にトラウマのある私にはこれが精一杯なんです。決まった日以外でも私の中にどうしても挿れたいというならいいですよ、させてあげます。でもいつかきっと私の心は壊れると思います」
夏海は毎月、父には間違った排卵日を教えていた。生理直後の絶対に妊娠しないときしか、夏海は父に膣内射精を許さなかった。
父は夏海の押しの強さに押し切られてばかりだった。この日、夏海は手慣れた様子で父を片手だけで射精に導いたが、父の精液を手の平で受け損なって少しだけシーツに垂らしてしまった。それを理由に次回からはコンドーム着用での処理にすると父に申し渡したが、父は肩を落として分かりましたと答えることしかできなかった。夏海はわざと受け損なったんだと思う。すべてが夏海の思い通りに物事が進んでいた。
ただし、夏海の家事は完璧だった。朝晩の食事はもちろん早起きして持たせる昼のお弁当にもまったく妥協しなかった。お弁当を食べていると職場の同僚たちからうらやましがられて、それは正直気分よかった。
他人に見られない部分――掃除や洗濯もまったく手抜かりがなく、ワイシャツのボタンが取れたときもたった五分でしっかりと縫いつけてくれた。性生活に若干の不満はあっても、父は夏海と結婚してよかったと思い、感謝の言葉を夏海にかけることにも躊躇しなかった。
「あいつ、あなたと結婚してよかったって毎日言ってくれるんだよ」
「夏海が献身的に家事をこなすのは、おれが夏海の欲求不満を完全に解消してやってるおかげなのにな。夏海ばかりじゃなくて、少しはおれにも感謝してほしいもんだ」
「伝えとくよ」
「それは困……うっ」
大夢の精液がまた夏海の膣内に注がれていく。排卵日周辺になると、大夢は毎日のように父の建てた新居を訪れて新妻を犯した。大夢は冗談で言ってるわけでなくどうやら本気で、父と夏海の夫婦がうまくいってるのは自分のおかげだと信じているようだった。
結婚三ヶ月後、とうとう夏海の妊娠が判明した。
「私の命に代えても清二さんの子どもを無事に産んでみせます」
「夏海さんに何かあったら無事とは言わない。家事もなるべく休んで下さい。できる限り僕がやります」
胎児に悪影響があったらいけないということで、週一の父の性処理も出産までは夏海の手を使っての行為のみとなった。
一方で、夏海は大夢には激しくしなければと膣内射精を許した。それからまもなく彼の妻の樹理も妊娠したが、それから樹理は大夢との性行為を一切拒んだから、大夢のありあまる性欲はそのまま夏海に向かっていくしかなくなった。結局、妊娠初期のあいだ、夏海と大夢はそれ以前と同等かそれ以上の激しさでお互いを求め合った。妊娠中期になると、二人のプレイのメインは口内射精や肛門性交に移行したが、父はいまだに妻の夏海の裸を見たこともなければ、肌に触れたこともないのだった。
なるべく僕が家事をやるようにすると父に言ってもらえても、夏海は今までやっていた家事をなかなか父に譲ろうとはしなかった。そのことで、夏海に対する父の信頼はさらに盤石なものとなった。妻の不貞など頭の片隅にもなく、子どもが生まれたらどんなふうに育てようかと幸せに思い悩む日々だった。
父は家族のために毎日遅くまで働いた。それをいいことに、大夢は毎日のように夏海に会いに来てそのまま三時間も四時間も居座るようになった。
夏海と大夢がバスルームで湯船に並んで浸かっている。
「旦那が汗水垂らして働いてるときにその奥さんを寝取って何時間も性処理させて楽しむって、やっぱり優越感を感じるもの?」
「馬鹿言うな! おれも夏海の欲求不満を解消するという大事な仕事をしてるんだ。汗水垂らす代わりに精液を飛ばしてな。会社の仕事よりよっぽど重要な任務だ」
夏海が腹を抱えて大笑いした。
「ちょっと下品だけど、私には大夢君くらいの軽さがちょうどいいみたい。あいつ冗談一つ飛ばさないから、ときどき息がつまるんだよね」
「夏海のそういう欲求不満を全部おれが解消させてるから、おまえら夫婦はほとんどケンカもせずに仲良く暮らせるんだ。おれはおまえら夫婦の幸せのために、これからも労を惜しまないつもりだ」
「あいつと結婚してよかった。私が本当に愛してる人は大夢君だけだって再認識できたから。それに、その最愛の大夢君の子どもを産むことができることになったからね」
二人の言ってる言葉は聞き取れるが、何を言ってるのか内容はさっぱり理解できない。湯船の中で熱い口づけを交わす二人。僕らは異星人を見るように呆然と画面を眺めていた。
夏海、三十歳。
出産予定日の二ヶ月前、事件は起きた。
父は連日連夜の残業に追われていた。
大夢は相変わらず新婚夫婦の新居に入り浸り、身重の新妻の口や肛門を犯していた。
ある日、父が会社で倒れて、救急車で病院に搬送された。過労だろうという診断だったが、念のため一晩だけ病室に泊まることになった。
関係者の誰もがそのことは誰かがすでに妻である夏海に知らせたに違いないと思い込んだ。
深夜になっても父が戻らないと夏海はSNSで大夢に相談した。
おれたちの不倫がバレたか、自分が浮気してるか、どっちかだ。
大夢の返信を見て夏海は怖くなり、居ても立ってもいられなくなった。実家に帰りますと書き置きを残し、タクシーを呼んで実家に駆け込んだ。
父は三日間の休日を与えられた。翌日帰宅して書き置きを読み、夏海が実家に帰ったことを知った。
父は夏海の実家を訪ねたが、怒った義両親によって門前払い。義両親は昨夜連絡もなしに父が帰宅しなかったことをひどくなじった。浮気でもしていたのかと責められて、浮気なんてしてませんと何度も説明したが、信じてもらえなかった。
父は上司に事情を話し、義実家まで来てもらい、義両親に事情を説明してもらった。医師の診断書を見せて、ようやく信用してもらえて、父は夏海を新居に連れ帰ることができた。
リビングで夫婦で話し合った。
「清二さんも倒れて大変だったようですが、私も昨夜は(不倫がバレたか心配で)一睡もできませんでした」
「身重のあなたに心配かけて本当に申し訳なかったです」
「清二さんが私との性生活に不満を持ってることは私が一番分かっています。でも(私が浮気するのはいいけど)清二さんに浮気されるのはどうしても嫌なんです!」
「夏海さんがつらい過去のために今もトラウマに苦しんでいることは重々承知しています。それなのに、夏海さんともっと触れ合いたいという不満が僕の言葉や表情に出てしまったことが今まで何度もあったことは本当に申し訳なく思います。これからは絶対にそういうことがないようにします。もちろん浮気なんて絶対にしないので安心して下さい」
「清二さんは気がついてなかったみたいですが、実は私は病的に嫉妬深い人間なんです。言葉だけで安心することなんて絶対にできません」
「じゃあ、どうすれば安心してくれますか」
「してほしいことがありますが、怒られるか馬鹿にされるかどちらかだと思うので言いません」
「怒らないし馬鹿にもしないので言って下さい。どんなことでも、僕がそれをすることであなたの心の平和が守られるなら、犯罪行為でなければ必ず実行すると約束します」
夏海はほかに誰もいないのに父に耳打ちして、何やらひそひそと囁いた。聞き終わると父は困惑というか苦渋の表情になった。
「だから言ったんです。今の話はなかったことにしましょう」
父はソファーから猛然と立ち上がり、
「言われたとおりするので、ここで待っていて下さい」
と声をかけてリビングを出ていった。二十分ほどして父は戻り、ソファーに座る夏海の前に立った。
「清二さん、見せてもらっていいですか」
父は無言でズボンとパンツを脱いだ。ジャングルのようだった陰毛は全部剃られ、剃り跡に黒マジックで〈夏海専用〉と記されている。夏海にまじまじと見られて、父の小さな性器が夏海を求めてむっくりと起き上がる。
「清二さん、私のためにありがとうございます」
「こんなことがあなたを傷つけてしまった償いになるのなら、お安いご用です。夜、お風呂に入って字が消えたら、朝にまた書けばいいんですよね?」
「忙しい清二さんのすることを増やすわけにいきません。私が書きます」
「それはいいですけど……」
「それより清二さん、今日は土曜日じゃないですけど、清二さんを気持ちよくしていいですか」
「それはぜひ!」
夏海の下腹部の〈大夢専用〉の文字が夏海が大夢の奴隷になった証だとすれば、父の下腹部の〈夏海専用〉の文字は父が夏海の奴隷になった証。夏海は父のものを初めて口に含んだ。夏海としては主人が奴隷に与えるご褒美のつもりだった。
大夢が長年仕込み、彼がプロの女性以上と太鼓判を押す夏海の舌遣いに、父はたちまち嵐の海の小舟のように翻弄された。それでも父が射精を五分以上持ちこたえたのは父の忍耐力によるものではなく、単に夏海が手加減しただけのことだった。父が口内に発射した精液を夏海は迷わず飲み干した。父はそのことでもいたく感動していた。
「夏海さん、飲み干してくれてありがとう」
「おいしいものじゃないので、そうしたくてしたわけじゃないです。清二さんを愛してるから、清二さんの喜ぶことをしてあげたいと思っただけです」
「僕も夏海さんの喜ぶことはなんでもするので、これからも遠慮なくなんでも言って下さい」
「今は特にないですが、してほしいことができればまたお願いしますね」
毎朝の父の下腹部へのマジック書きも始まった。父はまったく嫌がらなかった。また口内射精したいと期待してるんだなということは分かったが、夏海は二ヶ月後に出産するまで、父にそれを許すことは一度もなかった。
二ヶ月後、夏海が男児を出産した。清二は立ち会い出産を希望したが、夏海に拒否された。清二は病室の外でその瞬間を待ち、やがて兄の産声を聞いた。
父が病室に呼ばれ、母子と対面したときの動画はさすがになかった。ただ、そのときの模様は、退院日の一週間後、夏海が大夢に語った内容で知ることができた。退院後一ヶ月間、夏海と生まれたばかりの架は、夏海の両親のフォローのもと、夏海の実家で過ごすことになっていた。大夢は堂々と夏海の実家を訪れ、退院まもない母子と対面した。大夢が架を抱き上げる。
「まだどっちにも似てないな」
「そりゃあね。でもこれからだんだん嫌でも似てくるよ」
「出産したときどんなことを思ってたんだ?」
「もちろんこの子を大夢君に早く見せて抱かせてあげたいって思ってたよ」
「旦那よりもおれか?」
「だって本当の父親だしね」
「生まれたとき、あいつはなんて言ってた?」
「おつかれさま、僕をパパにしてくれてありがとうって言ってた。ちょっと罪悪感を感じたかな」
「まだ一人目で罪悪感? 夏海にはあと二人おれの子を産んでもらうつもりなのに。この子の名前はあいつが決めたんだっけな。二人目はおれがもう名前決めてあるから絶対に夏海が命名権取れよ。できれば三人目も」
「なんて名前?」
「男なら歩夢。女なら夢叶」
ハンマーで殴られたような気分だった。それは妹も同じだったようで、妹は泣き出した。
「どっちも大夢君の名前の〈夢〉の字を入れるわけね」
「でもいい名前だろ?」
「うん、いいと思う。今度はいつから子作りするの?」
「二年後に二人目、またその二年後に三人目が生まれるように、子種を仕込んでやる」
「OK。じゃあ、来年だね」
「子作りは来年だけど、出産直後で生理は当分来ないんだろ。今日は久々に中に出しまくってやるからな!」
「隣の部屋にお父さんとお母さんがいるんだけど」
「嫌か?」
「ううん。ずっとセックスできなくて欲求不満だった。大夢君は私の欲求不満を解消する係だって言ってたよね? 私の気が済むまで責任取ってもらうからね!」
新生児が寝ている隣で絡み合う二人。さすがに入院中は文字を書かなかったはずだが、夏海の下腹部にはまた〈大夢専用〉の文字。大夢は宣言したとおり、繰り返し精液を夏海の体内に注ぎ込んだ。
「そういえば、旦那の性処理はどうなってる?」
「まったく気にしてない。自分の手で処理してるんじゃない? 私があの家に戻るまで、〈夏海専用〉の文字を毎朝自分で書かせて朝晩必ず画像を送らせてる。あの体で風俗に行く度胸もないだろうしね」
「今日の画像見せて」
「これ」
大夢はスマホの画面を見て爆笑した。
「旦那さん、感謝しろよ。出産前後に積もり積もった夏海の欲求不満は間違いなくおれの方で全部解消させておくから。今度あんたが夏海と会うとき、夏海はとびっきりの笑顔をあんたに見せるだろうさ。おれの役割をあんたに代わったっておれはいいんだぜ。でも無理なんだよ。その包茎のポークビッツじゃ、夏海を満足させることなんて絶対にできやしないからさ!」
「清二さん、ごめんね! でも彼の言ってることは全部本当なの! ああっ、またイッちゃうっ!」
我慢の限界だった。僕らはこれ以上動画を見るのはやめることにした。どうせあと二回の出産前後の様子を記録した動画の中味だって、今回の動画の中味と大差ない不愉快なものだろうから。
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