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五年ぶりにオリバーの声を聞いた。
ほどよい低さのゆったりとした心地のよい声音。
『この【時戻り】の水晶は、君が自由に使って』
「えっ……」
オリバーが残した言葉に私は耳を疑った。
この【時戻り】の水晶は、五年前に戻り、結末を書き換えるために使うのでなないのか。
ブルーノはそのために、城へ秘術を放った。
それで城内で幽閉されていたオリバーは死に、ソルテラ家の血筋が途絶えた。
迷っていた私も、五年前に【時戻り】をしようと覚悟を決めたのに。
『この戦争に勝っても、負けても、僕は秘術を放つ”兵器”でしかない』
結末はオリバーの言う通りだ。
持ち主がカルスーン王国からマジル王国へ変わっただけ。
『それならソルテラ家なんて滅びてしまえばいい』
あの優しいオリバーがそんなことを口にするなんて。
事実、オリバーはカルスーン王国時代は政治として利用され、マジル王国ではカッラモンドの採掘地を生産する道具として利用しようとしている。
いくら優しいオリバーでも、戦いのために、大量虐殺のために利用されるのは嫌だったのだ。
『秘術も、隠し部屋も、【時戻り】の水晶もすべて無くなってしまえばいい』
(そんな!!)
オリバーの主張に、私は悲しい気持ちになった。
能力を他人に利用され続けるのであれば、そんなものいらない。
それがオリバーの本心だった。
優しかったオリバーにも心の奥底にこんな闇を抱えていたなんて。
『だから、エレノア。この水晶は秘術を見つけ、僕に教えてくれた君に託した』
オリバーが私に【時戻り】の水晶を託した理由。
それは秘密を知り、失われた秘術を蘇らせた私へのお礼だったのだ。
『君が戻りたいところへ【時戻り】するといい』
「オリバーさま……」
私はオリバーの想いを聞き、自然と涙が流れてきた。
彼はどこまでも優しい、私の大切な人。
ならば――。
「エレノア」
【時戻り】をする直前、イルーシャを探していたアルスが戻ってきた。
そこで、私は水晶との対話から、現実へと引き戻される。
「非常食を持って、避難所に行こう」
「ねえ、イルーシャは? 娘は見つかったの!?」
「……」
アルスが戻ってきたということは、イルーシャが見つかったのだ。
私は彼にイルーシャの居場所を問う。
しかし、彼は深く目をつむり黙ったまま。
彼の反応を見て、最悪の状態で見つかったのだと悟った。
「外の被害からして、城と周辺の建物は消失している。ここは離れていたから助かったけど、爆風で飛んできた瓦礫が砲弾のように家にぶつかって、全壊している」
アルスは貯蔵庫に入り、非常食が入った大きな荷物を背負い、水が入った樽を一つ持ち上げた。
彼は外の状況を私に淡々と語る。
ブルーノが想定していた被害と全く同じ。
「お義父さんは、もう……」
「あなたの判断は正しいわ。父はその爆発に巻き込まれて、亡くなっているでしょう」
父は城に近い豪邸で暮らしていた。
アルスの想定通り、父はブルーノの秘術に巻き込れ亡くなっただろう。
私たちは地下室の階段を上る。
今は絶妙なバランスを保ち、潰れずにいるが、いつそうなるかは分からない。
細心の注意を払って、一歩ずつゆっくりと進んでいった。
「ああ……」
地下室の外は、悲惨な光景が広がっていた。
家族たちと過ごしていた自宅は、残骸と化していた。
周りも同様で無事だった建物は一軒もない。
まるで五年前にマジル王国の遠隔兵器の被害に逢った、ソルテラ伯爵邸のようだった。
「僕たちが生き残ったのが奇跡だ」
「そうね」
「……イルーシャの所へ行くかい?」
私とオリバーは安全な場所へ避難していたものの、この被害で寝室で眠っていたアルスが無傷だったのは奇跡とも言える。
アルスは言葉を溜めて、イルーシャに会うか問う。
「お願い」
私はアルスの案内の元、被害に巻き込まれたイルーシャの元へ会いに行く。
☆
イルーシャは瓦礫に身体を挟まれ、絶命していた。
顔と上半身が見えているが、下半身は瓦礫に潰れている。
彼女は眠っていたおかげか、安らかな表情を浮かべていた。
痛みに苦しまずに天国へ迎えられたのだろう。
「ああ、イルーシャ」
私はイルーシャの惨状をみて、震える手で彼女の頬に触れた。
柔らかい頬、いつもは暖かいのに。
彼女のニカっという笑顔が大好きだったのに。
彼女の身体は冷たく、笑顔を見ることは二度とおとずれない。
「イルーシャ、なんてこと」
「……エレノア。辛いけれどここを離れよう。今は僕らが生き残ることに力を尽くそう」
「……」
二度と、ではない。
イルーシャを救う方法が一つある。
私の手の内に【時戻り】の水晶があるのだから。