コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……なあ、ちったあこっちの迷惑も考えて
くれねーか?
ウチがやってけねーんだよ。
人をあんまり持っていかれるとよぉ」
ギルド支部長室で―――
私は頬に十字のキズが入った、40代と思われる
強面の男性と、レイド君と共に対峙していた。
ソファに腰掛けて両足をテーブルの上へと投げだし、
いかにもなアウトローアピール。
少し白髪の混じった、髪型など気にしていない
とでも言わんばかりの短髪の下で、鋭い眼光が
こちらを貫く。
地球で言えば完全ヤのつく自由業の方だ。
私がなぜ、この人と話しているのかと言えば……
メルさん、アルテリーゼさんとの結婚から
1週間ほど―――
まずは町の郊外の開発で、私が「金はありますので
東西どちらも開発しましょう」と提案したところ、
両側の川向こうの開拓が着手され、
一方で甘味付けのための干し柿量産が決定し、
その裏でみかん派閥との争いに発展した事もあった。
そもそものメレンゲへの味付けに、
『他の甘い果物の果汁で良くないですか?』という
メルさんの身も蓋も無い進言もあり、
一時干し柿の量産化はストップ。
仕方が無いので、町へ立ち寄る外部の人たちへ
売ってみたところ、見た目を気にしない&保存が効く
という事で冒険者の間でブレイクし……
今では『見た目はアレだが貴重な甘味』として、
やっと受け入れられるようになった。
そこで御用商人のカーマンさんと、それについての
商談をしていたところ―――
血相を変えたミリアさんが飛び込んで来て、
私を連れ出し、
今のこの状況、というわけだ。
「あの、ですからカルベルク支部長―――
冒険者に登録した者は、どのギルド支部に
籍を置くかは、自由なはずですよ?」
「引き抜いたわけでもないし、勝手にこちらへ
来たのを、そう言われても」
後ろに立っているミリアさんと臨時職員の
メルさんが、私とレイド君越しに彼に話しかける。
「そういう事を聞いてんじゃねぇんだよ。
このままだと立ちいかなくなる支部だって
出てくるんじゃねーの?
それでいいのかって聞いてんだよ!!」
完全に反社会な方の口調だなあ……
しかし、よりによってジャンさんがドーン伯爵様の
私兵訓練で不在の時に―――
……いや、不在の時を狙ってきた、と考えるのが
妥当か。
私は隣りのレイド君に小声で話しかけ、
「(これ、ウチに非があるんでしょうか?)」
「(微塵もねぇッスよ。
言い掛かりもいいところッス。
ただ、今はオッサンがいないので―――
その間に無理やり決めちまえって考えッスね)」
私とレイド君の様子を見たカルベルク支部長は、
片方の眉を吊り上げ、
「何コソコソと話してやがんだ? あ?
それとレイド、そいつは何なんだよ。
さっきから全然しゃべらねえけど―――
それとも、面と向かって話すのが怖いのか?」
それを機に、私とカルベルクさん以外の人の空気が
サッと変わったのを肌で感じる事が出来た。
「(うっわー……
無知って怖いですね、ミリアさん)」
「(ま、まあ大丈夫ですよ。
少なくともシンさんなら、周囲を巻き込む事は
無いはず)」
何で暴れる前提なのか。
別に異世界でキレて暴れた事はまだ無いはずだが。
「(シンさん!
あいつは他領のギルドなんで、多分情報が入って
無いッス!
ここはこらえて欲しいッス!!)」
いや別に大丈夫だけど……
ん? 他領?
いや、それより一応自己紹介はしておかないと。
「あー、えっと……
私、シルバークラスのシンといいます。
このギルドに来てまだ1年と経ってませんが……
それなりに貢献してきたとは思ってますので」
そういえば、自己紹介するよりも先に怒鳴ったり
まくし立てたりして来たんで、そのタイミングを
失っていたんだっけ。
「フン。シルバークラスか。
その年齢で1年以内でとは上出来じゃねえか。
何なら、俺が後で稽古つけてやろうか?」
「ブフォッ!!」
振り返ると、後ろでメルさんが噴出していて―――
横のミリアさんも巻き添えで必死にこらえている。
レイド君に至っては完全に下を向いて肩を震わせ……
私は慌てて立ち上がり、彼女たちへの彼からの視界を
遮るようにして、
「あ、あのスイマセン。
妻は笑い上戸で、思い出し笑いをよくするんです。
ホラ、今は真面目な話をしているから……
ミリアさん、彼女をお願いします」
何とか2人を退室させ、元通りの位置に座り直す。
「で、結局―――
何が望みなんでしょうか。
どうして欲しいんですか?」
私の方から切り出すと、カルベルクさんは身を
ずいっとテーブルの上に出してきて、
「ウチのギルド支部にいた連中……
多分20人くらいだと思うが、ソイツらを
返してくれ。
……文句はねえだろうな?」
重いトーンでにらみを利かせながら話す彼に、
レイド君も反発するように、
「だから、いったん登録した冒険者がどこに
所属するかは自由なはずッスよ。
支部長自らが、それを破るつもりッスか?」
「ブリガン伯爵様の領地から流出してるんだぜ?
あっちの治安ってのも考えてくれや。
元いたギルドに戻すだけだから問題ねぇだろうが」
そこで私は片手を上げて、2人に注目を受けた後、
「その……
もし人が出て行ったりするんでしたら、そちらに
問題があるんじゃないでしょうか?
仕事が無かったり、待遇が酷かったり……
ですので、まず戻りたいと思わせる環境を作るのが
先ではないかと」
すると横で、レイド君がうずくまり動かなくなった。
正確にはピクピクと動いてはいるのだが……
かなり慎重に言葉を選んだつもりだったのだが、
マズかっただろうか?
と、前に視線を戻すとカルベルクさんが顔を
真っ赤にして―――
「ほう、お前いい度胸してるなあ。
気に入ったぜ。
俺が直々に『指導』してやるよ―――」
今度は立ち直った横のレイド君に目を向け、
「おいレイド!
確か今はてめぇがここの支部長『代理』だな?
訓練場を開けておけ。
俺がコイツの稽古をつけてやるからよ」
するとレイド君はなぜか、かわいそうな生き物を
見るような目つきになり―――
「わかりましたッス。
他の支部とはいえギルド長の―――
ゴールドクラスの命令は絶対ッスから。
……ご愁傷様ッス」
その言葉に満足したかのように、目前の彼は
立ち上がり、
「稽古は明後日だ。
逃げるんじゃねぇぞ。
連れて来ている若い連中が―――
妙な気を起こすかも知れねぇからな」
そう吐き捨てるように言い残すと、大きな音を
立ててドアを閉め、カルベルクさんは去って行った。
「やれやれ……
後でアルテリーゼさんやシャンタルさんに
町中の巡回をお願いしておきますか。
せっかく冒険者ギルドの印象も良くなって
きているんですから―――
ここで壊されてはたまりません」
そこで私は立ち上がり、レイド君の対面、つまり
それまでカルベルクさんがいた席に座る。
「稽古の心配じゃなくて町の心配ッスか。
シンさんらしいッスね。
一応、相手はゴールドクラスなんですけど」
「そういえばどういう人なんですか、あの人?」
そこへ、メルさんとミリアさんが一緒に室内へと
戻ってきた。
「ぷっはー……
もう笑い死ぬかと思いました。
知らないって幸せな事なんですねえ」
「メルさん、笑い過ぎ……
ぷっくく……」
そこで改めて4人で―――
今後の対応を話し合う事になった。
「『疾風のカルベルク』―――
風魔法の使い手なんですか?」
「風魔法を使う事はその通りなのですが……
彼は身体強化と混ぜてそれを使うんです。
特筆すべきは、その移動速度ですね」
ミリアさんが説明してくれるところによると、
彼は戦闘タイプだが、そのスピードを活かした戦いを
得意とするらしい。
「でも、移動速度ならレイド君だって」
「俺のものとは比べ物にならないッス。
一度オッサンと模擬戦しているのを見た事が
あるッスけど―――
文字通り『目にも止まらない』速さって
やつッスよ、アレは」
ふーむ、と一息ついて、
「ん? ジャンさんは戦った事が?
それで勝敗は―――」
「もちろん我がギルド長が勝利しています」
「どうやって勝ったッスか? って聞いたら―――
『地面の振動や巻き起こる風で動きを読んだ』って
言ってたッス」
それを隣りで聞いていた妻が、
「うわー……
ウチのギルド長もバケモノですね。
それでアナタ、どう? 勝てる?」
メルさんがイタズラっぽく聞いてくる。
勝てるも何も、私は魔法ならほぼ全ての能力を
無効化出来るので……とは言えず、
「まあ、やってみなければわかりませんが―――
ジャンさんより弱ければ何とかなるでしょう。
レイド君はこの事を一応、ジャンさんへ伝えに、
ミリアさんは『模擬戦』の準備をお願い
出来ますか?」
「わかったッス!」
「訓練場も増設して屋根付きにしましたし―――
娯楽としては相手に不足はありませんよ」
もうすっかりイベントと化しているんだなあ。
今度、入場曲でも付けるようお願いしてみようか。
こうして私は、仕事のある妻を残して
ギルド支部を後にした。
「……あれ」
家に帰ろうと思ったのだが―――
習慣というのは恐ろしい。
いつの間にか、宿屋『クラン』へ足が向かっていた。
まあいい、せっかくだ。
何か軽く食べる物でも、と思って食堂へ向かうと、
見知った顔があった。
「パックさんに……シャンタルさん?」
どうも怒っているシャンタルさんを、パックさんが
なだめているように見える。
新婚早々、何があったのだろうか。
すると2人とも私に気付いたのか、こちらへ
視線を向け、
「あ、シンさん」
「おお、シン殿聞いてください!
実は……!」
と、今度は後ろからアルテリーゼさんの声がして、
「ここにいたのか我が夫よ。
聞いてくれ、先ほどな―――」
ラッチを抱きながら、こっちもなぜか怒っている
ように見える。
どうしたんだろうか?
とにかく席に着いて、夫婦同士ワケを聞いてみる
事にした。
「……絡まれた?」
「そうなのだ。孤児院へ預けた我が子を迎えに
行ったところ―――
あまり見かけた事のない男が怒鳴っていてな」
それを隣りで聞いていた同族のシャンタルも、
「アルテリーゼもか。
わたくしも、パック殿と歩いていたら―――
急に手を無理やりつかまれたのです。
『そんなヤサ男より俺の方がいいぜ?』
とか抜かしておりましたが」
話を聞くに―――
カルベルクさんが連れて来たという、『若い連中』の
可能性が高いな。
私は今日あった事とその経緯を、3人に
話す事にした。
「はあ、そんな人間が町へ来ていたのですか」
「我が夫にケンカを売るとは、そ奴こそいい度胸を
しているのう」
シャンタルさんとアルテリーゼさんは、ただ感想を
口にして、
「……しかし、そのカルベルクさん―――
シンさんの事を知らないんですか?」
「レイド君の話だと、他領なのでそこまで情報が
入ってないんじゃないかという事です。
ブリガン伯爵の領地から来たと言ってましたが……
ここから近いんですか?」
パックさんは腕組みをしつつ『んー』、とうなり、
「ここはドーン伯爵領の西地区なので……
すぐ西のブリガン伯爵領と隣接しているんですよ。
それでも、恐らく一番近い町か村までは歩いて
2日ほど離れているでしょうが。
確かに、他領からこの町へ逃げ込んで……
いえ、流入してくるとなれば、そこが一番
近いんでしょうねえ」
ふーむ、と一息入れた後、
「そこの様子とか、どういう感じだったとか
わかります?
そのカルベルクさんがいたギルドの印象とか、
荒っぽいとか……」
「というより、ソレが『普通』です。
この町はジャンドゥさんがトップですので、
比較的大人しくしてますし、最近はかなり
改善もされていますが―――
ギルドというのは荒くれ者の集まり……
どこの領地でもそれが常識です。
私も仕事上、他の領地へ行く事もありますけど、
こんなに地域と親しく溶け込んでいるギルドは
見た事がありませんよ」
確かに、こっちに来てからすぐ、酒に酔った冒険者に
絡まれたりもしたからなあ。
……それはともかくとして、確認しておかなければ
ならない事がある。
「アルテリーゼさん、シャンタルさん」
「アルテリーゼでよいぞ。
なんじゃ、我が夫?」
「何でしょうか?」
2人のドラゴンが私の方を振り向く。
「その、お二人に絡んだ人間の事なんですが……
殺してはいませんよね?」
その問いに2人はプッ、と苦笑して、
「さすがに子供たちの前だったのでな」
「わたくしも、パック殿に手荒な事はするなと
止められましたから」
「そ、それでどうなりました?」
彼女たちはいったん向き合うと、ほとんど同時に
答えた。
「森へ捨てたぞ」
「川へ捨ててきましたけど」
ドラゴンたちの話によると―――
まずは引きずって門から町の外まで連れ出し、
その後ドラゴンの姿になる。
そしてその男を『持って』羽ばたくと、近くの
森や川へ『置いてきた』らしい。
それはさぞかし快適な空の旅だっただろう。
私は心の中で、その連中に同情した―――
「……あぁ? もう一度言ってみろ」
その夜、ある宿屋の大部屋で―――
カルベルクは自分が連れて来た男たちを前に、
ふんぞり返るようにイスに座っていた。
「本当なんです、ギルド長!!」
「この町には人間に化けたドラゴンがいるんです!!
ヤバイですよ!!」
いかにも、な筋骨隆々とした『荒くれ者』の
体をした冒険者を見下ろし―――
彼は否定しつつ先を促す。
「寝ぼけた事言ってんじゃねぇぞ。
じゃあ何で、お前らは生きてんだ?
いや、それよりどうしてこの町で混乱が
起きていない?
ワイバーン1匹出てくるだけで、領主軍に応援を
要請する騒ぎになるんだぞ?」
まさか、そのドラゴンがそれぞれこの町の住人の
人妻である事を知る由もなく―――
頭をガシガシとかいて、沈黙している彼らに
吐き捨てるように次の指示を出す。
「まあいい。無事なら何よりだ。
どうせ明後日には結果が出る。
お前らもそれまで大人しくしておけ。
俺の動きはジャンの野郎にも伝わって
いるだろうし―――
アイツが帰る前に全部終わらせるぞ」
「そ、それなんですが……」
言い難そうに、部下の一人が前へ出てくる。
「?? 何だ?」
「カルベルクさんと、そのシルバークラスとの
『稽古』は―――
すでに町中に知れ渡っているようでして。
何というか、その……
みんなそれを楽しみにしているような雰囲気
でしたぜ」
その情報に彼は、頭の横を人差し指でトントンと
叩きながら、
「……町の住人がか?」
その問いに、目前の男はコクコクとうなづく。
「……ちっ!
まあ、ギルドに知り合いがいるとか元冒険者じゃ
ねぇのか?
そんなんで盛り上がるといやぁ―――
とにかく!
全部明後日でカタを付ける。
そこで元いたギルドメンバーを連れ戻して
帰るんだ!」
そして『稽古』当日―――
彼らは現実を突き付けられる事になった。
「……何だ、こりゃあ……」
会場となった『訓練場』の中央で周囲を見渡し―――
カルベルクは毒気を抜かれたような声を出す。
周りはすでに『観客』で満杯になっており、
中には女性や、10才を少しも過ぎていないと
思われる子供の姿もあった。
そして『観客席』の中にいた、カルベルクが
連れて来た若い連中も、似たような反応をし……
「いったい、この町はどうなってんだ?」
「食べ物や飲み物も売ってるしよ……
商魂たくましいっつーか……」
そして、周辺から聞こえてくる観客たちの言葉は、
「他の支部のギルドマスターだってさ。
オイ、何分持つと思う?」
「俺は1分以内と見た。お前は?」
「すいませーん、こっち、子供に干し柿
ひとつください!!
あとチキンカツサンドとシェルサンドも!」
と―――
まるで健全なスポーツでも始まるような会話に、
彼らは唖然とするばかりであった。
そこへ、観客席の歓声がひときわ大きくなり―――
「おー!! 今回もいい試合を頼むぜ、
『ジャイアント・ボーア殺し』!!」
「今回は……棒か?」
「相手は木製の短剣、それを両手に、か。
どういう戦いになるだろうな?」
そして私は中央で、カルベルクさんと対峙した。
「いや、まあ……
『稽古』を付けてやる、とは言ったけどよ。
こんな大勢の前で恥をさらす事はねーだろ」
「ハハ……
子供も見ておりますので、その辺りを考慮して
頂けると助かります。
それじゃ、そろそろ始めましょうか」
私が会場の最上段へ振り向くと、そこには
レイド君、ミリアさん―――
そしてアルテリーゼとラッチ、メルさん、
パック夫妻が立っており、
「それでは皆様、これより冒険者ギルド支部の
『稽古』―――
我がギルドのシルバークラス・シン対、
ブリガン伯爵領東地区ギルドマスター、
ゴールドクラス・カルベルクとの対戦を
始めます!!」
レイド君の言葉に、私は手にした得物である
棒を構え―――
それが合図であるかのように、カルベルクさんも
両手の短剣の切っ先をこちらへ向けた。
「レイド、ギルド長は何て言ってたの?」
ミリアが訓練場の2人を見下ろしながら、彼に
たずねると、
「オッサン曰く―――
『シンがやるんだろ? 任せておけばいい』
と言ってたッスよ。
だからギルド長は期日通り、私兵の訓練を
終えてから帰ってくるって。
あと……」
「ほう、さすがは我が夫。
信頼されておるのう。
……? あと、何じゃ?」
アルテリーゼが質問を返すと、レイドは―――
「あー……
『カルベルクのヤツも運がねーな』……
だそうッス」
その答えに、妻・アルテリーゼとメルは
満足したような表情になり、
「まあ、シンさんが相手ですから」
「アルテリーゼの夫に手を出したのが、
運の尽きってものでしょうね」
パック夫妻の追認のような言葉の後、
誰からともなく―――
眼下にある『被害者予定』の行方を見守った。
「(ったく、何だコイツは―――
魔力が全く感じられねえ。
どことなく戦闘慣れしているのは感じるが、
この余裕はなんなんだ?)」
舞台である訓練場の中央に場面を戻すと、
一方の対戦相手であるカルベルクは困惑していた。
「(いくら戦闘慣れしているとはいえ、普通なら、
『こうしたら』『こう来たら』という予備動作が
あるはず―――
なのに、コイツは……
そんなものを一切、おくびにも出さない。
この緊張感―――
ジャンの野郎とやり合った時以来だぜ……!)」
つかず離れず、距離を取るカルベルク。
会場内も静まり返り、その行方を固唾を飲んで
見つめる。
そしてシンの方はというと……
「(う~ん、どうしましょうかねえ。
超高速の移動だと、下手したら私が無効化する前に
やられちゃうんですよ……
適度に動いてもらうのが一番いいんですが)」
しかし、相手の動きを凝視し続けるのも疲れて
きますねえ……
ここはひとつ、挑発してみましょうか。
私は剣道のように、両手で木刀を持ち―――
正面に垂直に構える。
「ん? 何だ?」
カルベルクさんもようやく反応してくれたようだ。
さて、どう来る?
「やる気になったって事かい?
じゃ、こっちも行かせてもらうぜ」
彼は、短剣を持った両手を交差させるように
すると―――
次の瞬間、姿が消えた。
「!?」
そして、訓練場内を音が連続して『動く』。
足音だ。
目にも見えない速度とレイド君が言っていたが、
これは……
「!」
目の前で風が巻き起こり、影が見え―――
その主が姿を現した。
「見えたか?
見えなかったのなら、降参をオススメするよ。
俺は優しいからな」
「『疾風のカルベルク』―――
足に風魔法をまとわせて使う『飛走』……
相変わらずエグい魔法ッス」
会場の最上段で、かつてのカルベルクとジャンドゥの
試合を見た事があるレイドは、思わずつぶやくように
目の前の光景を語る。
「よくあんなのにウチのギルド長は勝てましたね。
自分の目で見てもそう思います」
「何アレ、スゴ過ぎでしょ」
ミリアとメルが各々の感想をもらし、
「確かに人間にしては速いのう」
「しかし、持続可能な時間はそれほど無いかと」
ドラゴン族の彼女たちの答えに、レイドが答える。
「鋭いッスね。
俺の移動速度アップよりは速いッスけど、
持久力が無いッス。
ただそれでも―――
あの速度についていけなければ、一瞬で
勝負はつくッス……!」
それを聞いた他の4人は、改めて戦いの成り行きを
見守った。
「…………」
訓練場の中央、初期の位置からさほど変わらない
場所で、カルベルクさんの挑発に対し―――
私は無言で、次の行動に移る。
「……!? 何の真似だ?」
目立った動きはしていない。
ただ、両目を閉じただけだ。
この戦いの最中、相手を目前にして―――
自分の視界を無くすなど、自殺行為以外の何物でも
ないだろう。
だが、これでもし彼が混乱まではいかなくても、
何か躊躇してくれれば……
「(何考えていやがる……!?
見えないのであれば、あえて『見ない』―――
とでも言うつもりか?
それともコイツも、ジャンドゥと同じ……
音と風で行動を先読み出来るのか?)」
格下であるはずのシルバークラスの―――
相手の意図が読めないカルベルクは、一瞬困惑した。
だが、そこはギルド支部長・ゴールドクラス……
すぐに頭を切り替え、考えを実行に移す。
「面白ぇ、やってみやがれ……!
俺の『飛走』―――
これを見切れるバケモノが、2人もいてたまる
ものかよ!!」
そして、風、駆ける足音が無数に訓練場内に響く。
「(……勝負に出たみたいですね)」
何をしようが、魔法は無効化出来るが―――
それを破る『演出』が必要なのだ。
しかも今回は、フォローしてくれるジャンさんが
いないのだから、余計に……
もう十分、彼の魔法は観客たちも見たはずだ。
後はタイミングだけ。
無効化すれば、速度はそのままに制御は出来なく
なるはずだ。
クルマは急に止まれない―――
それと同時に、私が掛け声も出せば……
「(100メートル走の世界記録でも9秒は
切れない。
時速にしておよそ40km程度……
こんな、アニメのような超スピードで
人間が動くなど……
ましてや風魔法を足にまとう?
そんな魔法自体―――あり得ません)
……そこですっ!!」
と、私が上段から振りかぶるようにして、木刀を
真正面に振り下ろすと、手応えがあった。
「ぐえっ!?」
「え?」
私の一撃を食らった彼は、そのまま横を通り抜ける
ように猛スピードで転がっていき―――
壁にぶつかって、その動きを止めた。
「勝負あり!!
そこまでッス!!」
レイド君の宣言の元、一気に観客席は沸き―――
そしてそのまま最上段の席では品評が始まる。
「さすがは我が夫。アレが見えておったとは」
「え? ええ? アレって見えるものなの?」
シンの伴侶であるアルテリーゼとメルは、
対照的な反応を見せ、
「い、いったいどうなったんでしょうか」
ミリアの疑問に、シャンタルが答える。
「恐らく、様子見か余裕かはわかりませんが―――
あえてシン殿のそばを通り過ぎたりしていたん
でしょうね」
「自分の攻撃範囲に入った時を見切った、
という事ですか……
さすがはシンさん」
パックを始め、訓練場を見下ろすと―――
そこにはカルベルクに駆け寄る、彼が連れて来たで
あろう、複数の男の姿があった。
「だ、大丈夫ですかカルベルクさん!?」
「しっかりしてください!」
ぐったりしているカルベルクを数人で担ぎ上げると、
彼らはそのまま訓練場の外へと出て行った。
後に残されたのは勝者のみで―――
「また勝ったな、シン!!」
「シンおじさん、強ーい!!」
勝利を称えるギャラリーの歓声に、私は頭を
かきながら、
「(参りましたねえ……
まさか、無効化すると同時に攻撃が当たって
しまうなんて。
勝ち方といえばこれ以上は無い勝ち方でしたが、
さて―――)」
私は勝利の余韻にひたる事なく―――
今後の対応を考えていた。
「……クソッ!!
ありゃあいったい……」
とある宿屋の大部屋の中、カルベルクを中心に―――
その部下が口々に撤退を進言する。
「やっぱりマズいですよココは!」
「この町、絶対おかしいです!!」
「ドラゴンはいるし……
あのシンとやらがシルバークラスって……」
カルベルクは、未だに自分の身に起きた『事実』が
信じられないでいた。
この『稽古』でここのシルバークラスを打ちのめし、
その実力を見せつけてからメンバーの奪還を図る。
だが結果は真逆で―――
ゴールドクラスの自分が完敗し、面子は丸潰れ……
このまま自分のギルド支部に戻っても立場が
どうなるかわからない、そんな状態にまで
追い込まれていた。
そこへ、不意にノックの音がした。
「……? 誰だ?」
「あ、すいませんカルベルクさん。
打ち合わせ通りやってもらって―――
お疲れ様でした」
私は部屋に入ると一気にまくし立て―――
一緒に来たアルテリーゼ、シャンタルさんと
持ってきた荷物を置いていく。
そこで周囲を見て、わざと驚いた表情を作り、
「じゃあこれお礼の品で……あっ!」
その反応を見た一行は―――
「げげっ!?
あ、あの時のドラゴン!?」
「いや、それより―――
打ち合わせ??」
「ど、どういう事ですか?
カルベルクさん」
全員の視線が彼に集中するが、身に覚えが
あるはずもなく、ただこちらへ意図を問うように
顔を向ける。
「あー……
あの、すいません。
この人たちは信用出来ますか、カルベルクさん?」
「お、おう??」
取り敢えずうなずく彼に構わず、私は一行の
男たちに話しかける。
「実はですね、今回の『稽古』―――
わざとカルベルクさんが負ける事になって
いたんですよ」
すると、いかにもな荒くれ男たちはざわつき、
「な、何でそんな事を?」
そこで私は大げさに、フー、とため息をつき、
「そうしないと―――
あなた達みたいな人が、納得しないからじゃ
ないですか?
ギルドの人が減って、不満が出るのはわかる―――
だけど、基本的にはどこに所属するかは自由。
そこで一計を案じて、話を持ち掛けてきたんです」
男たちは、ただひたすら黙って聞き入る。
「そもそもこの町には彼女たちのようなドラゴンも
いるんです。
そこと敵対するなんて正気の沙汰じゃない。
カルベルクさんがわざと『稽古』で負ける。
これでバカな真似をする人はいなくなる。
条件は―――
各種料理やマヨネーズの製法や養殖用の貝、
卵用の魔物の提供……
この町と同じ施設や下水道を完備する資金、
金貨5千枚。
自分のメンツと引き換えに、ね」
すると、男たちは彼を偉人でも見るような目で、
「そ、そんな……カルベルクさん」
「俺たちのギルドや町のために……!」
そこまで話を聞いていた男の一人が、おずおずと
片腕を上げる。
「だ、だけどよ。
そんな事をして、そっちには何の得があるんだ?」
その問いに、私は両目を閉じて、
「もともと、この町も人の受け入れが限界に
なりつつあったんですよ。
今、拡張計画が出ているくらいですから。
あとはその……
カルベルクさんの人柄に投資しようと思った
わけでして」
すでに涙目になっている彼らの前で、
さらに私は続けて―――
「私は聞いたんですよ。
『あなたのメンツが丸潰れになりませんか?』と。
『どうせ潰すのなら派手にやってくれ』―――
これが、カルベルクさんの答えでした」
それを聞いた男たちは、もはや聖人を通り越して
神を崇拝するかのような目になって―――
「一生ついていきます、カルベルクさん!!」
「俺たちの町も、この町に負けないくらい
立派にしましょう!!」
彼は困惑してオロオロとしていたが―――
話に乗っかる気になったのか、
「……こ、この事は他言無用だ。
わかったな、お前ら」
「口が裂けても言いません!!」
「墓場まで、女房にも言わずに持っていきます!!」
そして漢泣きをする彼らを残して―――
私とアルテリーゼ、シャンタルさんは汗臭い空間から
脱出した。