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ブルーノと別れた私は、家へ戻った。
「おかえり、エレノア」
「ただいま。子供たちは?」
「夕飯を食べて、風呂にいれて、今は部屋のベッドで眠っているよ」
「ありがとう。出張帰りなのに……」
「僕の子供だ、育児は苦ではないよ」
家に入ると、玄関でアルスが待っていた。
私がブルーノと話している間、アルスは子供たちの世話をしてくれていた。
出張から帰ってきたばかりで疲れているというのに。そのことについて謝ると、私はアルスに抱きしめられ、彼の胸の中にいた。
耳元で、アルスの優しい声が聞こえる。
「あの男は誰だい?」
「……」
「僕に教えて」
先程の優しい声音から、少し低くなる。
アルスは私に男の知り合いがいたことが気に入らないらしい。
よく言えば、私を溺愛している。悪く言えば束縛が激しい、だ。
仕方がない。言おう。
「私がソルテラ伯爵家のメイドをしていた際の主人です」
「え? オリバー・ソレ・ソルテラは――」
「いいえ、オリバーさまの弟のブルーノさまです」
「弟……? そんな嘘をつくまで、あの男のことを隠したいのか」
「その……、オリバーさまとブルーノさまの関係を説明するのは難しくて」
中佐の位にいるアルスには、元ソルテラ伯爵の弟と説明しただけでは納得してくれない。
なぜ、ブルーノが幽閉されず自由に行動しているのか説明がつかないからだ。
オリバーとブルーノの関係は説明が難しい。かなりの時間を要するだろう。
うっかり日付が過ぎてしまうのはシャレにならない。
「ブルーノさまと私はただの主人とメイドの関係。それ以上にはならなかったわ」
「本当なんだな?」
「ええ。聞きたいのなら明日ゆっくり話す」
「……わかった。明日、ブルーノって人の話を聞かせてくれるかい」
アルスが不安視しているのは、私とブルーノが恋人関係にあったかどうか。
ブルーノとオリバーの複雑な家庭環境など微塵も興味もない。
私はアルスの思考を汲み取り、彼が知りたいことのみを伝え、他の話は明日に回してほしいとお願いした。
話を保留することができ、私はほっとする。
不貞の可能性は皆無だということが分かったアルスは、私との抱擁を解く。
アルスは笑みを浮かべており、いつもの優しい彼に戻ってくれたようだ。
その後、私は夕食を頂き、風呂に入り身を清めた。
寝間着に着替え、アルスと共に寝室のベッドに横になる。
「おやすみ、エレノア」
アルスはそういって眠りについた。
すうすうと寝息を立てている。
(今の時刻は二十三時)
あと一時間で、アルスとの夫婦生活が終わる。
私はアルスの寝顔をじっと見つめる。
出会ってすぐ結婚したから、最初はあまり良く思っていなかったけど、アルスはとても優しく、私を愛してくれた。
アルスの愛にめいっぱい応えたつもりだが、彼はそれで満足してくれただろうか。
「アルス……」
私は眠っているアルスの頬にキスをした。
「また、逢いましょう」
私はアルスが熟睡したことを確認し、ベッドから抜け出した。
そして、【時戻り】の水晶を手にし、寝室を出た。
(ん?)
地下室向かう途中、玄関の方に何者かの気配を感じた。
それは小さく、玄関のドアをカリカリと引っ掻いていた。
「オリバー?」
「……」
それは息子のオリバーだった。
名前を呼ぶと私の方をむき、ぎゅっと私の足を掴む。
「お庭は朝になってから行こうね」
「……」
「お母さん、地下室に行くの。オリバーも一緒に行く?」
「いく」
足を掴まれ、身動きが取れなくなった私は、オリバーをあやし、共に地下室へ降りることを選んだ。
スイッチを入れると、地下室への階段の足元がぽわっと明るくなる。
私はオリバーの手を握り、ゆっくりと階段を下りた。
我が家の地下室は貯蔵庫になっており、保存できる食材と非常食が置いてある。
主に料理を作るメリルと、荷物を下ろすアルスしか立ち入らない部屋になっている。
「ママ、くらい、さむい」
「お母さん、もう少しここにいなきゃいけないの」
貯蔵庫に入ってしばらくすると、オリバーは再び私の足にしがみつく。
身体がぷるぷると震えており、寒がっているのだというのが分かる。
それにオリバーは怖がりなので薄暗い貯蔵庫の雰囲気に怯えているのだろう。
(オリバーともお別れなのよね)
残された時間はわずか。
ブルーノが秘術を放てば、轟音と地震のような揺れが発生するはず。
【時戻り】の水晶が青白く光ったら私は――。
「ママ?」
オリバーの方へ顔を向けると、彼はつぶらな瞳で私をじっと見上げていた。
愛しい私の息子。
この子はどんな大人になるのだろう、どんな人と結婚するのだろう。
孫が産まれたらこの手で抱いてみたい、それを息子とともに見守りたい。
この子には沢山の未来がある。なのに、母親である私がそれを閉ざしてしまう。
(ああ、私はどうしたら――)
「ママ」
オリバーが私の名前を呼んだ、その時だった。
轟音と同時にこの場が大きく揺れた。
私はその衝撃に、その場にしゃがみこみ、オリバーをかばうようにぎゅっと抱きしめる。
(ああ、ブルーノがやったんだわ)
揺れはすぐに収まった。
「エレノア!! エレノア!!」
収まってすぐ、アルスがここへやって来た。
彼は私とオリバーが無事だと分かると、私たちをぎゅっと抱きしめた。
「エレノア、君が隣にいなかったからどうしたかと……」
「明日の朝食、小麦粉が足りないと思ったので貯蔵庫に取りに来たのです。そしたら――」
「パパ! うええええ」
私の言い訳の途中、オリバーが声を出して大泣きし、アルスにぎゅっと抱き着いた。
アルスは私の事を聞くのを止め、オリバーをよしよしとあやす。
「イルーシャは?」
アルスはイルーシャの行方を問う。
私は首を横に振った。
「エレノア、先ほどの大きな揺れと突風で上は大変なことになっている。僕が探してくるから、君たちはここでじっとしているんだよ」
「はい。イルーシャをおねが――」
違う。
私はこれから【時戻り】をしなきゃ。
アルスはイルーシャを探しに、地下室を出て行った。
私はその間【時戻り】の水晶を探す。
揺れが起こったさい、オリバーを守るのに必死で水晶を手放してしまったからだ。
それは私の後ろに転がっており、青白く光っていた。
「あった」
私は【時戻り】の水晶を拾う。
手に取れば、五年ぶりに初代ソルテラ伯爵の声が――。
「エレノア」
(あっ)
いつものあの声じゃない。
この声はオリバー・ソレ・ソルテラ伯爵のものだった。
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